第35話 邪神の娘の望むモノ
第06節 泣いている少女〔4/8〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
その夜は、それで取り敢えず解散した。俺のベッドはさーちゃんに占領されているから、リビングのソファで。と。
「あれ? 父さんと母さんは、寝ないの?」
「俺はもう寝た。母さんは、もう少ししたら寝るって言っていた」
「〝もう〟寝た? って、いつ?」
「『倉庫』を使わせてもらった。今この家で、全員が眠っている時間を作らない方がいいと思ったからな」
何というか、さすがだ。
「そういえば、翔。お前は、今この町で、そういう事件が多くなっているって言っていたな。だが、何故だ?
たった2-3件で、〝多い〟と言うのは、どうかと思うぞ。偶然なのかもしれないんだからな」
「一応、根拠はある。けど、言えない」
「何故?」
「ルール違反だから。いや、他言するのがルール違反なんじゃなく、〝それ〟を根拠として判断することがルール違反なんだ」
「……よくわからないけど、まぁお前たちの場合そういう事もあるんだな。
だけど、翔。この事件の幕引きは、この国のルールに則って、法に委ねろ。私刑は、仮令証拠が残らなくても駄目だぞ」
……さーちゃんの安全が確保出来たら。その母親と、さーちゃんを買った男たちには、「人知れず消えて」貰おうと思っていたけど。先に釘を差されてしまったな。
「罪を認め、反省し、そして償う。それが出来る相手かどうかはわからんし、今更反省するくらいなら、自分の娘を食い物にしようなんて考えないだろう。だから、翔の気持ちもわからなくもない。だけど、駄目だ。
お前の流儀で始末していい相手は、〝非合法の販売ルート〟の関係者だけ。だが、その連中も、〝データ〟を完全に抹消する為に、警察に委ねなければいけない。だから、駄目だ」
「了解。ちゃんと、合法的に対処するよ」
◇◆◇ ◆◇◆
台風24号は、深夜にこの町付近を通過した。瞬間最大風速45mを超え、観測開始以来最大だったそうだ。
翌、10月1日の朝には台風一過となったものの、交通網の混乱が激しく、学校は臨時休校となった。
だから、エリスと松村さん、そして武田の三人とともに、エリス達の小学校に向かった。小学校は公立だから、児童は地元在住。そして先生も、非常事態に備えて可能な限り出勤しているはずだから。
道脇の樹々は深夜の大風で薙ぎ倒され、役所の職員や建築関係の重機が行き来している。
そんな中、小学校に向かって歩きながら。
「エリス。どこまでやるのがお前の望みだ?」
と、聞いてみた。
「エリスは、最初からわかっていたんだろ? でなければ。問題を抱えている二人、さーちゃんとこーちゃんを、ピンポイントで選んで〝しんゆー〟になるってことが考えられない。
普通の子供なら、偶然、という事もあるだろうけれど、ね」
エリスは。〝偶然〟を楽しむことはあっても、〝偶然〟に振り回されることはない。なら、三人のグループで、エリス以外の二人が「被虐待児」と「ガチペド野郎と付き合っている子」だというのなら。それはもう偶然じゃない。
エリスが、二人が破滅する様子を特等席で見学したい、という邪悪な目論見を持っているという訳でないのなら、それは二人を救ってほしい、というメッセージだろう。但し、エリス自身が、その力を使う訳にはいかないから。だとしたら、あの時に嵐の空を飛んでいたボレアスも、エリスの影響下にあったのかもしれない。
「それは、おにーちゃん次第だよ。助けを求めたのはさーちゃんだから、さーちゃんひとり助けて終わりにしてもいーし、ついでにこーちゃんも助けてくれてもいー。組織の顧客を摘発して終わりにしてもいーし、組織自体をぶっ潰してもいーの。逆に、さーちゃんのことを警察に任せてもいーの。
おにーちゃんが、やりたいよーにやっていーよ?」
「わかった。なら俺は、エリスに失望されないように頑張らないとな」
つまり、エリスが見たいのは。しんゆー二人が破滅する様子、じゃなく、それに対して俺がどう立ち向かうのか、ということな訳だ。それを「暇を持て余した邪神の遊戯」と看ることも出来るけど、逆に「親友を救う為に助けを求めた妹」の姿とも看れる。
そして、この短い会話で。エリスは多くのヒントをくれた。非合法画像等の売買、場合によっては児童買春の仲介斡旋を取り仕切る、〝組織〟の存在。そしてこーちゃんの彼氏は、おそらくその顧客。買取を求める側か、それとも単純に購入する側かは不明だが。
◇◆◇ ◆◇◆
そして小学校に着き、まずはエリス達のクラスの担任を探したけど、今日は出勤していないとのこと。電車が止まって出勤出来なかったのだとか。
「おにーちゃん、せんせーはダメだよ。せんせーは、さーちゃん家のじじょーに気付いてた。なのに、面倒くさがって見なかったことにしてたから。
それに、こーちゃんを彼氏さんに会わせたのも、せんせー。二人は同じ穴の狢ともだちなんだよ?」
どうしてくれようか。そんな下衆に大事なエリスを預けていたなんて。
「武田。〔報道〕だ。学校の各所に配置してくれ。
カメラが仕掛けられているのなら、それを設置或いは回収する必要があるはずだ。なら、そのタイミングで相手の顔を確認出来る。
魔法で収集した映像は証拠にならないけど、確認出来ればあとは決定的瞬間をピンポイントで抑えることが出来るしな。
但し。映像の確認は、松村さんと一緒に行うこと。武田が小学生女児の裸を見て興奮するような男じゃないことは知っているけど、それでも疑われるようなことをしてほしくない」
「了解です。『李下に冠を正さず』、ですね?」
「それに、場合によってはリアルタイムで女性のフォローが必要になるかもしれないからな」
「それって――?」
「つまり、女の子が襲われている現場、を映してしまう可能性、ってことか」
武田はよくわからないという顔をしたけど、松村さんはすぐに気付いたようだ。
「犯人を特定するのが〔報道〕の魔法を使用する目的だけど、これ以上被害者を出さないようにするのは、それに優先される。その結果本命から遠ざかる可能性もあるけど、それはそれで仕方がないからな。
……そうしたら、次は保健室だ」
「保健室? 何故?」
「児童のメンタルケアは、養護教諭の担当だろ? それに、健康診断でさーちゃんの栄養失調が指摘されたって聞いた。なら、保健室の先生はある程度の情報を持っているはずだ」
そして、それは穿ち過ぎではなかった。
「そう。飯塚くん。貴方の家で保護してくれているのね」
「とは言っても、警察に通報していない以上、知られたら誘拐犯の誹りを免れませんけどね」
「どうして、通報しなかったの?」
「虐待、と言えるだけの客観的な証拠がありません。児童売春斡旋の証拠も。今の時点では、母親の監護権の方が有力です。
同じ質問を、先生にもさせてください。何故そこまで状況を理解していながら、動かなかったのか」
「それは、養護教諭の限界ね。担任の先生には所見を伝えているわ。けど、私は担任を持つ教師じゃない。彼女は私が担任しているクラスの児童じゃない。『あとはこっちでやる』と担任に言われてしまったら、それ以上は何も出来ないの。それこそ目に見える怪我とかが無い限りは。
……本当に、なんの為に教師になったのか、って思ってしまうわ」
でも、保健室の先生こそが。最初にさーちゃんの〝悲鳴〟を聞き、記録した。それが今に繋がっている。それは、間違いのない事実なんだから。
(2,971文字:2019/11/11初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/12 03:00掲載予定)
・ 「ついでにこーちゃんも助けてくれてもいー」。つまりこーちゃんは、〝ついで〟で助けることが出来るくらい、今回の事件に関わっているんです。
・ 「それは、養護教諭の限界ね」。保健室の先生(柿崎先生)も、全てを捨てるつもりになれば、さーちゃんに手を差し伸べることは出来ました。けど、その代償を考えると。
・ 日本の法制度は、性善説が前提です。つまり、一部の例外こそあれ、犯罪は「善人が、魔が差した結果」。そして家庭に於いては当然、「母親は何を措いても子を守るもの」というのが司法の前提なんです。だから第三者が「親が子を虐待している」と言っても、その第三者が何か勘違いしている可能性の方が先に論じられます。仮令実際に虐待が成されていたとしても、親本人が「私は子を愛している」と言えば。虐待の客観証拠がなければ、第三者の言葉より母親の主張の方が信用されるのです。
結局、客観的な証拠が見つかる、つまり末期の虐待事案になる前に子供を保護したいというのが理想ですけど、全ての家庭に監視カメラと隠しマイクを設置して当局が管理するくらいしなければ、虐待を無くすることは出来ません。




