第42話 体育祭の終りと、事件終息の為の
第07節 少女はまだ、笑えない〔3/6〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
当然と言えば当然ですが、出てきました。隠しカメラも、下着ドロも。
ただ、幸運にも。盗撮は、新聞部が。下着ドロは、片思い中の女の子の持ち物が欲しいという純情(?)少年が。それぞれ犯人でした。
新聞部の行いは、さすがに正常な活動内容と言えるかどうか微妙なところ。カメラの配置は、「生徒たちの日常を、不自然さを感じさせずに映し出せる場所」と強弁していましたが、女子が着替えに使う教室の中がそのフレームに入っており、着替え中以外に人影がない場所でしたから。
こちらは後日、生活指導教諭立会いの上で生徒会が査察を行い、他の映像記録等を全て確認し、犯罪的な映像が無ければあとは学校側の裁定に任せる、という事になりました。
下着ドロに関しては、まだ学校から出ていないので、犯罪が成立していると言えるかどうか。ですが、さすがにちょっと扱いが微妙です。被害者である女生徒にとって、男が手に取った下着には当然忌避感があるでしょうし、それ以前に自分が被害者であるという事実を知るだけで泣きたくなってしまうモノでしょう。
だからと言って、犯行に及んだ男子生徒を無罪放免にする訳にもいきません。結果、盗難された下着に関しては、同価格帯・同サイズの物を生徒会が用意し、「生徒会の不手際で汚してしまった」という事にして新しいモノを渡す。その代金は加害男子生徒が弁済する。男子生徒は、理由を公表しないまま学校の処分を受け入れる。そういう扱いになりました。その代替となる下着は、髙月さん経由でランジェリーショップから直送してもらいました。加害男子は勿論、ボクも生徒会男子役員の誰も、だからその下着のサイズもデザインも知りません。
「その、武田。ごめんなさい。色々と――」
「もういいです。あ、それはそうと、会長」
「何? まだ私にも出来ることがあるというのなら――」
「うん、まさにそのことです。会長、今夜あたりから、繁華街を警邏して、うちの学校の生徒が援助交際なんかやっていないか、取り締まろうとか思っていませんか?」
「当然、そうするつもりよ」
「止めてください。今、捜査関係者の神経がかなりささくれ立っています。たった三日で、100人を超える女生徒を補導したんです。その取り調べは本来、婦人警官が行うことになっていますけど、当然数なんか足りませんから。
そんな最中に深夜に繁華街をうろつく女生徒がいて、補導してみたら『生徒会の活動で警邏中だ』と強弁する。事実の確認に、どれだけ手間がかかると思いますか?
というか、むしろ生徒会の方から全校生徒に向けて通達を出してください。『これからしばらくは理由の如何を問わず、繁華街を生徒だけで出歩くことは禁止する』って。どうしても出歩く事情があるのなら、保護者に同行してもらうようにって。警察の職務質問を受ける状況になるという時点で、仮令それが善良な生徒であったとしても、警察に対する威力業務妨害、場合によっては公務執行妨害に値する、って。
その結果、援助交際している女子の多くが網から逃れてしまうかもしれませんけれど、むしろ彼女らには、自分たちがやっていることがどれだけヤバい事なのか、それで自覚出来るようになるかもしれませんから。これをきっかけに、今後しなくなれば最善です」
一言で言えば、「警察の邪魔をするな」です。悪意が無かったとしても、「悪意が無い」という事を証明・確認するにはそれなりの時間がかかりますし、非行を目的とした行為ではないにしても、以下同文です。今の時期の捜査関係者にとっては、「夜」「繁華街」「未成年」というだけで、もう充分警戒する対象なんですから。
◇◆◇ ◆◇◆
体育祭が終わり、夕刻。……うん、今年の体育祭ほど、どの〝組〟が勝ったのかで盛り上がらなかった体育祭も、無いでしょう。誰もが異様な雰囲気の中、無難にイベントが終了することを願っていたんですから。
普通の競技だけじゃなく、それぞれが趣向を凝らした応援合戦。ゾーニングギリギリのお色気が毎年恒例のはずなのに、何故かそういった趣向は直前で中止され。ブルマーやパンチラ(じゃなくアンスコだけど)をフレームに納めようとシャッターを切る父兄(?)も、今年はおらず。
ラッキースケベイベント多発の障害物競走でも、そのシーンを今か今かと待ち構える男子は、そのこと自体で犯罪者予備軍とされるような雰囲気の中、だから無難にゴールを迎えることを(本心はどうか別として)誰もが望み。結果、勝った負けたより、無難に終わったことを皆で喜ぶという、本末転倒な結果に。
借り物競争だって、実行委員会の悪巫山戯でえっちな(具体的にはライトえっち程度の)お題があるのが当然なのに、直前でそれは差し替えられ。
結果、表立っての問題は起きずだけど盛り上がりに欠けて、「総合優勝は、B組です」「あっそう。終わった終わった。何事もなくヨカッタネ」といった感じの閉幕となってしまいました。
けれど、ボクらの本番は、これからです。
既にいくつかの〝組織〟と思わしき拠点に対し、警察が強制捜査を行っています。そして、その中のひとつに於いて。
顧客名簿と思われる書類を抱えた組織の幹部が一人、包囲網から脱して逃走中、という情報が入っているのです。
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
予定通り、先方に発覚すること無く急襲出来た、はずだった。
にもかかわらず、取り逃がした。これは、明らかに警察の失態。もしかしたら、警察署内に〝組織〟に内通していた人がいたのかもしれない。とはいえそれは、当日になるまで相手が対処出来なかったことを思えば、その内通者(存在しているのなら)の特定は、比較的容易に行えるだろう。つまり、今朝までその事実を知らず、今朝になってからそのことを知らされた警官の中の誰か、ということになる訳だから。
なんにせよ、顧客名簿を抱えて逃げた構成員がいる。多分、幹部級。おそらくは、仮に名簿がなくとも、その人物を押さえられれば、かなり事件の全貌を把握出来ることになるに違いない。
だけど、取り逃がした。正直、逃走先の手掛かりはない。
ソニアは、ボレアスの目を借りて上空から鳥瞰。美奈は、〔泡〕を展開し、この周囲に限定して精査。武田は、怪しい場所をピンポイントで決め打って、〔報道〕による監視。松村さんは、身動きの採れないソニアや美奈の護衛と連絡の中継の為、飯塚家に駐在。
だから、俺と柏木は、足を使って捜索する。もっとも、手掛かりのない相手を探す為に、やみくもに夜の街を走り回って何がわかるのか、という疑問はあるが。
と。
「にゃーぁ」
ネコ(野良猫? 家猫?)が、俺の足にまとわりついてきた。
ネコに好かれる要素なんか、俺には無いんだが。でも、いくらネコが愛らしいからって、モフっている暇はない。
無視し歩き出そうとすると、ネコが俺の邪魔をするように、すり寄る。
「おい、なんなんだよ」
つい、愚痴ってしまった。ら。
「にゃー!」
別のネコが、鳴いた。そして尻尾で俺に指図をするように、路地裏に向かって歩き始めた。更にはあちらこちらからノラ猫が現われ、俺を囲んでその方向に誘導している。
「ついて来い、ってことか?」
疑問に思いながら。何故か逆らい難く、俺はそのネコについていった。
(2,925文字:2019/11/13初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/26 03:00掲載予定)
・ こういう状況では、〝善良な〟生徒の方が、警察にとっては迷惑です。何故なら不良少女なら、そのまま補導すれば良いけれど、善良な少女なら、〝善良〟である事実を確認しないといけないんですから。
・ 今回の警察による、一斉捜査。〝組織〟とは無関係の、単なるヤクザのフロント企業や、それこそ全く無関係な外国人犯罪組織なども、その対象となってしまいました。
・ 雄二くんたちの学校には、組織関係者が仕掛けられたカメラはなく摘発された組織関係者もいませんでした(補導された女子の中には、組織末端の援助交際グループに所属していた子はいる)。それは、この数日のうちに学校内に仕掛けられていたカメラは撤去され、取引があった男子生徒・教師らはその連絡を絶たれていたという可能性を否定出来ません。その意味でも、「名簿」を押さえなければならないのです。




