挿入話 イデアーレ=ドゥルキス 1
そう、確かあれは事件が解決してから二週間ほど経った頃。
これからどうしたらいいのか、むしろもう何もしたくない、してはいけないような恐怖感に追われていたような、小さな私。
そんな私の目の前に、とっても綺麗な子が光に包まれて現れた。すっかり感情の動かし方を忘れていた私だったけど、素直に「きれい」と思ったことは覚えている。
それがイルスだった。
『ああ、これは……確かに無垢な才能に溢れる魂だの。この家の智の妖精たちが騒ぐはずだ。そうか、祝福を与える前に心を閉ざされたのか……惨いことをする輩がおるのう。わたしの智の隣人よ。わたしにそなたを守らせておくれ』
その時のイルスの言葉は耳を滑っていってしまって、私は今でもはっきりとは思い出せない。
ただただ、自分と同じくらいの年の綺麗な子が、ぎゅっと抱きしめてくれて、自分が光に包まれたのが分かった。
きっとこの時、加護を受けたのだろう。
それから毎日、イルスは私の部屋に来てくれた。そして、庭のミモザが咲いたよ、とか、いろんな報告をしてくれる。
今考えると不思議なことばかりだったのに、当時の私はそれを自然に受け入れていた。
私はイルスの毎日の笑顔にだんだんと癒されていき、ポツポツと話をするようになった。そういえば、この子の名前は?なんで不思議な話し方をするの?
『ん?話し方、変か?……なら、少し人から学ぶとしよう。名前は……イデアーレが付けてくれないか?』
「えっ?わたしが?」
これも不思議に思わずに、思考がしばらく停止していた私は、必死に頭を捻る。
「あっ、イルスなんてどうかしら。古語で知性だったと思う」
『ほう。いい名だのう。それにしよう。なぜ、この名を?』
「だって、イルス物知りだもの。そういえば、イルスはとってもキレイだけど、男の子?女の子?」
『……イデアーレは、どちらならいいと思う?』
「どっちでも!イルスはイルスだもん。いつもたくさんお話してくれて、ありがとう」
この時私は、久しぶりに笑顔になれたと思う。イルスは一瞬『うぐっ』と唸ってから『……男だ』と、絞り出すように言った。そんなに言いづらいこと?と思ったけど、もしかしてキレイだから女の子と間違えられるのかもと思い直した。恥ずかしいのかな、って。
その後、久しぶりに家族が集まる居間へ行って、皆がとても喜んでくれて、イルスと毎日のように魔道具談義を……って、あら?!
少しの間思考が過去に遡り、いろいろと逡巡していたら、とても大事なことに気づいた。
『どうした?イデア』
「少し昔を思い出して……!イル、お父様とお母様は、もしかしてあなたが精霊様って知ってるの?」
『あ、ああ~、うん。最初から、事情を話してだな。じゃないとイデアと会えなかっただろ?』
「それはそうかもしれないけど!へ、陛下に不敬……?お父様、なぜ……私もなんで気づかなかったのかしら!」
『伯爵はイデアが心配だったからに決まってるだろ。それにイデアは研究以外は結構ポンコツだから、昔からの知り合いの息子さん、ていうのをすぐ信じたからな』
「うぐっ」
ええ、自分でも分かっているの。研究ならいくらでもしていられるけれど、人の機微に疎いのよ、貴族令嬢向きじゃないのよ。だから、本当に王太子妃候補から外してもらえてホッとしているのよ。
「あの、イデアーレ様。ご事情がご事情ですし、陛下も怒るようなことはなさらないと思います」
「そうですよ。何よりこちらには精霊様がついてますしね!なんて、ふふっ」
マリーア様とリリアンナ様が、優しく言葉をかけてくれる。このお二人は、もっと重圧をかけられているはずなのに、いつも軽やかだ。
『わたしとノームで報告に行く。リリーたちは何も気にしなくて良いわ』
「本当に?頼りになるわ!ありがとう、ルシー!」
勢い余ったように、リリアンナ様がルシール様に抱きつくと、ルシール様のお顔が、こう、直視出来ないほど甘く輝いた。
さっきといい、さすがの私でも気づくわ。
「イル、ルシール様は本当にリリアンナ様がお好きよね?」
『……人のことは気づくのか』
お二人に言うのも何だか憚れてイルにコソッと囁くと、予想と違う返事が返ってきた。
私が首を傾げると、イルはポンポンと軽く私の頭を叩いて、三人の元に向かう。
『そういえば、二人はよく僕がノームって分かったね?』
「少し前にサラ……サラマンダー様にもお会いしましたので、雰囲気?で、何となく。ね?リリー」
「そうですね。それで、イデアーレ様なら大地と知性のノーム様かなあと思いまして」
そもそも子どもになっていても、綺麗すぎるんですよ、と二人で笑って付け加えていた。確かに、それはそうかも。
『二人は、サラマンダー……サラとも懇意なんだよね?僕にも普通に話して欲しい。イデアはどうだ?』
イルがとても楽しそうな笑顔でこちらを向く。見慣れているはずなのに、ドキンと大きく心臓が跳ねた。
『イデア?』
「う、うん、もちろん!マリーア様、リリアンナ様、どうかわたくしも同じように仲良くしていただけたら嬉しいです」
「もちろんよ!これからはマリーと呼んでね、イデア!」
「私はリリーでお願いします!ルシールは、ルシーで!」
「ふふ、はい。よろしくお願いします」
『まだ固いぞ?イデアよ』
『お前は話し方を変える気はないのか?ルシー』
『……変か?』
二人の会話に皆で笑って。気の小さい、引きこもりの私がどこまでできるか分からないけど、みんなを守れる魔道具が作れたらと改めて思う。
……なんて考えていたら、横からぷにっと指で頬を押される。リリア……リリーだ。
「イデア、難しい顔してる。大丈夫だよ!愛があれば封印は安泰だよ!」
「……愛?」
「そう!ねっ、姉さま!」
「そうよ~!友愛も愛よね」
ぎゅっと、左右を可憐な二人に挟まれて、手を繋がれる。温かさが伝わってきて、泣きそうになった。
不安が、飛んで行く。
「そうだ、イデアは今日予定あったんだよね?大丈夫だったの?」
「う、うん。サバンズ領の農機具魔道具は優秀だから。勉強させてもらうと思って」
「わあ、イデアにそういってもらえると嬉しい!私たちもまた視察に行くから、予定が可能なら一緒にどう?」
「いいの?私こそ嬉しい!10日くらい滞在させてもらう予定なの!」
「じゃあ、ぜひぜひ!自慢の牧場も案内させて!」
「イデア、牧場もオススメよ!私も初めてソフトクリームを食べたけど、絶品だったわ」
キラキラ、キラキラ、幸せオーラに包まれて。
いつも研究で、もちろん苦ではないし、むしろ大好きだし、一人とイルだけの世界も安心だし、とっても楽だけど。
「わあ、それもぜひ!」
一緒に歩いてくれる友だちがいるって、とても、とても世界が広がるんだな、って、幸せなんだなって、思えた。




