第33話 家出娘(修正版)
第06節 泣いている少女〔2/8〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
平成30年9月30日日曜日。
台風24号が接近している関係で、一日中荒れ模様。だんだん風も強くなり、当然ながらバイト先の建築現場は作業中止が言い渡された。初夏にあわや人身事故(笑)という事態になったこともあり、バイトを含めた作業員の安全に、会社は充分配慮してくれているようだ。
安全に配慮してくれているのは有り難いが、日雇いバイトの身としては、収入がないのは考えもの。一応内職等の仕事を請けて『倉庫』でそれを熟したりもしているけれど、やっぱり現場の仕事が一番実入りが良いから。
と。
「ピィー!」
上空で、鳥の声が。もう聞き慣れ、識別出来る。オオタカに擬態した、ボレアスの声だ。
空を見て、ボレアスの姿を確認し。その誘導に従って、人気のない路地に踏み込んだ。
そこにいたのは、ずぶ濡れの、小学生女児。そして、俺は彼女を見知っていた。
エリスの級友、〝さーちゃん〟こと、高橋早苗ちゃん。
◇◆◇ ◆◇◆
「さーちゃん、だよね? こんなところでどうしたの?」
声を、掛けた。
路地裏で、ずぶ濡れになっている時点で、「どうしたの」もへったくれもないだろうけれど。
「おにー、さん?」
「うん。エリスの、兄貴だ。頼りないかもしれないけれど、言うだけで楽になれるのなら、俺が聞いてあげられるよ?」
すると、さーちゃんは。
体当たりするように俺に抱き着いてきて、大声で泣きだした。
……雨音でその声を掻き消してくれるし、台風の所為で人出が少ないから問題にならないけれど、そうでなければあっという間に通報される状況だな。
さすがに、雨に打たれながら、路地裏で長話をするつもりはない。高校生男子が小学生女児を連れているという時点で、通報されてもおかしくないけど、ずぶ濡れで泣いている(それも見知った)女の子を放置することなんか、出来やしない。
さーちゃんの手を引いて、俺は家路を急いだ。
家に帰ると、美奈たちはまだ外出中。だけど、母さんがいてくれた。
さーちゃんの様子を見て、取り敢えず彼女を風呂に放り込み、その間事情聴取。……いや、何で俺が容疑者扱いされているの?
そして、状況を把握した母さんが。
「実はね。『高橋さんの家では、子供を虐待している』っていう噂は、前からあるの」
「ぎゃく……たい?」
「そう。目立った痣なんかはないけれど、小学校の健康診断なんかでは栄養失調を指摘されていたり、母子家庭のはずなのに複数の男性――それも中年男性――が出入りしているのを目撃されていたり。
民生委員の立ち入り調査も、何度かあったはずよ。だけど、証拠不十分で終わっているみたいだけど」
虐待は、暴力に限らない。目線だけとか溜息だけでの精神的な虐待もあるし、躾と強弁出来る範囲の暴力もある。だから、第三者がそう認定出来る範囲というのは、実はかなり限られている。逆に単なる誤認という事もある訳だし。言い換えると、第三者が虐待と確認出来る状況は、既に末期だという事だ。
だけど、さーちゃんの状況は。現時点で、もう末期と言わざるを得ない。でなければ、小学生女児が雨の中、路地裏で泣いているなんていうことにはならないだろうから。
「母さん。さーちゃんが風呂から出てきたら、母さんは席を外してほしい。必要になったら呼ぶから」
「そうね、それが良いわ。さーちゃんにとっても、大人がいたら話しづらいこともあるだろうし。でも、必要になったらすぐに呼びなさいよ。その辺りの区分は、ちゃんと出来ていると信頼しているからね」
いくらさーちゃんが大人に話しづらいと思っていても。大人でなければ対処出来ない問題も少なくない。現に、さーちゃんをうちに連れてきたというだけでも、見方を変えたら誘拐・監禁を疑われる状況なのだから。
◇◆◇ ◆◇◆
そして、さーちゃんが風呂から出てきて。エリスの服を着て。
ちなみに、さーちゃんはロリ巨乳。エリスの服だと、胸元が強調されるけど、(誰が何と言おうと)俺にロリ趣味はない。さすがに小学生女児に興奮したりはしない。
けど。
……さーちゃんが語った、さーちゃんの日常は。
かなり義憤を掻き立てる内容だった。
ほぼ毎日、さーちゃんの家に見知らぬ男が訪れて。
さーちゃんを裸に剥き、そして小学生女児に対しては勿論、未成年少女に対して行うには異常としか言いようがない性的衝動に曝されて。写真を撮られたりすることは、もう当たり前のことでさーちゃん自身気にもしていないのだとか。
そういった、異常なことをされ。けれど異常であればあるほど、その後の母親の機嫌が良くなるのだとか。
だけど、先日。さーちゃんは初潮を迎えた。それを知った母親は。
さーちゃんに、中年男相手と性行為をすることを求めたのだという。
小学三年生と雖も、一定の性知識はある。インターネットを介して、子供でもそういった知識に触れることは出来る。
だから、母親の要求の意味を、さーちゃんは理解出来てしまった。
知らなければ、気にすることもなかっただろう。けれど、さーちゃんはかなり賢かった。今、自分がやっていることの意味を理解出来る程度には。
それが、異常なことだとは知っていても。けどそれで家が潤う。母親が喜べば、家に平穏が訪れる。だから、自分が頑張らないと。
さーちゃんはそう考えて、これまで男たちの要求に応えていたのだそうだ。
けど。
今、母親が要求し、男たちが求める内容は、それとは違う。
頑張って、我慢して、それで済ませていい内容じゃない。
賢いだけに、それが理解出来てしまっている。だから、耐えられなかったのだ。
だから、家を飛び出した。どうやら家でそういった行為を行えば、対外的に言い訳出来ないからと、外で男と待ち合わせするように母親は指示したのだという。だけど、さーちゃんはその待ち合わせ場所に行くことはなく、けれどもう家に帰れないと、あの路地裏で、坐り込むことしか出来なかったのだとか。
問題は、想像以上に重い。
男や母親の行動を悪と断じることは簡単だけど、その後のさーちゃんの生活を考えたら。
さーちゃんは、何だかんだ言って、今なお母親を愛し、親として慕っているのだから。第三者が、「そんな親とは離れて暮らした方がいい!」と正論をぶっても、何の救いにもならないのだから。
その一方で、その思慕は〝ストックホルム症候群〟の可能性を否定出来ない。それも、ものごころがついてから現在に至るまでの、筋金入りの洗脳だ。だとしたら、本人の意思を無視してでも、その母親から引き離す必要が生じてくる。
だから。善悪二元論に逃げることなく、さーちゃんの幸福を第一に考えて、最適の選択をすることが、求められているんだ。
(2,676文字:2019/11/10初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/08 03:00掲載 2020/11/18運営の指摘に伴い修正 2021/09/24脱字修正)
・ 〝ストックホルム症候群〟は、誘拐・監禁被害者が、加害者に対する恐怖を恋慕・依存などの感情に置き換える心理的防御作用を指して言います。だから親に虐待された子供が、逆に親への思慕を募らせるという状況は、〝ストックホルム症候群〟とは言いません。ただ心理情動はよく似ていると思いますが。
・ さーちゃんの受けた性的虐待の描写が生々し過ぎたと、運営の指導が入りました。この描写に「性的刺激を喚起する」と感じるのは、小学生女児に欲情する性的異常者だけだと思われますが、どうやら性的異常者の視点で興奮する内容は、運営的にアウトなようです。




