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前略、親友殿~いつまでも、かわらずに~  作者: 藤原 高彬
第二章:転入生と留学生
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第26話 邪女神露見

第05節 もう一人の留学生〔4/9〕

◇◆◇ 翔 ◆◇◆


 ドリーの再留学については、あっさり話がまとまった。だからあとは時間調整を兼ねての、雑談になる。


「でも、そうか。単純な留学扱いなら、学校に提出する書類を整えれば、なんとか体裁は保てるのか」

「おっしゃる通りではありますが、向こうでの五年間で、ドリーを(ともな)って海外旅行などもしてみたいと計画しています。多様な文化や環境を学ぶことが出来ますから。そしてその際、『倉庫』を介した〔転移〕であれば、パスポートなどはいらないかもしれません。けど、飛行機に乗るというのもまた、ドリーに対する情操教育上必要だと思うのです」


 アドルフ陛下は、留学先でのドリーの書類関係を気になさっている。ちなみにその隣にいるリリス大公は、珍しくも気まずげに目線を()らしている。


「そうなると、多くの書類を捏造(ねつぞう)する必要があるな。それも、紙っぺら一枚書き換えれば良いという訳じゃない。多くのデータサーバーの内容を改竄(かいざん)する必要もあるだろう」

「おっしゃる通りです。〝リリセリア〟では、その書類さえ不十分ですから、いくらでも手の打ちようがあるでしょう。けれど、地球ではそうもいきません。それこそ、〝神頼み〟でもしなければ、そのようなイカサマは通用しないでしょう。

 けれど、私の父の秘書が、そういったイカサマに通じていらっしゃいます」

「キミの、父上の、秘書? 何者なんだ?」

「一応、正体は不明という事になっています。父が調べたところによると、会社での在籍記録はあるモノの、入社時点で提出すべき書類が保存されていなかったそうですから。ついでに、マイナンバーの報告もなく、給料の振込先口座が無く、何故か給料未払いのまま宙に浮いており、けれど誰もそれについて異常だと思っていなかったのだと」

「……気味が悪いな。ちゃんと、その正体を探った方がいいのではないか?」

「父は、必要ないと申しておりました。その秘書さん、〝波佐間りりす〟さんは正体不明なものの、悪意があるとは思えないから、と。ただ給料だけはちゃんと支払いたいから、銀行の口座を聞き出す必要がある、とは言っていましたけど」


「〝波佐間(はざま)狭間(はざま))りりす〟、か」


 そう言って、陛下は隣に(すわ)る大公殿下の方を見る。大公殿下は相変わらず、目線を逸らしたままだけど。


「……こっちでは、穀潰(ごくつぶ)しのニートなのに、何でそっちでは働き者の有能秘書(OL)なんだ?」

「おそらくは。リリセリアでは、リリスさまのお力は字義通りの『機械(デウス)仕掛け(・エクス・)の神(マキナ)』になってしまわれるからかと。一方地球では、それこそ神様の力に(すが)らないと(とお)せないイカサマがありますから。

 それに、どんな物語でも神話でも。〝働き者の神様〟は、人間にとって迷惑にしかなりませんから」

「良くわかった。だけど翔くん。キミの父上は、何処(どこ)までわかっているんだね?」

「エリスの正体は話してあります。そして波佐間さんはエリスの母親だと、既に理解しています」

「つまり、全てわかっているという事か。それでは、我からも頼むべきだな。


 リリス。キミに(すが)ることはルール違反だという事を知っている。だけど、アドリーヌ公女のこと、良しなに頼む」

御屋形(おやかた)様が自分の手で()すこと、()すべきことなら、(わらわ)が手を出すことはない。出来ぬことを望み、その為に妾を利用したいというのであれば、妾は御屋形様を見捨てよう。

 じゃが、妾はこの子らと約束をした。その結果、二つの世界の縁を繋いだ。

 今妾が地球で行っている全てのことは、そのアフターフォローに過ぎぬのじゃ。頼まれることでもなければ、礼を求めることでもない。ましてや報酬を要求することでもないの。


 だから、翔よ。父君に伝えよ。報酬などはいらぬ、と」

「それは困ります。経営者(かいしゃ)としては、無給でヒトを働かせる訳にはいかないからです。いえ、〝ヒト(・・)でなし(・・・)(女神)であっても。

 でないと逆に、他の労働者に支払う給与が無価値になりますから。

 その一方で、受け取った給料を何に使うかは、リリスさまの自由です」

「そういう事なら、受け取ることとしようかの。後のことは、父君と話すこととしよう」

「有り難うございます」


◇◆◇ ◆◇◆


「そういえば、リリスさまにはお聞きしたいことがありました」


 と、今度は美奈が。


「なんじゃ?」

「美奈は今、染料の研究をしていて、こちらの魔法草を使った染料や、それを地球の植物で模倣した染料なども開発しています。

 けれど、ある特殊な組み合わせ、ある特殊な調合を行うと、地球の植物素材でも、魔法草を使ったかのような、それこそ物理法則に(そむ)きかねない不可思議な現象が生じる場合があることが判明しました。

 ……地球にも、魔素ってあるのでしょうか?

 そして、地球の細菌やウィルスをこの世界、リリセリアに持ち込んだ場合、どのようなことになるのでしょうか?」

「前者は、『知らぬ』と答えよう。確かにこの世界の〝魔素〟は、妾の微小細胞からなる。じゃが、全宇宙・三千世界の全ての〝魔素〟が妾の微小細胞だ、と放言することは出来ぬからの。

 抑々(そも)、地球世界に起源を持つ魔素があったとしても、不思議なことではあるまいの。

 そして後者は、これもまた『知らぬ』と答えよう。ウィルスや細菌、真菌と言っても一種ではないし、その反応も一定ではなかろう。その他の環境条件に基づく変異もあるだろうからの。

 なれば其方(そなた)は。妾に由来する魔素さえも、新種の(こうじ)酵母(こうぼ)と考えて、調合に活用すれば良かろう。其方の発見した効果は、もしかしたらそれ以前には同じ調合でも起こり得なかったのかもしれぬ。けれど其方がそれを〝発見〟したことで、箱が(・・)開かれた(・・・・)と考えられるであろうからの」


◇◆◇ ◆◇◆


 その後、入間双葉さんからのお土産を陛下に渡した。その中にはソーラーバッテリーもあったものの、さすがに効率が悪いと思い、俺たちの所有する業務用蓄電器も献上することにした。

 メンテナンスせずに何年使用出来るのか。メーカー保証のない状況だと考えると少々不安だけど、〔状態保存〕の魔法を上手く使えば耐用年数を遥かに超えて使用出来ることは既に入間史郎氏のスマホなどが証明している。ましてや東日本大震災以来の省電力指向で開発された家電製品は、消費電力量もそれ以前とは比較にならないほどに小さく収まるのだから。


 そして午後になり、俺たちは。

 モビレア領主城に、直接転移を敢行した。

(2,549文字:2019/10/31初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/24 03:00掲載予定)

【注:「三千世界」(仏教用語)とは、「千の世界が集まって一つの小世界を成し、千の小世界が集まって一つの中世界を成し、千の中世界が集まって一つの大(すべての)世界を成す」と考えた、「全ての世界」の意味です。数にすると「千の三乗」=1,000,000,000(十億)。もっとも、「千=たくさん」と認識して、「三千世界=無数の世界」と解釈すべきですが】

・ 「波佐間」は「波と波の間」、「狭間」は「隙間」の意味です。敢えて言えば、「波佐間」は時間の、「狭間」は空間の、それぞれの間隙と解釈出来ますが、「時間も空間も、無限大に近付けば同じこと」と考えると、違いはありません。

・ 今後も出てくる用語なので、念の為。「ルール違反」。別にスポーツじゃありませんけど、「出来るけど、やっちゃいけないこと」「やったら、自分(たち)に許された特権が剥奪されるに値する(かもしれない)行為」という意味です。明確に定められている訳ではなく、〝プレイヤー〟(魔王陛下やア=エトたち)が自覚的に踏み越えてはならないと認識するラインです。

・ リリス(波佐間りりす)さんの考えは、「自分で出来るのなら自分でやれ。出来ないのなら諦めろ」です。そしてだからこそ、地球でのソニアとエリスの戸籍などに関しても、可能な限り日本の法手続きに則って処理をしています。但し、それでは出来ない部分だけ、〝力〟を使い。

 つまり、その「アフターフォロー」こそが。『魔王戦争』を勝ち抜き騎士王国との契約を満了した、翔たちへの真の報酬なのです。

・ 実は、この会話で。アドルフ陛下も、リリス大公を働かせる方法を知りました。ちゃんと報酬を払えば、応分に働いてくれる、と。だけどリリス大公が(無自覚に)行ってくれた、ドレイク王国への貢献を考えると、支払える対価などはなく。むしろ自由に我儘に自堕落に過ごしてくれることこそが、最高の謝礼だと結論付けることに。

・ エリスが「波佐間えりす」ではなく「水無月えりす」なのは、その方が改竄すべき書類が少なくて済むからです。ちなみに「波佐間りりす」さんの戸籍・住民票その他の書類並びにマイナンバーは、この時点では存在していません。

・ 「箱が開かれた」。厨二御用達の、不確定性(シュレーディンガー)原理(のネコ)の話です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リリスって「邪」なんですかねぇ? 確かに人智の及ばぬ混沌ではあるけど、積極的な悪意存在ではないですし、リリセリアの全ての生命に影響を与えたという意味では『邪神』より『大地母神』じゃない…
[一言] >  ……地球にも、魔素ってあるのでしょうか?  理屈はどうあれ地球に邪女神様が侵出している時点で遅かれ早かれ汚染されてたと思うの。
[一言] やっぱリリスの事になるとパパは饒舌になるの。 ねえ、でうす・えくす・〇きーらさん。
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