第02話 文実・風紀合同会合(前篇)
第01節 文化祭〔2/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
休日返上で急遽開催された、文化祭実行委員会臨時会合、兼、臨時風紀委員会。その会合は、開始と同時に荒れ模様となっていました。
オブザーバーの立場で様子を見ていると、委員たちの気持ちが透けて見えます。
中には知り合いが(謂れもない口実で)補導され、自宅謹慎を命じられた、と義憤に駆られている生徒もいるみたいですけど、多くの人は好奇心。全国ニュースになったほどの大事件が、自分たちの手の届く距離で起こっていた。しかも、会長はそれに対して何らかの情報を持っているらしい。だから詳細を知りたい。そういうことです。
「何が前向きだ! アンタのしたことの所為で文化祭が中止になるかもしれないってのに、他人事みたいに言ってんじゃねぇ!」
或いは。自分が絶対正義・絶対安全な場所にいると確信しているから、遠慮なく石を投げられる慮外者。
「私のことも槍玉に挙がっているようですので、そちらに関しては反論させていただきます。
確かに、私はある不祥事を起こしました。その不祥事の内容は、警察に対する偽計業務妨害。私の思い込みでの通報内容が、実は全くの的外れだったという事です。けれどその通報の対象者も我が校の生徒だったことから、学校が私に処分を科すことで、警察はその件については厳重注意で終わらせてくださいました。その対象者との和解も――先方の寛大な処置で――済ましてもらうことが出来ています」
ここで、何人かの生徒がボクらの方を見ました。その意味でボクらがここにいる訳じゃないですが、彼らの想像が正しい事もまた事実ですし。
「また、事件と補導事案に直接の関係が無い、と申し上げましたが、正しくは『事件解決の為に警察が一斉行動に出た結果、事件とは無関係の少女売春事案も多数捕捉されることになった』という事だそうです。
つまり、今回補導された生徒たちは、事件とは無関係ではありますが、補導されるに値する行いをしていたのが事実で、運悪く事件の一斉捜査で一緒くたに網に掛ってしまった、という事なんです」
ここで、自宅謹慎を命じられた女生徒のクラスの委員は、顔を伏せました。その委員の発言は、「うちのクラスに援助交際をして補導された女子がいます」って大々的に宣言したようなものですから。
「ただ。今皆さんが興味本位で発言為されたように、世間の方々は両者に関係があると思われるでしょう。だからこの時期、この町で行われる学校行事、この学校の文化祭は、世間の耳目を集めること疑いの余地がありません。
だからこそ。その疑いは偏見に過ぎないと証明し、風評に負けない行事を執り行う必要があるのです。
前向きな意見、と言ったのは。誰が何をやったのかとか、誰が責任を負うかとか、誰が謝罪するかとか、といった後ろ向きな言葉を聞きたいのではなく、健全な文化祭を行う為に、何をすればいいのか、という意見を聞く為です」
好奇心は消せないけれど。でもネット上でイキっている連中と同じだと思われたくない。風紀委員(に立候補するなり推薦されるなりされた生徒)なら、その程度の羞恥心は持ち合わせています。そして文化祭実行委員は、一学期から文化祭を成功させる為に走り回っていましたから、それを無駄にしたくはないでしょう。
だから。この「前向きに」という言葉の意味が、ここにきて浸透してきたようです。
「実は、先日の体育祭では。うちの学校でも盗撮事案がありました。幸運にも未然に防ぐことが出来ましたが。それは、ある部活に所属する生徒が、その部活の備品を用いて行っていたものでした」
この話は、彼らにとって初耳です。まだ公表されていないのですから当然でしょう。盗撮を行った新聞部に対しては、この週末に生徒会と生活指導教諭による立会調査が行われたようです。結果、非常階段の下から女生徒のスカートの中を撮っていた画像とかが何点か、そして女子更衣室に隠しカメラを設置する計画を立てていた事実などが明らかになりました。
勿論、部員全員ではないでしょう。けど、部の備品を使っての犯罪行為ともなれば、軽い処分では済みません。
「同じような問題が、文化祭期間中に起これば。世間はどう思うでしょう?
或いは、校内でのナンパ行為でも、同じような印象を世間に与えてしまいます。
また、企画それ自体が性風俗店のような軽薄な内容だったら?
時間がありません。だからこそ、急いでそういったことを話し合わなければならないんです」
◇◆◇ ◆◇◆
ブンジツとフウキにとって。笑い話でも興味本位の話でもなく。自分たちの実益にも直結する話です。
文化祭実行委員は、大学の推薦を受ける際「学校行事に積極的に参加した」ことの証明になります。
風紀委員は、それだけで推薦状を書く生活指導の評点にプラスしてもらえるのです。
否、そういった内申の話だけではなく。何より自分たちがこれまで積み上げてきたものが、そういった一部の不心得者や、部外者、それも学校とは無関係の事件の所為で台無しにされてしまう。それは、冗談ごとじゃないのです。
「会長。おっしゃることはわかりました。けど。
うちのクラスの出し物は、『メイド喫茶』です。これに決まる際も、秋葉原の風俗店みたいだという事で、強硬な反対論もありました。だから、色眼鏡で見る人は、そういう風に見てしまうと思うんです。
けど、もう衣装のレンタルは発注してありますし、サンプルの試着も済んでいます。
そこまで進んでいて、今更企画を変更しろ、って言われても、誰も納得しないと思うのですけど」
「おっしゃる通りです。だからこそ、今日彼らにこの会合にオブザーバーとして出席してもらっているのです」
と、ここで会長は、ボクらの方を示しました。
「和織物工房『みなミナ工房』主宰、髙月美奈さんと、同工房所属の、武田雄二くんです」
「ご紹介に与りました、二年の髙月です。その件について、こちらから提案出来ることがあります。
確かに、露出過多の衣装は魅力的ではありますけど、今このタイミングでは、余計な勘繰りをされてしまいます。
けど、露出が少なくても、魅力的な衣装は、無い訳ではないでしょう。そして、事情を鑑み、超特急で且つ安く仕立ててくださる業者を、手配することが出来ます。勿論、意匠の好み等があると思いますから、幾つかのサンプルの中から選んでもらう形になりますが。
健全な衣装。今はそれが望まれているのかもしれませんが、けど高校生の企画としては、それだけじゃ面白くないです。なら、〝見せない魅力〟。それを、提案します」
と、別のクラスの生徒が。
「何のことはない、この状況を利用して、営業しているだけじゃねぇのか?」
だから、これにはボクが答えます。
「逆です。うちの学校内の評価はともかく、世間は『みなミナ工房』に対し、既に一定の評価を為しています。そして、ご存知の方も多いと思われますが、『みなミナ工房』は芸能プロダクションとしても登録しており、既にいくつかの企画でテレビCM等に出演しています。
だからこそ。現在のこの町の、そしてこの学校の問題は。工房の営業に、直接の影響が生じてしまうんです。一番簡単な対応策は、学校の行事と一線を画することでしょう。
だけど敢えて関わることで。学校の評判を守り、延いては工房の評価を守ろうとしているのです」
ボクらだって、この学校の生徒ですから。学校の評価を落とすことは、御免被ります。
(2,986文字:2019/11/15初稿 2020/10/01投稿予約 2020/11/05 03:00掲載予定)
・ 新聞部は結局、〝組織〟とは関わりありませんでした。けど、盗撮等を続けデータがある程度溜まったら、〝組織〟と接触することになったでしょう。自分たちから打診したか、それとも声を掛けられたか。その前に発覚したことを新聞部は幸運に思うべきです。




