第31話 ホストファミリー
第05節 もう一人の留学生〔9/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
平成30年9月25日火曜日。オレたちは修学旅行の振替休日で、休みだ。
そして今日、双葉姉さんは、旅館業組合の会合で、東京に来ていた。
旅館業は、週末や休日は繁忙期だ。だから会合や研修は、平日に行われる。特に、連休直後の平日は、反動で時間を作れるようになるから、そこに研修等の予定が組まれることになるんだ。
だから、東京に来ていた姉さんは、その足で柏木家に来て。近所に住む飯塚の両親も、柏木家を訪問し。
……こうなると、松村の両親と武田の両親が仲間外れになってしまうのが気になる。武田の両親はともかく、松村の両親はリリセリアのことを知っているんだから、「保護者間ネットワーク」に含めても何ら問題はないはずだから。
「こんにちは、アドリーヌさん。私たちにとっては久しぶりだけど、アドリーヌさんにとってはまだあれから二三日しか経っていないのよね?」
『こんにちは。はい、私にとっては二日ぶりです。これからお世話になります』
「?」
あ。ドリーが口にする言葉は、日本語じゃない。つまり、ブレスレット無しには親たちは理解出来ない。
「母さん、このブレスレットを、改めて嵌めてほしい。でないと、今のドリーの言葉がわからないから。だけど、すぐにでもブレスレットなしで意思疎通出来るように、ドリーに日本語を教える必要がある。
それから、このブレスレットは、オレたちの『倉庫』を開く鍵にもなるんだそうだ。
『倉庫』内の、オレたちのプライベートスペースに立ち入る権限はないけれど、それ以外の共有スペースには場所を作れるから。そっちで巣作りすれば、結構便利に使えるようになる。
双葉姉さんも。銀渓苑とこっちを『倉庫』経由で行き来することは出来ないけれど――オレたちはそっちに〔マーカー〕を設置しておけば出来るけど――設置すべきだと思うけど――、でも『倉庫』は共有出来る。なら、『倉庫』の共有スペースに置手紙をするだけで、即座に連絡を取り合うことも出来る」
「それは、銀渓苑にいるあたしと、こっちの皆さんが、『倉庫』で会合することも出来る、ってこと?」
「それは無理。悪いけど、そこまでの権限は認められない。だけど物の遣り取りは出来るから、宅配便を使う手間は省けるな」
「それから、貴重品の保管は、『倉庫』を活用すると安心です。貸金庫を借りるよりもよっぽど。うちはそれで、便利に使っていますから」
と、飯塚母。
『倉庫』は、ドリーの予備知識教育の為に親たちも活用を求められる。ソニアたちの教育に利用されたように。髙月の技術習得に活用されたように。
その意味では、親たちの中で飯塚母は『倉庫』の利用方法に長じている。だから改めて『倉庫』を開扉し、そちらで。
「あれ? ちょっと待って。宏くんは、さっき『権限』って言葉を使ったよね? だとすると――」
「ああ。っじゃなくて、はい。エリスは『倉庫』の最高権限者ですし、ソニアとオレたちは最上位権限をエリスから委任されています。
けど、うちの親たちや小母さんたち、それから双葉姉さんやドリーには、そこまでの権限は解放されていません。だから、立ち入り禁止区域もあります。
でも、この『倉庫』内の時間は外界に影響しないというメリットは変わらずありますし、今では『倉庫』内で電気も使えます。
大人たちが使える空間を確保しますので、そちらは自由に使ってください」
そんなオレの返事を聞き、双葉姉さんが。
「空間を確保する、って言い方自体が凄いね。どの程度の坪数を確保出来るの?」
それに対し飯塚が。
「基本、制限はありません。部屋の扉の都合はありますが、扉を開けたらその向こうには惑星大の空間が広がっている、なんていうのは、ここでは日常ですから」
「……待て。理解が追い付かん。それじゃぁ何か? ここに、家を建てることも出来るってことか?」
「可能です。が、大工さんは『倉庫』に入れませんから、外界で造って『倉庫』に持ち込むか、自分の手で『倉庫』内でトンテンカンと地道に造るか、ってことになりますけれど。
あとで、俺たちのリリセリアに於ける野営施設〝機動要塞〟をお見せします」
「……『倉庫』内に持ち込める、物の大きさの上限は?」
「入室する人が、認識出来るサイズなら。……で、いいんだよな、エリス?」
「うん。山ひとつを自分の私有物だと認識出来れば、それを持ち込むことも出来るよ?」
「――入間さん。ここでは、外界の常識を忘れた方がいいです。自分の理性と良識を保つ為にも。ここではそういうものなんだ、って開き直った方が、無難ですよ?」
と、飯塚父。確かに外界での常識だの物理法則だのとの整合性を考えたら、発狂する方が早いだろうし。
「……トレーラーハウスを購入して、そこに物資を詰めまくって、それを『倉庫』に入れる事を考えた方がいいのかな?」
「飯塚がそれを、リリセリアでの戦争で物資輸送に使ってた。物資一つ一つを収納するより、物資を詰めたコンテナを収納する方が楽だからって」
双葉姉さんは、飯塚と同じ発想に行き着いたようだ。まぁ大量に物資を持ち込もうと考えると、誰もが同じ結論に達するのかもしれないけれど。
「それはともかく、まずはアドリーヌちゃん、ドリーちゃん? の、お洋服を揃えないとね。
昔から宏みたいな可愛げのない男の子じゃなく可愛い女の子が欲しかったから、ドリーちゃんが来てくれて嬉しいわ。
宏もまぁ、どうでもいいけど、ソニアちゃんみたいな可愛いお嫁さんを連れて来てくれたから、三人でショッピングとか楽しみたいわね」
母さん。オレをディスるのはもういいけれど、自分の欲望が駄々洩れだ。父さんも、苦笑している。と。
「アドリーヌ公女の学費と生活費、留学に掛かる諸経費は妾が負担することになっておる。請求書は構わずこちらに廻すと善い」
後ろから、声が。
誰もいないはずの場所から、聞き覚えのない、オレたち以外の声。それが誰なのか。
……可能性は、一柱しかいないけど。
「あ、まま!」
「波佐間くん、か。正体を隠すのは止めたのか?」
エリスと、飯塚父。この女が、噂の有能秘書・〝波佐間りりす〟さん。
見た目も声も、リリセリアの〝リリス・ショゴス大公〟とは違うけど、エリス以外でこんなことが出来るのは、他にいない。
「既にバレておるからの。そしてどうやら、会社から受け取るべき給料がかなりあるらしい。ならそれで、アドリーヌ公女の留学費用とエリスの生活費を負担しよう」
「それは困ります。エリスちゃんはうちの子です。いくら実母だからって、この子の養育費を請求するつもりはありません」
飯塚母。何というか、リリス大公と飯塚父が、不倫してエリスが生まれたような会話だ(笑)。実父であるアドルフ陛下と、〝ぱぱ〟である飯塚の立場が。
「費用負担なら、この留学は俺たちが決めた事なんだから、俺たちが負担すべきだと思うけど?」
と、飯塚も参戦。何を対抗意識燃やしているんだか。
「当面、ドリーちゃんの留学費用は、柏木家で負担します。他の家の方が協力してくださるのは歓迎しますけど、無分別に金銭供与をされるのは困ります。ドリーちゃんの経済観念が狂ってしまいますから。
不必要に華美な物品は持つ必要はありませんし、過大な小遣いも与えるべきではないでしょう。彼女の教育は、柏木家にお任せを」
母さんが、この場を締める。娘を守る母として、母さんが燃えている。
(2,971文字:2019/11/10初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/04 03:00掲載予定)
・ 今までは、六人のうちの誰か一人以上が飯塚家の父母とともに『倉庫』を開扉していました。だから権限の問題は発生しなかったのですが。
・ 『みなミナ工房』製の仲居服は、『倉庫』を経由して銀渓苑に届けられることになります。
・ 「山ひとつを自分の私有物だと認識出来れば、それを持ち込むことも出来るよ?」最高位権限者である(はずの)エリス以上の干渉権を持つリリスさんは、〝森〟を一つ持ち込みましたし。
・ 話し合いの結果、ドリーの日常の生活費は柏木家が負担し、けれど学費は波佐間さんが負担することになりました。ちなみにえりすの生活費・学費はともに飯塚家の負担。もっとも、公立小中学校の学費負担はそれほど大きくはありませんけれど。
・ この後、「水無月えりす」名義で銀行口座を開設し、波佐間りりすさんのお給料はそこに振り込まれることになりました。波佐間りりすさんは今後のことを考えて、日本に戸籍等を作らない方がいいと判断為されたようです。そしてエリスはその口座の通帳と印鑑そしてキャッシュカードを飯塚の両親に渡しましたけど、その資金は当面、ドリーの学費(教材費並びに修学旅行積立金)の為にのみ利用される模様?




