第43話 〝ネ申〟の王国
第07節 少女はまだ、笑えない〔4/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
先頭を歩く黒猫。その後をついていくと、どんどん同行する猫たちが増えてくる。
猫たちは、毛並みの良い猫・悪い猫、首輪をしている猫・していない猫、様々だ。
だけど明らかなのは、何らかの意思を持って先頭の黒猫に従い、そして俺をどこかに導こうとしている、という事だ。
猫のテリトリーは、そんなに広くない。にもかかわらず、この猫たちは、明らかにそれぞれのテリトリーを超えて、俺を導いている。一体、どこに?
そして、導かれた先は。
この町の外れ。この町が工業で盛んだった頃、その工員たちを受け入れる為に多数建築された、公営住宅。今でも利用されているものの、かつての賑わいはもうない。その、一角。
黒猫が誘導したその先には、見覚えのある白い仔猫が。
否。白猫じゃない。白猫に擬態した、仔魔豹。トモエだ。つまりは、俺を誘導したネコたちは、トモエの配下のネコたちだったという訳だ。
「トモエ。手伝ってくれていたのか。有り難うな」
「な~ぉ」
「武田は、このことを?」
「にゃにゃん」
「そうか。じゃぁ伝言することは?」
「にゃ~う、にゃ!」
「まぁ、距離が遠過ぎる、か。了解した」
「みゃーお!」
「わかってる。この猫たち全員に、あとで極上のカリカリを用意しておかないとな」
「「「にゃーにゃーにゃー!」」」
「……って、静かに。異常事態に気付かれたら、また逃げられる。相手はまだ、捕捉されているとは思っていないんだから、今なら一気に押さえられる」
「「「 」」」
「それで良い。もうちょっと待ってくれ」
そして俺は、電話を掛けた。今回の一件を担当する、刑事さんに。
「なんで、潜伏先がわかったんだ?」
「ネコたちが教えてくれました」
「ネコぉ?」
「ともかく、サイレンを鳴らさずにこっちに来てください。相手はまだ油断していますので」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、警察がサイレンを鳴らさずにこの場所に来て。その間俺も、防禦用のポリカーボネイト楯を取り出し。
「お、おい、飯塚。そのネコたちは?」
「今回の事件の、民間協力者、じゃなく、猫間協力者です。あとで警察からも、感謝状代わりにカリカリを上げてください。……猫缶、の方が喜ぶかもしれませんね。
目標は、C号棟108号室。裏口は、俺がこの楯で封鎖します。
窓側からの逃走は、陽動を兼ねてネコたちが封じます。
あとは、警察の皆さんにお願いします。電子データの類は、時間を置くと消去され再生出来なくなる危惧がありますから」
前代未聞の、ネコたちとの共同作戦。だけど俺は、既に成功を確信していた。
◇◆◇ ◆◇◆
トモエたちは、家猫化して、駄ネコ化した。俺たちは皆、そう思っていた。
けど実態は、そうではなかった。普通のネコより広大な範囲を支配下に置くボス猫となり、独自のネットワークを築き上げていたという事だ。
ネコは野生動物の中では、自分たちに友好的な相手を嗅ぎ分ける嗅覚に長けると聞いたことがある。そして、トモエたちの直接の主人は武田だけど、俺たちも事実上のサブマスター扱いしてくれていた、という事だ。結果、面積的に見てかなり広大なこの町の、そこに住まうネコたちは。俺たちに友好的に接してくれるようになっていた、と。
ある意味、ボレアスによる上空監視より、誰も警戒しない、猫たちの監視網の方が精密だろう。もしかしたら、トモエらを中核とした思考共有・思考同調による知性向上もあったのかもしれない。あのカランの小鬼たちのように。もっとも、はじめからネコという種族は、そういう存在なのかもしれないけれど。
◆◇◆ ◇◆◇
初撃は、ネコたちだった。
誰だって、いきなり窓に鈴なりのネコがいたら。そしてカリカリと、窓を引っ掻きだしたら。それが普通のことだとは思わないだろう。
「な、なんだ?」
男は、平常心を失いながら、取り敢えず外に出ることを選んだ。出て、右に向かうか左に向かうか。右は、ちょっと長く廊下を歩かなければならないけれど、出たらその先の選択肢が多くなる。左は、すぐに外に出れるけど、そこから大通りに出るにはちょっと道が細い。
一瞬、右に向かうメリットの方が頭をよぎった。が、だからこそ、そちらを警戒した。
だから、左。裏口を目指した。そうしたら、その場所に一人の高校生くらいの男子が。その手前に何やら透明な板があることは、既に日が暮れ、照明も薄暗く、その上視野が狭窄したこの男には、気付かなかった。
通路を塞ぐようにしゃがみ込んでいた、男子高校生。だけど彼にとっては、ただの邪魔者。
「どけ!」
無視して、その脇を通り過ぎようとした刹那。
彼は見えない壁に、撥ね返された。
「ここは、通行止めだ。他を当たれよ」
高校生が、口を開く。まるで、どこかの映画の台詞を諳んじるように。
「舐めてんじゃねぇ!」
もう一度、その見えない壁(おそらくは、かなり透明度の高い板)に向かって、体当たりする。が、まるでその衝撃が全て吸収されてしまったかのように、びくとも動かない。
と、反対側から多くの足音が聞こえてくる。もうこの時点で、男は悟った。既に警察に捕捉されている、と。
ならあとは。
近くの部屋に飛び込み、その部屋の住人の意思を無視して、その窓を割って、逃走する。
既にこの場所が特定されているのなら、非常線も張られているだろう。逃げ切れる可能性は、少ない。けど、坐してお縄につく訳にも行かない。
窓を割って飛び出す。が、身体が宙を舞ったその途端に、男の右足首に鋭い痛みが。白い仔猫が、幼くも鋭い牙を立てていた。それも、ピンポイントに踵と踝の間。所謂、アキレス腱の根本を狙い撃つが如くに、だ。仔猫の牙は、仔猫であるが故に鋭く、仔猫にしては力強く。確実に、足首にそれが食い込んだ。そして仔猫は、前後の脚を使って、全力で肉を喰い千切った。
「ぐ。わぁ!」
いきなり利き脚の、足首が一撃で破壊された。そう、それを目的に、的確な一撃を撃ち込まれたのだと、無根拠に信じられた。
そして倒れ込んだ男の肌に、無数の猫たちの牙と爪が、襲い掛かる。
最初の仔猫の牙と違い、他の猫たちの牙や爪は、皮膚の皮一枚を切り裂くのが精いっぱいだろう。だが、その結果生じる痛みと出血は、無視出来ない。それ以前に、既に逃走に使う足が封じられている。そうである以上。
「そこまでだ。無駄な抵抗は止せ!」
警察から、逃げることなど出来るはずもなく。
結果、男は。
警察に、というよりも、ネコたちに取り押さえられ、逮捕されることになったのだった。
(2,603文字:2019/11/13初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/28 03:00掲載予定)
【注:「ここは、通行止めだ。他を当たれよ」は、〔永野護著『TheFiveStarStories I』角川ニュータイプ100%コミックス〕の、F.U.ログナー氏の台詞の剽窃です】
・ 警官A「そこまでだ。無駄な抵抗は止せ!」
ネコたち「フシャー!(止められるというのなら、止めてみよ!)」
警官A「……いや、そうじゃなく、キミたちじゃなく、キミたちが取り押さえているその男に言ったんだ」
警官B「お前、いつからネコと喋れるようになったんだ?」




