第24話 持参品確認
第05節 もう一人の留学生〔2/9〕
注:令和二年9月20日より、シリーズタイトルが変わります
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
修学旅行から帰って来た翌日、9月24日月曜日(秋分の日の振替休日)は、ゆっくりのんびり過ごした。体力的には『倉庫』で休めるが、精神的な疲れは『倉庫』では癒せないと、夏の旅行で知ったから。
翌、25日火曜日は、修学旅行の振替休日として、二年生は休みだ。
だからあたしらは、異世界に向かう。
異世界行は、この世界(というか、両世界)での時間経過がない。だから平日でも何ら問題はない。けど、万一のことが起こり、戻れなくなる場合を想定すると、家族に「異世界に向かう」旨一報しておく必要が出てくる。異世界側では「〔ポストボックス〕の機能停止」を予告するのと同じ意味で。それを考えると、やっぱり休日の方が移動し易いということになる。
ところで、あたしらは向こうの世界のことを単に〝異世界〟と言っていた。
けど、入間双葉氏から物言いが付いた。二つの世界を行き来するのなら、どちらの世界も〝異世界〟なのだと考えると、この世界を〝地球世界〟と呼ぶように、向こうの世界のことも固有名詞を与えるべきだ、と。
そこで考え、意見を出し合い、検討した結果。〝リリスの世界(リリセリア)〟と呼ぶことにした。当然エリスは大喜び。
そして今回の〔転移〕を前に、双葉さんからはたくさんの土産物(国王陛下への献上品)を託された。
スマホと、タブレットと、ノートPC。既に初期設定は済ませてあり、無線でのペアリング設定済み。更にスタンドアロンで使えるアプリをこれでもかとインストールされ、且つ。
「史郎が使っていたPCやタブレットに保存されていたデータで、明らかに史郎の時代に入力されたモノではないものに関しては、新しいノートPCに移しておいたから。史郎のPCに保存されていたゲームとそのセーブデータも。その系統で新しいゲームも入れておこうかと思ったけど、飯塚くんのお父さんがその必要はないだろうって言うから、それは止めておいたわ。あとは、電子百科事典。なるべく収蔵データ量の多いモノを選んでおいた。それから、プロジェクターモニター。これなら場所を取らないでしょう?」
これは、入間史朗氏のPCに収蔵されていたデータの内容から、国家運営に活用されていた事実を知り、だからその代替となるデータを、という目的らしい。その他にも、ハンディカム(スマホとアプリで連動)や双眼鏡なども献上品に含めていた。
◇◆◇ ◆◇◆
転移した、リリセリアに於ける今日の暦は。
聖都落城から5日目。旧暦726年夏の一の月の臥待。新暦22年5月20日。場所は、ドレイク王国ネオハティス市内アドリーヌ公女の寮。
もう少し具体的に言うと、夏の旅行でネオハティスに来て、そこでサリア妃殿下と会い、別れた後に町を散策(&お買い物)し、戻って夕刻、アドリーヌ公女に別れを告げた、その直後。完全に、無予告転移。
「……あれ? お姉様がた、どうなされたのですか?」
ドリーにとっては、同行していた大人たちが消えたのに、あたしたちだけ残っていることが、不思議なようだ。
「久しぶり、ドリー。一ヶ月ぶりだね」
「――否、一ヶ月って、秒も経っていませんよ?」
「言ったろ? 向こうの世界の時間とこっちの世界の時間には、因果関係がないって。ドリーにとっては一瞬前でも、俺たちにとってはもう一ヶ月経過したんだよ」
飯塚が、ドリーに説明を。だけどドリーも『倉庫』のことを知っている。だから簡単に理解が出来たようだ。
「で、明日にでも崑崙御所に参内して、色々話し合わなきゃならないんだ」
「そうですか。お宿はどちらに?」
「街外れで『機動要塞』を展開して、そこで寝起きしようかと思ってる」
「あ、そうですね。お兄様がたは自前で宿泊施設を持っていらっしゃったのですね」
ちなみに、『機動要塞』も随分改修が進んでいる。
防衛用装甲はポリカーボネイトと断熱偏光シート、また耐火塗料等による補強と、内装は不燃認定壁紙を貼り。
電源は、風力発電キットを購入し、その羽を全て取り払ったうえで無属性の魔石を付け、定格回転させて発電し大容量蓄電器に充電。そこから家庭用コンセントが使える。そう、野営で冷蔵庫と電子レンジを使えるようになっている、という訳だ。
あとは、昼間ならドローン代わりにボレアスくんにカメラを託し、哨戒飛行してもらうことで、安全性は桁外れに上昇している。
その上に、違法改造された高出力無線機とそのアンテナが。これはまだ設置しただけで未使用なのだが。
なおこの発電システム。『倉庫』内でも活用されている。各個人の私室にはワンセットずつ、応接室にワンセット、キッチン周りでワンセット、その他三セット(プラス予備が二セット)用意されている。
発電システムに風力発電キットを採用したのは、最も構造が単純で且つ魔石動力型に改造し易かったから。
◇◆◇ ◆◇◆
町外れに野営するのであれば、トラブル防止の為に冒険者ギルドに一報入れておく必要がある。
「……宿代節約の為に野営を選ぶって、木札冒険者でもやらないことを、王太子候補である子爵様がおやりになりますか?」
ネオハティスのギルドで、見覚えのない男性職員が飯塚に向かって嘲笑うように。
「仕方ないだろう? この町の宿でうちの野営施設より設備が整っているところはないんだから。気になるのなら、後で見に来ると良い」
「そうですか。では後刻視察させていただきます」
常識で考えれば、この職員の言葉の方が正しい。ただでさえこの町は、上下水道が完備され、また導入された異世界チート・迷宮チートで他の国とは比較にならないほどの設備があるのだから。
そして、この職員は飯塚のことを「王太子候補である子爵様」と言った。つまり、あたしたちの本拠がスイザリアのモビレア市であり、本来の身分は一介の冒険者に過ぎないという事も知っているはず。だからこその、愚弄。宜しい、存分にもてなすこととしよう。
◇◆◇ ◆◇◆
そして現地時間にして、19時30分頃。外周に配置した人感センサーが反応した。人数は四人。うち二人は、護衛の冒険者のようだ。丁寧に気配を消し、こちらに近付いてくる。冒険者たちは、最低で銅札、多分銀札。そしてギルド職員の二人も、冒険者たちの足手纏いにならない程度の所作が身についている。
暗視カメラで確認したところ、武装は剣のみ。飛び道具の類は持っていない。まぁ一般の『野営施設』には飛び道具で襲撃する必要はないだろうから。
だから、外部照明を照射。〝輝光石〟を使った、魔石照明だ。そしてスピーカーをオン。
「冒険者ギルドの職員さんと、護衛の冒険者の方ですね? どうぞそのままお進みください。あ、出来たら剣は鞘に納めていただけると助かります。中でお茶でも如何ですか? 珍しいお菓子もありますよ?」
彼らの目に、『機動要塞』はどう映っているだろう?
そこから降ろされた、昇降用のロープに掴まってもらい、結び目に足を掛けてもらい、魔石モーターで巻き上げて。
紅茶とチョコレートで、彼らをもてなしたのだった。
(2,824文字:2019/10/30初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/20 03:00掲載予定)
・ トモエたち仔魔豹らは、ドリーの寮では元の姿に。この一ヶ月充分に運動したので、もう太ってはいません。
・ 「転移する大本営」の噂は、まだ(公式には)ネオハティスに届いていません。同時に「王太子候補である子爵様」を愚弄したギルドの職員は、当の子爵様がつい数日前まで聖都の最前線で戦争をしていた事実も知りません。
・ 輝光石(ドレイク王国特産の、魔力を蓄え光る石)を使った照明。但し、曲面鏡でその光を前方に集中照射するモノ。その曲面鏡は、日本製です。
・ 『機動要塞』の窓は、ポリカーボネイト製。基本、採光用で嵌め殺し。光が漏れないようにシャッターを下ろすことも可能です。空気の入れ替えはフィルター越しのエアコンを使います。誰かが真下で〔塩素の泡〕を使う可能性があるから、外気を直接取り込むのは危険なんです。
・ 『倉庫』がある彼らにとって、本来不要な冷蔵庫は、こういう時の来客用。紅茶はその場で、電気ケトルでお湯を沸かして、敢えて持ってきた耐熱強化ガラスのティーポットで淹れました。そしてトイレは。T○T○製のシャワートイレを導入。勿論、消音音楽付です。また当然ながら、防衛施設(モニター室)は客人らには見せていません。なおチョコレートは、まだドレイク王国では開発されていません。
・ 以前の〔倉庫〕内での排泄物処理は、どことも知れない亜空間に投棄されていましたが。現在は〝森〟での堆肥化を試行しています。『倉庫』内、『機動要塞』内ともに。外界で使用可能な携帯用トイレも用意されています。外界で組み立てて『倉庫』で処理するタイプと、吸水ジェルで固形化するタイプの両方。
・ 武田雄二くんは、『機動要塞』内の自室で、録り溜めした深夜アニメの録画を見て時間を潰します。ちなみに彼氏の嗜好を勉強しようと、その作品のDVDを購入して同じく『機動要塞』内の自室で視聴する、けなげな少女も一人。




