第03話 文実・風紀合同会合(後篇)
第01節 文化祭〔3/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
髙月さんの、取引先の協力による、メイド服やウェイトレス服、その他コスプレ衣装。性的なイメージを持ち易いこれらやその他の衣装に関し、幾つかのデザインのカタログを、この会合に集まった生徒たちに披露し。
また、生徒会と、風紀委員、文化祭実行委員は、『みなミナ工房』のロゴ入りの法被を着てもらうことで、役員側と一般客を区別する。そういう説明をしました。と。
「『みなミナ工房』のロゴ入りの法被? 何だ、やっぱり宣伝じゃんかよ」
難癖をつけてくる生徒がいました。だからそれに反論をしようとした時、生徒会長が。
「そうね。確かに『みなミナ工房』の宣伝だわ。でも、なら、『工房』の評判を落とす、簡単な方法があるわよ。
その法被を着たまま、貴方が猥褻事案とか窃盗事案とかを起こせばいいの。そうすれば、うちの学校の評価と一緒に、『工房』の評価も地に落ちるでしょうね。
逆に、その法被が『工房』の宣伝として意味を持つ時は、この文化祭が何事もなく終了した時。或いは、小さな事件を、その法被を着込んだ役員が解決した時、なのでしょうからね」
その言葉を聞き、委員たちは、ようやく。
そのロゴの意味に、気付かされたのです。
「その法被に、『工房』のロゴが刻まれる。それはつまり、学校と『工房』が、一蓮托生だってことよ。学校の評判が落ちれば、一緒に『工房』の評判も下がる。逆に学校に対する悪評がただの風説に過ぎないとわかれば、『工房』の評価も保たれる。
同時に、今『工房』は世間から好意的な評価がされている。だから、その法被を着ることで、学校の評価がその分上乗せされる。逆に文化祭の結果学校の評価が地に落ちるのなら、『工房』もまた世間から失望されることになるでしょうね」
あとになって聞かされました。うちの学校の文化祭は、複数の地元企業が協賛に名乗りを上げてくれていました。けど、今日一日だけで。その多くが、それを撤回したのだそうです。
結果、『みなミナ工房』が、最高額協賛企業になりそうな勢いなのだとか。もっとも、毎年最高額の協賛をしてくれているのは飯塚くんのお父さんの会社で、そこは協賛を取り消すつもりはないと思いますけど。
誰が何と言おうとも、実社会ではおカネがモノを言います。だからこそ、おカネをかけてまで、余所の子供とその学校を守りたい、と思う企業は多くありません。
うちの学校は、所謂〝坊ちゃん嬢ちゃん学校〟でもあります。だから、父兄が企業の役員や社長であるなんて、珍しくもありません。
けど、今この状況で。この学校を支える為に、企業名を出せる会社は、一体どれだけあるでしょう? 協賛を撤回した企業の中には、社長や役員の子弟をこの学校に通わせている会社もいくつかあったのですから。
◇◆◇ ◆◇◆
この会合で、今年の文化祭は。「成功させよう!」というレベルではなく、「成功させなきゃ死活問題」というレベルだと、全委員の意識を共有させることに成功しました。三年生は進学に直接影響が出るでしょうし、二年・一年も、世間の目や後輩の進学の選択肢に影響します。だからこそ、「まあまあの成功」でも足りません。「大成功」しなければいけないんです。
そうなると、多少のお色気で話題を集めても、何の成果にもなりません。どころか、現在の状況ではそれは逆効果にしかならないんです。
高校の文化祭。音楽や演劇、お化け屋敷や演芸の類は技量と演出で勝負が出来ます。
だけど、飲食に関しては、味で勝負せざるを得ません。ウェイトレス(メイド)の衣装などでの客寄せは、今回は禁じ手となるのですから。
そして、はじめからお色気で勝負することが前提のメイド喫茶やコスプレ写真館などは、戦略の変更が余儀なくされます。
その為、今回の文化祭に限り、使える手を遠慮なく使うことにしました。つまり、プロの手を借りる。勿論、プロに直接手を出してもらうのではありません。生徒たちのコネを使い倒し、プロの技術を学ぶのです。
具体的には、飲食関係に関しては、プロの料理人に技術指導を仰ぎ、或いはプロの機材を借り受けます。調理スペースも、本来は家庭科調理室でのみ、と定められていましたが、校庭の一角に専門機材を持ち込み、調理スペースを作って校庭の屋台に供することになりました。また、大型の冷蔵庫をリースして、食品類の保管に活用します。
コスプレ系は、写真部の企画のそれは衣装数で勝負する予定でしたが、お色気系の大半が今回は禁止。そうなると、小道具や照明効果及び撮影した写真の加工で演出します。
同じくコスプレ喫茶を売りにしていたあるクラスの企画は、同様に衣装の幅が狭められることになりました。その一方でプロのメイクさんにその技術を学ぶことで、同じ衣装でも印象を大きく変えることを彼女らは学んだのです。実際、プロのメイク技術は〝化粧〟技術というよりも、〝美容〟技術に踏み込み、更に進んで〝皮膚医療〟技術の領域に入ります。つまり素人がやるとただの塗装工でしかないけれど、プロは造形美術になり、最終的には盆栽美術になるという訳です。その全てを学ぶ時間はないでしょうけれど、その理念を身に着けることは、大きな効果を生み出すに相違ありません。
メイド喫茶やウェイトレスの衣装に凝った喫茶室を企画したクラスの衣装は、予定していた服が露出過多ということで、急遽変更。但し、代替の衣装のデザイナーは、髙月さんの紹介で、文字通り一線級の人が協力してくれることになりました。言い換えると。デザインの質は、旧来の「肌を見せれば男なんかイチコロ」というレベルから、肌を見せずにその衣装を纏う女生徒の本来の魅力を見せる、という、〝服〟の本来の機能を最大限活かしたデザインのモノになったのです。実は、女生徒一人ひとりの為にアレンジしてくれました。
これら個別衣装は、(さすがに生徒たち個人で購入出来るものではありませんので)建前上レンタルですが、第三者に転売出来るものでもありません。その為、『みなミナ工房』が文化祭後に一括で買い上げ、その後その衣装を纏った生徒たちが希望したら、正価で彼女らに売却することになっています。
実は、うちのクラスも喫茶店の予定です。だけど髙月さんは、『倉庫』に死蔵されているマグロを今回の文化祭に供せないか、と考えていたようです。もっとも柵になったモノならともかく、丸のままのマグロになりますと、「追跡可能性」の問題が生じてしまいます。つまり、「どこで獲れたマグロだよこれは?」、と。漁師の名も仲卸の名も卸売市場の名もない、丸のままのマグロなど、世に出せるはずはありませんから。結局アイディアはお蔵入りになりました。
◇◆◇ ◆◇◆
今回の会合で委員たちが共有した問題意識は、翌9日火曜日の朝には、全校で共有されることになります。誰だって、他人の不始末の結果、自分たちが不利益を被ることなんか、嬉しくありませんから。
だからこそ企画を変更し、或いは既に発注済みの衣装等をキャンセルしてでも。
今回の文化祭を成功させる為に、クラブも塾もバイトも取り敢えず二の次にして、全校が一丸となったのでした。
(2,883文字:2019/11/16初稿 2020/10/01投稿予約 2020/11/07 03:00掲載予定)
・ 今の状況で、『みなミナ工房』のロゴを法被に着けることで、『工房』の評価が上がることはありませんが、学校の評価はある程度持ち直すでしょう。逆に、『工房』の評価が下がる可能性の方が、高いです。文化祭を成功させたとて、それが『工房』の評価に繋がるかは。そして失敗したら、確実に『工房』の評価は落ちるでしょう。
・ 『みなミナ工房』が、最高額協賛企業になりそうというのは、現金より現物の供与、並びに『工房』を通したことによる取引先企業からの大幅な値引(差額は『工房』が負担したと評価されている)などの総額です。ちなみに、その値引き分に関しては。取引先企業は「『みなミナ工房』への貸し」と認識しています。
・ 衣装等は、時間&予算が足りないということで、『みなミナ工房』で製作しました。一応洋裁用のミシン(家庭用と業務用、両方)も『倉庫』の中に用意されています。型紙さえあれば、たかだか20や200、業者に依頼するよりも早く安く高品質に仕上げることが出来ます。その作業賃を市価で請求したらいくらになるか。それは、生徒たちは知らない方が良いでしょうけど。生地の裁断やミシン作業等は、ソニアや雫さんたちが手伝っています。雄二くんと翔くんも(意外に二人はミシン作業が上手だった?)
・ 化粧三態……
素人=化粧(塗装工事):上から塗ったくるだけ。たまに画才があると、綺麗になる。
プロ=美容(造形美術):全体のバランスを考え、最適に整える。自然光か照明光か、近距離(スタジオカメラ)から認識するか遠距離(舞台観客席)から認識するか、を考えて、陰影を整える。また皮膚の不必要な劣化を抑止する。
達人=医療(盆栽美術):皮膚を若返らせる以前に、劣化させない。同時に経年を計算して年相応に美しくなれるように時間をかけて細胞組織から準備する。




