第40話 体育祭の裏側で
第07節 少女はまだ、笑えない〔1/6〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
平成30年10月6日土曜日は、うちの学校の体育祭の日だ。晴天、とは言えなくも、雨は止んでくれている。
そして、うちの学校の女子の体操服は、時代錯誤ながらブルマ。正直、何故大人の男たちが目の色を変えて「エロい」と言うのか、よくわからないけど。でも、だからそういう目的でカメラを担いでやってくる男たちというのは、少なくないのだそうだ。
けど、今年の体育祭では、それとは明らかに違った眼光を持つ男性が、何人か来ていた。多分、私服刑事。
この数日間、事態は大きく動いていた。
その最初のきっかけ。刑事さんたちをうちに呼び、幾つかの情報開示をした時。
婦警さんには、田口のノートPCの中を見てもらった。但し、男性(刑事)には画面を見せるな、と言い措いて。見せて良いかは婦警さんが見た後に判断してくれ、と言い含めて。
首を傾げていたものの、PCを起動して3秒後に、婦警さんは爆発した。
「その場所にいたのが柏木くんじゃなく私だったら、あの男をその場で射殺していたわね」
ロウレスの町でドレイクの兵士と戦った時より、この婦警さんの怒りの方が余程怖かった。
そしてすぐ、緊急配備。児ポ法違反は現状で確定、青少年保護法も家宅捜索ですぐに逮捕状が取れる。刑法(強姦)も確定だが、事前に福島こずえちゃんから事情聴取することが望ましい。更には、売春斡旋の可能性(つまり写真や動画或いは使用済み下着類だけでなく、元カノの身柄そのものを、〝組織〟経由で売り捌いていた可能性)も出てきた。
同夜。エリスたちの担任教師の自宅も家宅捜索された。担任の妻子は何事か、と驚いていたが、事情を聴くとすぐに荷物をまとめ、奥さんの実家に避難することにしたのだという。
翌日(4日木曜日)。事件の重大さを鑑みて、小学校は臨時休校となった。担任教師が設置したカメラ以外にも、複数のカメラが発見されたのだ。そして発見されたカメラのうち一台は、女性教諭の持ち物だった。
はじめは彼氏に頼まれて、大学時代更衣室を盗撮したりしていたのだという。けれど、少なくない小遣いをもらえ、すぐに女性教諭自身がのめり込んでしまった。小学生女児の着替えやトイレは意外に需要があり、大学のそれよりいい稼ぎになった。しかも、「盗撮の噂があるから調査している」と言えば、堂々とカメラを持ち歩けるし、女児がカメラ目線で着替えを披露してくれたりもしていたのだ。
この彼氏は、4日に女性教諭の住むアパートに家宅捜査が入ったことを知り、その夜のうちに行方を晦ませた。その後のことは後日譚になるが、一週間後には所在が特定され、逮捕。ただこの彼氏と連絡を取り合っていたはずの〝組織〟の人間は、既に足取りが攫めなくなっていた。
この小学校では、単純に窃視することで満足する男性教諭(パンチラスポットを共有する、などという男子高校生じみたことをしていた教師たちもいた)と、「じゅんすいなれんあい」を毎年違う女子児童と楽しんでいた教師、そしてトイレや更衣室或いは廊下を歩く女児のスカートの中または他の教師と女子児童の性行為の盗撮画像等を売り捌いていた教師、中には自分が主演するハメ撮り画像等を売り捌いていた教師もいた。その、ハメ撮り教師こそが、高橋早苗ちゃんに悪戯していた男の一人だった。
けれどそのデータの販売ルートは、5日の時点で既に引き払われていた。
小学校内の盗撮に端を発した大規模児童ポルノ禁止法違反事件は、かなり大々的に捜査された。一方田口やすし絡みの事件は。
3日夜の時点で、田口を緊急逮捕。その自宅を秘密裡に家宅捜索し女児下着等を押収。だけど福島こずえちゃんに対する事情聴取はしばらく行われないこととなった。結果、世間的に見ると「小学校の事件を目の当たりにした、ガチペドニートが、怖くなって逃げだした」ような状況を演出したのだ。
警察は、押収した紙片等を解析。暗号を使って〝組織〟の人間と接触をしていたことが明らかになった。本来この紙片は、読後焼却を要求されていたものらしいけど、田口の本来のズボラさゆえに(或いはこのアパートで下手に火を使って火事になることを恐れたのかも)そこに残っていたのだ。そして〝組織〟の末端の人間の逮捕に成功した。
その他にも、ソニアとボレアスが作った、この町の「援助交際地図」も、有効に活用された。
既に少女鷹匠として知られるソニアと、〝山の英雄〟〝幸運の鷹〟ボレアスのコンビは、この町では有名だ。そして実際に、ナンパされて困っていた女子中学生を助けたという実績もある。だからこの〝地図〟は、信頼性の高いモノとして取り扱われた。それにより、町内浄化という意味も込め、少女売買春に対する一斉補導が行われた。ちなみにうちの学校の女生徒も、かなりの人数が補導の対象になった。そのうちの一人は、柔道部の三島くんの(修学旅行中に)出来たばかりの彼女さんだった。
そして摘発された少女たち並びにその顧客である大人たちから事情を聴き、出会い系等を利用した個人的な売春と偶発的な買春、上納金の支払い義務のある組織的な売買春に切り分け、組織的なものに関してはその組織の実態を。上役が、上級生や同級生の女生徒という場合、その更に上の存在を確認する。ヤクザなどが関与している場合は、ここから強制捜査に。
事件発覚が、3日午後。けれど今日、6日午前には、ヤクザの事務所を含む複数の拠点に対し、強制捜査が行われることになった。
そして今、俺が背を預けている樹の反対側、フェンスを挟んだむこう側でタバコを喫っている、スーツを着た男。今回の事件を担当する、刑事さんだ。
「ただの小学生の家出が、こんな大きなヤマになるとは思わなかったぜ。お前は、想像していたのか?」
「さーちゃんの事件とこーちゃんの事件に関連がある可能性に至った段階で、根が深いであろうことは想像が出来ていました。
そしてさーちゃんの問題が、虐待の証拠がなくそれでいながら第三者である〝顧客〟が関わっている以上、事件にしないで解決する方法に思い至りませんでした。
なら、時間を掛けてゆっくり対処するよりも、短期間で一気に処理した方が、一時の出血量は多いですけど、結果的には総出血量も痛みも少なくて済みます」
「その通り、だな。ちなみに、高橋早苗に悪戯をした男たちを、複数確認出来ている。今日の強制捜査で、高橋早苗の母親が〝組織〟と継続的に取引をしていた証拠も出てくるだろう。そこまで行ってからようやく、福島こずえ本人に話を聞くことになる。彼女は純粋に食い物にされていただけだからな」
さーちゃんの母親が連絡を取っていた男も、確認が取れている。さーちゃんの〝顧客〟ではない相手、だ。間違いなく、〝組織〟の関係者だ。
というかこの時点では、さーちゃんの母親は。さーちゃんが〝顧客〟の下に監禁されていると確信し、追加料金を、と主張しているようだ。
対する〝顧客〟は、さーちゃんの母親に契約不履行で、違約金を、と〝組織〟経由で請求し、〝組織〟はこの忙しい時期に仲裁に駆け回っている、というのが実情らしい。
ここまで追いつめて、本命を取り逃がすような失態をするつもりが無い。これで一気に、カタを着ける!
(2,914文字:2019/11/13初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/22 03:00掲載 2022/12/01表記揺れを調整)
・ ソニアとボレアスが作った円光地図。ボレアスにGPSトレーサーを着け、宏くんがPCのWeb地図に表示される軌跡を確認し、ソニアの口頭での目視情報を宏くんが記録することで作成しました。
なおこの後。ボレアスにGPSトレーサーだけでなくカメラも取り付けて、空撮するという方法で警察の捜査に協力する依頼が増えました。ドローンを使った空撮よりも、音は静かで撮影範囲は広く、おまけにソニアを介して正確な誘導が出来るから、と。
・ 三島くんは、柔道部のエース。硬派な彼は、だから軽はずみに(いくら彼女だからといっても)女の子に手を出すつもりはなかったんです。対してけーけんほーふな彼女は、物足りなくって。町のおぢさんを相手にして、性欲を充足していました。
なおこの一件で三島くんは更に柔道に打ち込み、2024年のパリオリンピックの強化選手に選ばれることに。……開催されることを、期待しています。
・ もしさーちゃんが、警察なり児童相談所なりに保護されていたら。当然さーちゃんの母親の許に調査が来るでしょう。それがない以上、公的機関の保護は受けていない、つまり〝顧客〟の許にいる可能性が一番高い。さーちゃんの母親は、そう判断したのです。〝組織〟は〝顧客〟の許にいないことを知っていたので、家出の可能性に思い至りました。さーちゃん自身、〝組織〟にとって致命的な情報(顧客情報)を持っていましたけど、母親が捜索願を出さなければ、警察に先んじてその身柄を確保出来るから、情報もまた隠蔽出来る。そういう打算が働いていたのです。旨くいけば、「家出少女を保護した男」から画像等の下取りの打診があるかもしれないし。
・ 婦警さん「私のニューナンブが火を噴くぜ!」
刑事さん「それは俺のお稲荷さん、じゃなくマグナムだ!」
白バイ隊長さん「捜査一課の刑事が官給品を魔改造した挙句、少年育成課の婦警に持ち出されるな! ってか、お前のはマグナムじゃなく豆鉄砲だろうが!」
婦警さん「当たらない、という意味だとマグナムでも豆鉄砲でも大差ありませんけど」
隊長さん「そうか。ライフルじゃなく拳銃だから、届かないのか」
刑事さん「……一体、何の話を(涙)」
婦警さん「貴方のマグナム(笑)が、役立たずだってこと?」
注)ニューナンブは違法改造されておらず、刑事さんのマグナムは婦警さんの奥には届いていなかった、というのが現状。
婦警さん「命中したら責任取らせる口実になるのに」




