第27話 御両親面会
第05節 もう一人の留学生〔5/9〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「昨日ぶりだな。キミらはあれからどれだけの時間が経過した?」
モビレア領主城に転移したら、開口一番領主様が。
「私たちは、あれからおおよそ40日が経過しています。その間に私たちの親たちを含めて話し合いの場を持ち、一つの提案を領主様の下に持って参りました」
「……提案?」
「是。アドリーヌ公女の留学についてです。これは是非、アマデオ殿下にも臨席を賜り、ご意見を聞かせていただきたいと思います」
そして領主夫人並びにアマデオ王子がいる応接室に。そして夫人が切り出した。
「提案とは、一体?」
「はい、アドリーヌ公女を、私たちの世界に留学させる、というモノです」
さすがにこの提案は、寝耳に水。それはそうだろう。リリセリアの時間では、24時間くらい前、モビレア城を離れた後に初めて出てきた案なのだから。
「もう少し、詳しく説明してほしい」
そう言ったのは、アマデオ殿下。ただでさえドレイク王国への留学も、「国交を結ぶ為の人質」という前提、と認識しているのだから。
「外国留学には、いくつかの目的があります。
ひとつは、国交を前提とした人質を預ける名目。
ひとつは、特殊な知識を得る為。
ひとつは、異文化を理解する為。
或いは、戦乱を避けて疎開する為の『山村留学』などもあります。
公女の留学は、体裁上は人質であり、同時に有翼獅子の調教術を学ぶという、知識習得を目的としたものでもありました。
けれど、この半年を経て。公女は、この国にはない考え方や知識を学ぶ、という事に意欲を見せました。
ところが。これに、失敗してしまったのです」
「失敗? それは一体――」
「元凶は私たちであり、同時にドレイク王国の教育行政の失敗でもあります。
ドレイク王国は、他国とは違った知識を教えています。けれど、その中核的な部分に関しては、敢えて間違っている内容を教えているのです」
「敢えて間違った知識。つまり、ドレイク王国にとって都合のいい内容、という事か」
「そうではありません。むしろそれは、あらゆる専制君主国家並びにあらゆる宗教国家にとって都合の悪い内容、です」
「具体的には?」
「一言でまとめると、『教師が教える内容が、真理であるとは限らない』。
これは突き詰めれば、『領主の言葉が正しいとは限らない。王の考えが正しいとは限らない。神の教えが正しいとは限らない』という可能性に辿り着きます。
ドレイク王国は、だからこそ『国民一人ひとりが、自分自身で考え、流されることなく自分の意思を持ってほしい』という祈りを込めて、こういう教育方針を採用しているのです。
このやり方は、中途半端に行えば。当然民は領主王家の言葉に疑問を持つようになるでしょう。そのまま従うことを拒否するかもしれません。けれど、領主王家さえこの方針に則って、より正しく、或いはより適した施策を考え、そして民に向けて根気強く説明するということが出来れば、これはある意味国家として理想的な関係を構築することが出来るようになります」
「民が、領主の言葉に従わず、説明を求めるようになる、か。スイザリアなら、その時点でその民は不敬と断じて斬り捨てられることになるだろうな。
アドリーヌは、そんなことを学んでいるのか」
「その、前段階のはずでした。公女はまだ、教師の教えの真偽を疑うことが出来るほど、教養を積み重ねていませんでしたから。
ところが。ドレイクが教える内容が、正しいモノだけではないことを、私たちは知っています。それを知っている私たちが、まず公女に基礎知識を与えてしまった――その過程で、私たちの気持ちも公女に伝わってしまったのでしょう――、その上で。
ドレイクの、公女への教育を担当していた教師の一人が、盛大に失敗をしてしまったようなのです」
「ミス、を?」
「はい、公女を含めた生徒たちの前で、全知無謬を演じていたはずの教師が、自身の知識の限界を晒してしまったんです。しかも、彼は『自分の知っている知識こそが、この世の真理の全てだ』と自分自身で思い込んでいることさえ、生徒たちに知られてしまいました。
これにより、まだ学びの途中であるはずの公女たちは、今自分が学んでいる内容に疑問を持つようになってしまったんです。
先程の例の、『中途半端な教育施策の挙句の、民の不信』の状況です。自分自身の教養や知識は不足しているのに、その不足を補ってくれるはずの教師が、間違い、不十分な知識を披露していた。では生徒たちは、何を信じればいいのでしょう?」
「そして、その教師以上の知識を持つとアドリーヌが信頼する、其方らの存在、か」
「はい。グリフォンの調教術は、ドレイク王国でしか学べません。が、ドレイク王国の教育に不信感を持つ公女にとって、今はドレイク王国で学べる素地がなくなっています」
「だから、環境を変える、か」
「期間は五年。こちらでの留学期間と同じです。そして、こちらではやはりこれまで同様、ドレイク王国に留学を続けてもらいます。つまり、知識教養は私たちの世界で、グリフォン調教術は、ドレイク王国で。
但し、何処の国で学ぶにしろ、将来のスイザリアにとって害になる思考法を身に着けさせる訳にはまいりません。
私たちの国に留学させる。私たちの国には、貴族はいません。少なくとも表面上は、子供たちはみな平等です。けれど、だからこそ。
公女は、私たちの国で恋を覚えるかもしれません。その結果、あの〝パトリシア姫〟のようになってしまうかもしれません。そのリスクを踏まえても。
今、ドレイクで留学を続けても、公女に利はありません。けれど留学を中断してモビレアに戻って来たら、今の公女には害しかありません。
ですので、どうか。
アドリーヌ公女を、私たちに、そして私たちの親たちに、預けていただけないでしょうか」
◇◆◇ ◆◇◆
外国への留学。それ自体も、この世界では通常行われることはない。
知識は、財産だ。だから、自国の知識が他国に流出することを拒む。
だから、外国人の留学生を受け入れる、などという事は基本的にあり得ない。
否。国際留学に限らずとも、隣町のギルドに加入してそこで技術を学ぶ、という事さえ、拒絶されて当たり前なのだから。
その為、外国人留学生を受け入れる。その目的は、二つしかないのが常識だ。
ひとつは、人質。もう一つは、洗脳。両方を兼ねる場合もあるだろうけれど。
だからこそ、相手が受け入れるか否かを問わず、送り出すこと自体拒絶するのが当然だ。
アドリーヌ公女のドレイク留学も。だから体裁上は、人質だ。
けれどここで、思想洗脳の可能性まで提示されている。だからこそ、領主夫妻やアマデオ殿下は、留学を中断させてモビレアに連れ戻したいと思っているはずなのだ。
それなのに、ドレイク王国よりも更に遠い、異世界留学。
ドレイクは異端国家だが、それでもこの世界の国家だ。対して異世界地球の日本は。
そう思って、いたら。
「アドリーヌ自身が望むなら。娘を貴方たちに託しましょう。
但し、これまでより頻繁に、里帰りさせることが条件です」
領主夫人が、認めてくれた。更にアマデオ殿下も。
「其方らはアドリーヌ姫とスイザリアの将来を考えてくれていることが、よくわかった。そして今スイザリア王家にとっては、其方らの物の見方や考え方を学ぶことが、至上の命題となっている。
その大役を、将来の我が妻となる姫が担ってくれるのなら。兄や父王も、姫に感謝するだろう」
そう、おっしゃった。
(2,999文字:2019/10/31初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/26 03:00掲載予定)
・ モビレア公領、延いてはスイザリア王国内で。この直後から、王侯貴族の後継者に教育を施す賢者(家庭教師)たちの、公開討論会を行うようになりました。「教師が教える内容が、真理であるとは限らない」。それはドレイク王国や地球世界のみの問題ではなく、スイザリア王国内でも考えなければならない問題だからです。間違った思想を植え付けられた次代の王侯貴族は、彼らの代に於いて芽吹く猛毒になるかもしれないのですから。但しその討論を聴講出来るのは、成人し襲爵した貴族と、そこに至るまであと数年の年長者たちだけに限られました。討論を聴講した学生たちは、全知無謬と信じていた自分たちの教師が、他の賢者からの質問に答えらずにおろおろしているさまを見て、衝撃を受けたようです。




