第30話 倉庫の鍵
第05節 もう一人の留学生〔8/9〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
ある意味当然のことながら。ドリーは異世界日本への留学を希望した。
だけど、実際の就学は、地球時間で平成31年1月から。つまり、あと三ヶ月ある。
その三ヶ月間で、ドリーは日本語の会話と読み書きを、せめて中学一年生程度まで熟さなきゃならないんだ。同時に中学一年レベルの教養も詰め込まなきゃならない。
タイムスケジュール的に、その間に一回または二回、リリセリアに戻ることを想定しているけれど。
それは同時に、オレたちの『魔王戦争』の後始末を考えなければならないという意味もある。
あの戦争で、アザリア教国に侵攻した各軍は、リリス大公の力で即日故国に帰還したのだという。数万の兵力を、一瞬で且つそれぞれ違った拠点に強制転移させる。そのこと自体が、ドレイク王国が世界の脅威となる根拠になりかねない。
だけど、倫理的な意味での〝魔王〟が先代教皇ジョージ四世だったなら、現実的・戦力的な意味での〝魔王〟は、相変わらずドレイク王アドルフ陛下だ。その側近にして王妃の一人である大公・リリス殿下がそれだけの力を行使したところで、他国にとっては「この国を敵に廻すと拙い」或いは「この国を出し抜くには、またはその力を利用するには、何をしなければならないか?」といった程度の問題に落ち着く。つまり、戦前と相違ないという事だ。
それはともかく、ドリーの合意を得られたことで、まずは『倉庫』にドリーを招き入れる。ドリーの里帰りの都合上、ドリーの侍女たちもいずれは『倉庫』に招き入れることになるのは、もう仕方がないだろう。当然ながら、異世界日本に招待するかどうかは現時点では未定だけど。けれどそれは、今後の話として。
そして、ネオハティスに来るまでの圧縮教育のとき以来久しぶりに訪れた『倉庫』を見て、ドリーは。
「……なんか、あっちこっち、大きく変わっていますね」
「地球に帰れたから。そして、地球製の備品を入手出来るようになったから。やっぱり設備は快適にするに越したことはないんだよ?」
髙月が、笑って答えて。
「ドリーの部屋も、『倉庫』内に作らないとね。一応、地球時間であと三ヶ月。その期間で、ドリーの留学準備を終わらせないといけないから。
でも、生活の拠点はやっぱり外界になるんだよ?」
ドリーの、地球でのホストファミリーは、柏木家が担当することになっている。オレたちにとっての盆の旅行、ドリーにとっては昨日、一応面通しはしてあるはず。
そして。
「で、ドリー。この、ネックレス。今後肌身離さず着けておいて?」
「これ、は?」
「地球世界には、魔素はないの。だけど、このネックレスは、迷宮核を構成するだけの濃度の魔素を宿しているから。これをしていれば、普通に魔法が使えるようになるんだよ? だからこれを着けていれば、普通に日本語を理解出来るけど、相手はドリーの言葉を理解出来ないから。だから、ドリーは日本語を学ぶ必要があるんだよ?」
その黒銀のチェーンネックレス。オレたちがブレスレットとして着けているそれと、同じものだ。何故ドリーはネックレスにしたかというと、仔魔豹ギンの支配者としての指輪の存在。指に嵌めたままだと目立つから、ペンダントヘッドにして胸元に隠しておくことを想定している。
と。
「ちょっと待ってください。ソニア、ソニアは一人で、この『倉庫』を開扉出来ますよね?」
いきなり、武田が。
「はい、可能です」
「武田、一体何だっていうんだ?」
「例の、リリスさまとの〝約束〟の内容ですよ。あれは、ボクら五人を対象にしたものでした。つまり、ソニアには申し訳ないですけど、ソニアはその対象に含まれていなかったはずなんです。にもかかわらず、『倉庫』の開扉が出来る。それは、何故か。
リリスさまが、ソニアを〝六人目〟と看做して〝約束〟に含めたのか。だとすると、異世界間を繋ぐ扉は、六人でなければ開けないのか、五人で充分なのか。五人で充分だとしたら、ボクら五人のうちの一人を欠いても、ソニアがいれば良いのか。それともソニアは異世界間の扉を開く鍵としては、はじめから員数外なのか」
そう言われると、確かに気になるが。
「それは、あとでもゆっくり確認出来ることじゃね?」
「そうですけれど、もう一つ、あるんです。こちらは、今すぐにでも確認出来ます。
エリス。もしかしたら、このエリスのブレスレットチェーン。
これが、『倉庫』開扉の〝鍵〟になるのですか?」
! そうか。異世界間を渡るという問題に関しては、あとでちゃんと確認を取る必要があるだろう。けれど、『倉庫』の開扉。その〝鍵〟がブレスレットなら。
話(というか利便性)が色々変わってくる。
「うん、そーだよ? ブレスレット、ドリーちゃんはネックレスになったけど、それを持っていれば、『倉庫』を一人で開扉出来るよ?」
うわぁお。
実はうちのお袋も、アンチエイジングを考えてブレスレットを使いたい、なんて言っている。その用途で使うのはどうかと思うけど、今後のことを考えると。
あくまでも『倉庫』の鍵としてブレスレットを認識するのであれば。改めて、各保護者たちにブレスレットを保管してもらい、必要に応じて(オレたちに関わらず)自分で『倉庫』を開いてもらうことも考えられるのか。
「あ、でも。万一そのブレスレットが、『倉庫』の事実を知る第三者に盗まれたりしたら。その第三者は、自在に『倉庫』に出入り出来るってことなの?」
松村の質問。そうだとすると、秘密保持並びに〝ブレスレット〟の管理を厳密に行う必要がある。
「否、そんなこと無いよ。『倉庫』の迷宮主はエリスだし、その権限を委任している相手は、ソニアおねーちゃんを含めた六人だけだから。
他の人は、エリスが認めた相手なら『倉庫』に入れるけど、それでも〝森〟やおにーちゃんたちのプライベートスペースにひとりでは入れないし、認めていない第三者にとっては、そのブレスレットはただの人毛で編んだ環でしかないよ?」
どうやら、一定のセキュリティとプライバシーは確保出来ているようだ。
「なら、ドリーやうちの親たちの個室を作りたい、ってことになったら、その辺りの入室規制はどう扱われるんだ?」
「んっとね? おにーちゃんたちの個室や作業スペースなんかは、原則立ち入り禁止。貯蔵庫や、時間加速庫、物質流動庫みたいな特殊な性質を持つ部屋も、かな?
厨房やリビングなんかは、自由に立ち入れるように設定を変更することも出来るし、立ち入り禁止にして新しい部屋を作ることも出来るよ?
あと、琴絵おかーさんたちやドリーちゃんの部屋を作る場合、エリスやおにーちゃんたちは無条件で立ち入り可能になっちゃう。これは、管理者権限の違いだよ?」
だとすると、改めて『倉庫』の管理並びにその権限について、色々打ち合わせておく必要がありそうだ。
(2,743文字:2019/11/08初稿 2020/08/31投稿予約 2020/10/02 03:00掲載 2020/10/02脱字修正)
・ 『亜空間倉庫』のダンジョンマスターは、エリス。その権限を委任されたサブマスターは、翔以下六人(但しソニアは、異世界間の扉を開く権限は無し)。だからここまでは、ほぼ無制限。入室に鍵も必要ありません。
その他の人たちは、エリスが認め六人がブレスレットを渡した相手であれば、『倉庫』の扉を開くことが出来ます。但し、単独では六人が許可した場所しか立ち入れません。また六人以外は、『倉庫』を介した〔転移〕(有視界内の短距離転移を含む)は出来ません。
ちなみに、『倉庫』悪用禁止はあくまで口約束なので、利用者が増えると悪用を考える人が出ないとも限りません。
・ 「エリスが認めた相手なら『倉庫』に入れるけど」。以前は、五人が「連れてくれば」〔倉庫〕に入れましたけど、今はエリスの許可がなければ『倉庫』に入れません。
・ 「認めていない第三者にとっては、そのブレスレットはただの人毛で編んだ環でしかないよ?」。魔素の存在を知り、その使い方を知っていれば、そのブレスレットは一種の「超高濃度魔石」として活用の余地があります(活用する前にその妖気に耐え切れず発狂する危険もありますが)。




