第41話　体育祭、はじまる

◇◆◇　雄二　◆◇◆

　例年の体育祭は、ボクのような運動があまり得意とは言えない生徒は、人数合わせに使われる程度。だから昨日（10月5日）の雨がそのまま続いてくれたらいいのに、と思ったでしょう。だけど今年は、リリセリアでの三年間で結構体力がついていた為、それなりの成績を狙えるところまで来ていました。

　けど、正直。今年の体育祭に集中出来る生徒は、ほとんどいないでしょう。

　複数の女子が、援助交際の現行犯で補導され、けれど全体の数が多かった為（うちの学校だけで9人。町全体では中学生20人余、高校生60人余、その他：小学生や中卒無職等を含め合計100人以上だそうです）となると、隠蔽(いんぺい)も不可能。そうなると、自分の彼女が援助交際で補導されたという事実を知らされた男子の表情が絶望に染まり、また今回補導されていない女子は、実は単に運が良かっただけじゃないかと疑惑の目に曝(さら)され。しかもそれを裏付けるかのように、私服警官と思われる男たちが何人か学校の敷地の内外を出入りし。

　しかも、この体育祭は、学校祭（体育祭・文化祭・音楽祭の総称）のオープニングイベントです。そして学校祭は、生徒会行事の華。今期生徒会活動の集大成と言うべきイベントの始まりなんです。加えて、生徒会長の停学明けの一発目。何とかして名誉挽回に活用したい行事だったんです。

　ところが、その直前の大規模補導事案。しかも、学期初めに生徒会長が停学になった理由なんか一般生徒は知りませんから、そこに関連付けて考えてしまっても、或いは仕方のない事でしょう。さすがにこれは、ちょっと可哀想です。

「会長、ちょっといいですか？」

「武田！　またアンタなの？」

　あ、フォローしようと思ったら、睨(にら)まれました。なんだかなぁ。

「そもそも、会長は現状をどれだけ理解していますか？」

「アンタが何かやって、警察が踏み込んできて、私が責任を負わされる。この前と同じことでしょう？」

「そう整理されるとその通りかもしれませんけれど、最後だけは違います。今回の一件では、誰も会長に責任を負わせようなんて思っていません。……負えるモノでもありませんしね」

「どういう事よ？」

「学校内の話なら、生徒たちの最高責任者は会長です。だから会長に責任を取れと言う人が出て来るかもしれません。けど、今回の件は。むしろ、うちの学校の生徒たちは、巻き込まれただけです。

　なら、全く罪のない生徒と、巻き込まれたとは言っても補導されるに値(あたい)する行為があった生徒を仕分けして、罪のない生徒を守り非行を為(な)した生徒を生徒会の名で正道に導(みちび)く。そうすることで、学校の名誉を守れるのではないですか？　そういう生徒が多くいたことは事実ですが、だからこそ、綱紀(こうき)を粛正(しゅくせい)し、風紀を糺(ただ)し、校内を浄化する。それが出来れば、今期の生徒会の功績として後世にまで残るモノと思われますが、如何(いかが)？」

「何で、アンタが私達に助言をするの？　アンタと私たちの関係で、それを鵜呑(うの)みに出来ると思う？」

「どうするかは、会長次第ですよ。ただ、今回の一件に関しては、改めて言いますが、うちの学校、そして会長は、完全に巻き込まれただけの立場ですから」

「詳しく話しなさい」

「詳しく、は、さすがに守秘(しゅひ)義務に抵触します。ので、概要だけ。

　ある学校で、校内の盗撮等の事案が明らかになりました。

　そして、盗撮されたデータを売買する〝組織〟の存在が判明しました。

　更にその〝組織〟は、少女売春(えんこー)の仲介斡旋(あっせん)や児童ポルノの製造買取販売等を手掛けていました。

　だから、その被害者を保護し、これ以上の被害を出さないようにし、且つその〝組織〟を確実に押さえ、更にその〝組織〟が拡散したであろうデータ類を完全に捕捉・破棄する為に、一気呵成(かせい)に取り締まりを行う必要がありました。

　結果、その〝組織〟とは関わりのない、個人的な援助交際(パパかつ)をしていたうちの学校の女子も、その網に掛ってしまったのです」

「……うちの学校は、完全に巻き込まれただけだ、ってこと？」

「現時点では。もっとも、個人的な援助交際(パパかつ)をしていた女性は、巻き込まれたといっても自業自得でしょうけど。

　但し、校内にカメラが仕掛けられていたり、今回補導された女生徒の誰かがその組織の下部構成員として自覚的な行動していたなどということになったりしたら、そうと言い切ることが出来なくなる可能性もあります。

　ちなみに、その学校に於ける盗撮実行犯の一人は、女性教師でした。そのことを考えても、『この人がそんなことをするはずがない』という先入観で事を見ることは出来ません。うちの学校は巻き込まれただけ。それだって、一つの先入観なんですから」

「……アンタは、この一件にどう関わっているの？」

「ボクらの妹分の友人が、その被害者でした。それ以上は――」

「わかった。聞かない。

　でも、どうして、こんな――」

　生徒会長は頭を抱えていますが、その気持ちは、わかります。夏の一件は、会長の正義感が暴走した結果。そちらに関しては、同情の余地はありません。けど。

　今回の一件は、完全にとばっちり。しかも、このタイミング。青天(せいてん)の霹靂(へきれき)以外の何物でもないのですから。

「学校内にカメラが仕掛けられているか。それを調べる方法に関しては、幸か不幸か今回の一件で、ボクらの下(もと)にノウハウが蓄積されています。まぁグレーゾーンというか、場合によっては非合法と言える手法なので、どんな方法でそれを見つけるのか、会長らに教えることは出来ません。ボクがそれを悪用しないかどうかは、ボクを信じてもらうしかありませんけれど。

　その上で、ちょうど全校生徒が体操服に着替える、この体育祭。盗撮や、下着ドロ。それらが実際に行われていないか、捜査することも可能です。

　今申し上げました通り、これはグレーゾーンに類する手法なので、ボク自身がカメラ等を発見しても、それを理由に警察に通報したり証拠にしたりすることは出来ません。だからその場合、カメラを確認したらそれを生徒会に報告し、生徒会がそれを公的に発見する、という流れになると思います。それが下着ドロの類(たぐい)であれば、生徒会が任意の持ち物検査をやって発見することになるでしょう。

　如何(いかが)ですか？」

　魔法(これ)が非合法の手段に類する可能性を提示し、その上で手柄は生徒会に託する。これは、ボクなりの歩み寄りです。

　ボクが信じられないというのなら、自分たちで勝手にやれば良いし。

　ボクを嵌(は)めて警察に通報するというのなら、魔法を使ったこととその内容が違法だと証明する義務が生徒会に生まれます。まぁ虚偽(きょぎ)通報、偽計(ぎけい)業務妨害呼ばわりされるのが関の山ですし、生徒会長の場合は前科もある訳ですから、おそらく信用されないでしょう。

　そして、ボクを信じてくれるのなら。上手くいけば、今のボクの言葉の通り、生徒会の功績とすることが出来るんです。

　この上で、どうするかは会長次第。才色兼備と謳(うた)われた生徒会長なんですから、これ以上の無様を晒(さら)してほしくはありませんけどね。