第25話 責任者面談
第05節 もう一人の留学生〔3/9〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
翌日、聖都落城から6日目。旧暦726年夏の一の月の更待。新暦22年5月21日。
あたしらは、ネオハティスの王邸を訪問していた。勿論、〔ポストボックス〕を使って事前連絡はしてある。
出迎えは、侍女さんかと思ったら、サリア妃殿下本人だった。
「いらっしゃい。もう半年経ったの?」
「否、まだ一ヶ月です」
「何か変わったことはあった?」
「おシズさんのバイクのCMが好評で第二弾でソニア主演のCM撮りが行われたことと、美奈たちが修学旅行で山口に行ったこと、くらいですか?」
「美奈。お前が開発した染料の特許を申請したことも報告すべきだろう?」
美奈と飯塚にとってサリア妃は親戚を通り越して家族同然。すぐに日常トークを始めてた。
「妃殿下。僭越ながら、お客様なら玄関先で立ち話なさるのではなく、応接室までご案内してからになさった方が宜しいのではありませんか?
……あら、ソニア。久しぶり、という程の時間は経っていないはずですね?」
背後から、侍女服を着た女性が。一瞬、王邸付きの侍女さんかとも思ったけど、ただの侍女が王邸で勤務しているはずがない。しかも、ソニアのことを知っているとなると。
「お久しぶりです、総団長閣下。否、侍女長さま。わたくしにとっては大体9ヶ月ぶりの御挨拶となりますので、やはり『お久しぶりです』とご挨拶させてください」
この方は、有翼騎士団総団長閣下なのだそうだ。アドルフ陛下の愛人の一人、というよりも、大奥を執り仕切る女官長でもあるのだとか。もともとはスノー=ルシル妃殿下付きの侍女だったらしいけど、結果アドルフ陛下と最も長い付き合いの女性の一人に数えられているようだ。
それはともかく、アナ女官長の案内で、応接室まで行くと。そこには聖都で講和の為の会議をしているはずのアドルフ陛下とリリス大公が待っていて、
「我にとっては三日ぶりだが、キミらにとっては四ヶ月ぶりなのか? 世界を渡るというのは、面白いモノなのだな」
鷹揚な笑顔を見せていた。
「キミたちがさっさと彼の世界に戻ってしまったので、キミたちに対する報奨の話が宙に浮いてしまっている。リリスがすぐに戻って来ると言うから、取り敢えず我が預かっているがね」
そして、『魔王戦争』に関する、各国からの報奨の内容を聞かされたのだけど。……大盤振る舞いも良い所だ。その詳細については、まぁ後でゆっくり吟味することとして、今は別の話を。
「アドルフ陛下。実は、あたしたちは陛下にお願い事があって来たのです」
「それは、一体?」
「モビレア公女アドリーヌ姫のことです。姫君の留学に際し、姫君が授業に遅れないで済むように、あたしたちが補習をしました。けれど多分その所為で、姫君は、この国の教育の内容に疑問を持ってしまっています。
『間違った内容を、そうと知りながら生徒に教え、それが間違っていると生徒が自ら気付いた時、真の学びが始まる』。ひとつの教育方針としては、間違っていないと思います。
けど、これはあくまで、教養の蓄積があり、また生徒自ら考え、学ぶという事に習熟した後に達するステップでしょう。対してアドリーヌ姫は、まだようやく『自分が何も知らない』という事に気付き始めたばかりの少女に過ぎません。今はまだ、インプットの時期のはずなのに、その内容に疑問が生じてしまっている。これでは、何を教えても身に着くはずがありません。
そこで、彼女を日本に連れて行き、そこで中等教育を受けさせることをお許しください」
本来。初等教育は「教えられたことを学ぶ」、中等教育は「教えられた内容を考える」、高等教育は「自分が学ぶべきことを自ら探し、研究する」ことだ。にもかかわらず、今のドリーは初等教育と中等教育のステップを飛ばして高等教育の領域に足を踏み入れてしまっている。
これを是正する為には、もう一度環境を変え、学ぶべき知識をリセットする必要があるだろう。
「成程。だが、この世界の人間に、日本の教育を無分別に与えることは、無条件で賛成することは出来ない。ソニアの場合は例外に近い。ソニアは、日本に永住することを希望しているのだからな」
「わかっています。柏木家の親たちも、飯塚家の親たちも、皆それを心配していました。知識を与えることではなく、考え方を修正してしまう事で、結果将来のスイザリアの社会に適合出来なくなるのでは、と。だから、大人たちのフォローとともに、あたしたちもまた細やかにフォローする必要があると感じています。
期間は、取り敢えず五年。中学一年の三学期に編入し、高校卒業まで。
その間、あたしたちが〝リリセリア〟に来ているときは、姫君にはネオハティスの学校に通ってもらいます。
こちらの、〝リリセリア〟に於ける留学期間五年、実質あと四年半を、そうして過ごしてもらうことになります」
「それは、キミたちの生活もアドリーヌ公女の留学計画に引き摺られることになるんじゃないのか? キミたちは、二つの世界の時間の流れに因果関係が無いことを利用して、時間をかなり有効に利用出来るはずなのだから。
――というか、その〝リリセリア〟、とは一体?」
「リリセリア。地球世界を〝地球〟という固有名詞で呼ぶのなら、こちらの世界もまた固有名詞があって然るべきです。なら、この世界の創造の女神とも呼ぶべき、リリスさまの御名を採って、〝リリスの世界〟、と名付けました。
そしてまたあたしたちの時間についても。あたしたちも社会に出て、自分の道を進むことになったら、五人が全員揃うことが少なくなるでしょう。年に数回、あるかないかだと思います。そして、その時に。五人全員が、リリセリアを訪問する理由があるとは限りません。
だから、あたしたちが大学を卒業するまでの五年半。それは、あたしたちにとってもタイムリミットになります」
「そういう、ことか。なら逆説的に、ちょうどいい、という解釈も出来るのだね?」
「はい。あたしたちとアドリーヌ姫にとっての主観時間十年を、双方の世界で五年ずつ費やし。その間、二つの世界で学べることを学びます。あたしたちもまた、〝学幼き〟子供なんですから」
「〝学幼き〟子供、か。だけどキミたちに向けて『僕頗るこれを愛す』と言ってあげる教師は、残念ならが我ではなさそうだ。
キミたちは既に、お互いにお互いを師として、または弟子として、学び合っているようだからね」
陛下もまた、松陰先生が伊藤公を評した言葉をご存知のようだ。
「まだまだ未熟です」
「当然だ。学の道に終わりはないからね。我とても、今なお学びの途上にあるのだし。
だが、我はそれを承認したが、本人の意向は? そしてモビレア公の考えは?」
「どちらも、まだです。まずは姫君の留学の受け入れ先であるドレイク王国に対する不義理となるこの施策の許可を得てからでないと、提案することも出来ませんから。
この後、昼過ぎにモビレアに転移して提案する予定です」
(2,791文字:2019/10/30初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/22 03:00掲載 2020/09/22誤字修正)
【注:ここで謂う「中等教育」とは、中学校教育のことではなく、中学・高校の教育課程のことです。日本の学制に於いて、「初等教育」が小学校、「中等教育」のうち義務教育課程が中学校、同じく「中等教育」のうち任意教育課程が高等学校、「高等教育」が大学です】
・ 入間双葉さんから大量のお土産品がアドルフ陛下の元に届けられましたが、それとは別に飯塚琴絵さんからサリア妃殿下にもお土産品が。厳重に封がされた箱に入っていたのは、サリア妃の前世時代の下着や服、そして手書きの大学ノートだった?(剱2018さん、ネタ提供感謝) ……いや、まぁ、個人的な手紙もたくさん書かれていましたけど。
・ アナさん。公式の身分は、「有翼騎士団総団長兼王宮付女官長」。侍女長は通称で、本来の侍女長は別にいます(女官長は侍女だけでなく飯炊き女や洗濯女そして夜伽女など、王宮を支える全ての女性の長です)。「侍女」(有翼騎士以外)の職務は、官僚職の秘書職と、女性貴人の身の回りの世話をすることで、それ以外は職務に該当しません。つまり、万能侍女のソニアさんは、「侍女教育」ではなく「女官長(候補)教育」を受けていた、ということに。
・ 当初の予定に於ける、ドリーの留学期間は四年(残り三年半)。ドリーが数えで18になるまでです。が、彼らはそんなことすっかり忘れています(筆者が忘れていて、というか満年齢だと勘違いして、気付いた時には修正不可能になっていた、とは言ってはいけません)。
・ 『魔王戦争』に関する各国からの報奨の内容については、次章にて節を設けて。




