第36話 変態性癖と母親失格
第06節 泣いている少女〔5/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
10月2日火曜日。
今、オレの部屋のベッドの上では、ソニアが横になって目を瞑っている。
ついに、オレたちも初体験を。
という、色っぽい話じゃない。今のソニアは、武田が開発した新魔法を行使しているんだ。
その魔法、〔千里眼〕。具体的には、ボレアスの視界と同調して、ボレアスが見ているモノを自分も見る、という魔法だ。ボレアスとの間に〔使役〕のラインが構築されていないと、それは使えないという。
そして、その魔法を使っている間。術者であるソニアは、肉体の方の視力を失う。より正しくは、肉体の視力を封じないと、二つの映像を脳が処理し切れなくなるのだそうだ。またその〝視界〟は空を飛んでいる為、一般の盲人のように白杖があればいい、という訳にもいかない。一番安全なのは、やはり安全が確保されている場所で、その魔法を使っている間中、身体を横たえておくことなんだとか。
その事前説明を武田から聞いたソニアが、オレの部屋のベッドを選んだのは、最早必然。はじめからその為に武田がその魔法を開発したんだ、って言っても、オレは驚かん。
「でも、女の子を食い物にする、組織ですか」
話を聞いて、ドリー。
「リリセリアでも、貧民街に住む女の子は、幼い頃から体を売るって聞いてます。そうしなければ、食べていけないから。
そして、幼い少女でなければ興奮しないって種類の男がいるって話は、よく聞きます。貴族階級や豪商にこそ、そういった変態性癖を持つ者が多いから、気を付けなければいけない、とも。
実は、淑女教育の中に。そういった変態性癖を持つ男性を慰める方法、というのも含まれているのです。幸いアマデオ殿下はそういった性癖は持っていらっしゃいませんでしたけど、仮に殿下が幼い子にしか興味を持てない、というのであれば。私がもっと幼い時期に殿下との縁談が持ち込まれたでしょうし、或いは今の時点なら、私の侍女に幼い少女たちが複数選ばれることになったでしょう。
どれほどの変態であったとしても、血を繋ぐというのは、それだけ重要な意味があったのです」
リリセリアの貴族の子女の性教育事情。「子供(男子)を産む」ことが前提である以上、女性にとっては夫の性癖や嗜好なんかは大した意味がない。幼女趣味だろうと熟女趣味だろうと、自分の胎内に射精して妊娠させる能力さえあれば、それ以外はどうでもいい、と。場合によっては、世継となる男子を産むことさえ出来れば、夫など適当に毒でも盛って、生家に帰っても良いのだから。それまで性欲を維持する為に、貧民の娘や商家から買った奴隷の娘なんかが利用されるのだそうだ。
それはそれで凄まじい話だが、それでも逆にお互いが納得している。妻である女性は、世継を産む為に娘たちを利用し、夫は、世継を産む為という口実で妻に手配させた娘たちを食い散らかす。娘たちは領主夫妻の慰み者になることで、その後一生分の報酬が得られる。誰も、困らないのだ。勿論、不正非合法的に奴隷にされた娘たちがそこに含まれる可能性を無視すれば、だが。
けれど。
「でも、こちらでは、富裕層がただ楽しみだけの為に、幼い子を凌辱する。富裕層でない一般市民が、異常性癖を幼い子で満たす。貧困層が、ギャンブルの元手にする為に、自分の娘を売る。……さすがに、それを受け入れたいとは思いませんね」
リリセリアでは、娼婦も立派な職業だ。いくら高級娼婦であっても上流階級には至れないとはいえ、娼婦という職業自体を否定する者はいない。そして、娼婦に年齢制限はない。それこそ年齢一桁の幼女が、春を売ることだってあるんだから。
けど、それが。母親のギャンブルの元手にしかならないのだとしたら?
生きる為ではなく、母親を更に堕落させる為に、幼い女の子がその身体を売る。
勿論、あのエフラインのように、自分の酒代の為に、恋人(妻)に身体を売らせようとする男もいるけれど、そんな男はリリセリアでも下の下の下と認識されるのだから、あの高橋早苗ちゃんの母親は、エフラインレベルの下衆ということになる。
あの母親は。そもそも早苗ちゃんの父親は、戸籍上空欄なのだそうだ。それに該当する可能性のある男は多過ぎて、或いは現在連絡不可能な相手も少なくなく、だから父親として認知を迫ることも出来ないのだとか。それどころか、早苗ちゃんに悪戯をする男たちの中に、早苗ちゃんの父親である可能性のある男も何人か含まれているのだという。その〝可能性〟が、男たちを更に興奮させているのだという。そこまで考えると、さすがに吐き気がする。
そして、父親不詳のまま早苗ちゃんを産んだ母親(高校中退だそうだ)は。生活の為に身体を売り、一時の楽しみの為にギャンブルに走り、自分が苦労せずにその元手を稼ぐ為に、娘を売ることを考えた。
正直、擁護の余地がない。
「はっきり申し上げまして。宏さんは、ただ純粋に早苗さんの母親を嫌悪して良いのだと思います。今回の事件の主役は、翔さんです。だから宏さんは、義務も責任も考えず、義憤から翔さんに協力し、常識から早苗さんの母親を唾棄して良い立場なのですから」
ベッドで横になっているソニアが。ソニアは別に、寝ている訳じゃない。そしてボレアスと同調出来るのは視覚のみだから、聴覚は肉体に依存している。つまり、オレとドリーの会話はそのまま聞こえていたという事だ。
「そっちはどうだ?」
「正直、難しいです。ただのナンパ野郎なら何人か見かけましたし、援助交際を持ちかけている女子中学生・高校生も何人かいました。
けど、その連中が〝組織〟の関係者かどうか、それを判断するのは――」
ナンパ野郎の背後に〝組織〟がいるとは限らない。援助交際(或いは「パパ活」)を持ちかける女子中学生・高校生が〝組織〟の隷下にあるとは限らない。だから、特定が難しい。
現在わかっているだけでも、〝組織〟は営利を目的としてそれを運営している。だから、ナンパ野郎の背後に〝組織〟がいるのなら、行為を撮影するなり下着を売りさばくなりするだろう。援助交際を持ちかけるJC・JKは、その背後に〝組織〟がいるのかもしれない。けど、「ハメ撮り」をしたからと言って〝組織〟に関係しているとは限らないし、円光JC・JKの背後に〝組織〟がいるとは限らない。
だから今、ボレアスに出来ることは。
情報を蓄積する。それだけでしか、無いのかもしれない。
(2,579文字:2019/11/11初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/14 03:00掲載予定)
【注:「盲人」は、現在では差別用語に該当します。正しくは「視覚障碍者」としなければならないそうで。もっとも、盲という言葉は、「視覚障碍者」自身が自分の状況を指して言うのが一番多いそうですが】
・ 「肉体の視力を封じないと、二つの映像を脳が処理し切れなくなる」と言われる〔千里眼〕ですが。水無月美奈さんが使用するときは、そんな問題は起こりません。半径数kmに展開した〔泡〕の状況を認識し、それが破壊されることで起こった状況を把握することが出来る彼女にとって、複数の映像を同時処理することくらい造作もないでしょうから。……〔千里眼〕を展開しながら〔泡〕を使い、もっと正確な情報を取得する、なんてことをしても、別に不思議に思いません。
・ リリセリアの多くの国では、女衒行為は犯罪です。奴隷に落ちた婦女子が、その境遇から脱する為に娼婦業を営むことは問題ありませんけれど、娼婦になる以外の選択肢のない奴隷契約は違法です。そう言いながら、貧困家庭に端下金を渡して娘を買い、理不尽な奴隷契約をした上で娼館に売る悪徳商人は、どこの町にもいますけど。
・ リリセリアの若年娼婦は、その趣味の顧客に対しては需要がありますが、一般の顧客にとっては「テクも無ければ癒されもしない。これならロバを相手にした方がマシだ」と不評です。
・ リリセリアの娼婦が高位貴族に見初められ、愛人として遇する為に爵位を与えられたという例は、無い訳ではありません。ちなみにベルダさんは「職業:娼婦」のまま、〝善神の使徒〟(戦場の天使)の称号と、王族に比肩する発言力を手にすることに。
・ 飯塚そにあ「宏さん。私の身体に悪戯しても、構わないんですからね?」
柏木宏「ドリー。頼むからここにいてくれ。オレの理性と良識が焼き切れないように」
アドリーヌ「ソニア姉さま。胸元を緩めた方がいいですか?」
そにあ「こんなこともあろうかと、今日はフロントホックだから。ドリーさん、お願い出来る?」
宏「二人とも。頼むから勘弁してくれ」




