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前略、親友殿~いつまでも、かわらずに~  作者: 藤原 高彬
第二章:転入生と留学生
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第23話 保護者会議

第05節 もう一人の留学生〔1/9〕

◆◇◆ ◇◆◇


 この問題は、お盆の〝旅行〟の時に持ち上がった。

 会議の基本的な参加者は、柏木夫妻、飯塚夫妻、そしてWebカメラを介して入間双葉氏。

 オブザーバーとして、この〝問題〟の先駆者にして会議の発起人である、そにあ。

 更に翔や雄二くん、雫さんなどが会議に加わることになる。


 テーマは、異世界スイザリア王国モビレア公女アドリーヌ姫の、再留学。


 ただ、日本に連れて来て、学ばせればいい。そういう問題じゃない。異国の子供を日本で学ばせる、というのとは、訳が違う。文化の違いや常識の違いだけに留まらない。

 加えて、そにあのようにこちらの世界で永住することが前提の知識習得ではなく、帰国しその後向こうの世界で過ごすことが前提の、有期留学だ。そうすると、この世界で学ぶことが、その後の公女の人生に害悪になる危惧(おそれ)さえある。

 かといって、与える知識を取捨選択したら、それは単なるファシズム。都合のいい思想改造に他ならない。だとしたら?


「こちらの世界の常識と教養を持たれる、陛下は。けれどあちらの世界のそれらと折り合いをつけることが出来ていました。勿論その結果、陛下の(おこ)された国〝ドレイク王国〟は、あちらの世界でも異端の国家となったことは否めません。それでも、逆に言えば〝異端〟の枠に収まることが出来たというべきです。〝端〟から脱落することはなかった、という意味で。

 〝異端〟が過ぎれば、世界から爪弾(つまはじ)きにされます。けれど、アドリーヌ姫の将来の身分は、『伯爵夫人』。正直、国家世界に影響を与えられる立場ではありません。精々領内の技術文化に示唆(しさ)を与えるのが関の山でしょう。

 そもそも、既にあの世界には〝異端〟が持ち込まれています。他ならぬ、我が陛下の手によって。なら、ドレイク王国以外の国が〝異端〟を学ぶことは、世界のバランス的な意味で、むしろ推奨されることではないのでしょうか?」


 そう言ったのは、そにあ。でも、アドリーヌ公女の婚約者は、スイザリア王国の第二王子だと聞いている。臣籍降下して、伯爵位を得ることになるらしいけど、やっぱり問題になるような気もする。


 そにあたちに聞いたところによると、異世界ではまだ学校教育というものは、ほとんどないのだそうだ。一般市民は、親の仕事を引き継ぎ、それ以外の仕事や知識に触れることはない。

 剣を手に取り冒険者となり、武勲を挙げて騎士として取り立ててもらう、という道もあるが、その場合でも教育はそれからになる。読み書きそろばんは商人と神殿関係者の専権事項。

 王侯貴族は読み書きだけでなく、領地の経営や隣国との関わりなどから政治経済文化を学び、礼法を学ぶ。けど官僚職でもなければ、それらは教養の枠を出ない。特に貴族女性は、「茶会の席で恥を()かない程度」の教養を求められ、結果ドレスや茶の種類などにその知識は偏重する。当然ながら、平民の暮らしぶりなどを知る貴族は、ほとんどいない。


 それに対してドレイク王国は、既に義務教育が根付いている。読み書きそろばん、政治経済文化、そして職人が学ぶ基礎技能などの知識は、全ての少年少女が身に着けることが出来るのだという。

 これにより、職人が徒弟(とてい)制度を(もっ)て師匠から弟子に伝えられていた知識が、書籍に編纂(へんさん)され誰でも身に着けることが出来るようになり、だから商人の子供が職人になり、職人の子供が農民になることを選択することも出来、結果商人と農民が結婚して子供が職人の道を選ぶことが出来るようになったのだとか。

 新聞が普通に売られ、一般市民でも今現在の他国の情勢を知ることが出来、井戸端(公衆浴場)で身分無き庶民が政談に花を咲かせるのだという。

 それでも、ドレイク王国は〝特殊〟な国だ。特殊だからこそ、その環境を許容出来るのだともいえる。でもその〝特殊性〟は、地球という世界に於ける日本という国の〝特殊性〟に比べ得るものなのだろうか?


 イギリス・ロンドンのハイドパークの一角に、「スピーカーズ・コーナー」という場所がある。ここでは、誰でも、どんなテーマでも演説することが出来るのだという。

 けれど、このスピーカーズ・コーナーで、テーマとして取り扱ってはいけない内容が二つだけある。それは、イギリスの滅亡と、英王室批判。この二つだ。

 そう、何処(どこ)の世界、何処の国であれ、どれだけ「言論の自由」が守られていると言っても、自国の滅亡を語る者と自国の王室に対して批判する者(民主国家に於ける政権批判はこれに当たらない)が許容されることはない。異世界ドレイク王国でさえ、それはおそらく許されることはないだろう。

 唯一の例外が、日本だ。日本では不思議なことに、皇室批判は反逆罪も侮辱罪も成立しないのだから。

 その日本の在り方を、一国の公女が、将来の伯爵夫人が、学んでしまったら。その国にとってのデメリットは、計り知れない。


 そう考えると。与える知識を取捨選択するのではなく、学び得た知識を咀嚼(そしゃく)し、知識は知識として、現在の自分にとって有用な知識と有害な知識、或いは現在の自分にとって無用な、でも将来の為に残しておくべき知識に仕分ける、ということが必要になる。普通に考えたら、学校で6時間勉強し、それを咀嚼する為に更に12時間勉強する、という必要が生じるという事だ。まともに考えて、それは実現不可能。

 だけど、『倉庫』を使えば、そこに現実味を帯びる。そもそもこれは、アドリーヌ公女の「5年間」の留学期間を、異世界間の時間の不連続性を利用して「10年間」に延長する仕儀(しぎ)だ。なら、『倉庫』を活用して更にその勉強時間を延長することは、空論ではなくなる。


 異世界知識、現代地球の科学知識を与えることで生じる軋轢(あつれき)程度は、実は大した問題じゃない。そもそもネットで調べた程度で出来ることなど(たか)が知れているし、原材料で(そろ)わないものも多いだろう。仮に揃うのだとしても、それを発見出来ない可能性の方が大きい。実際、まだあの世界では〝石油〟は発見されていないのだそうだし、微生物等は知識としてはドレイク王国では知られているものの、顕微鏡等でそれを視認出来た人はまだ専門家一握りだけだという。或いは、足元で蹴飛ばしている石ころが、実は科学の発展に不可欠なレアメタルだ、と言われても。どうやってそれを精製し加工する?


 だから、問題は知識じゃない。与えることで問題が大きくなるのは、〝思考法〟や恋愛・結婚観(つまり「社会観」)の方だ。

 それを丁寧に、公女の故国に悪影響を与えないように細心の注意を払い。けれど思想改造のような真似はしないように。とはいえその結果は、必然的に一種の〝洗脳〟になるのは避けられない。それを直視して、だから公女の最善を模索しなければならない。決して教える側にとっての〝最善〟を押し付けてはならない。だから、慎重に、計画を進める必要がある。


 受け入れは、柏木家。就学は、中学校第一学年に三学期から。その他の書類は、飯塚家が整える。正確には、飯塚氏の秘書の「波佐間りりす」氏に丸投げする形になるのだけど、「ドレイク王国で出来ないことを、地球・日本の庶民が請け負うのだから、魔王国の大公殿下にも少しは働いてほしい」というのが本音だ。


 ……まぁ、当(にん)は正体を隠しているつもりらしいから、追求しないけど。

(2,930文字:2019/10/29初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/18 03:00掲載 2021/02/09誤字修正)

・ 学ぶ知識と持ち帰るべき知識。わかり易く言うと、「知識として地動説を学ぶことは間違っていないけど、常識として天動説を否定することは間違っている」。知識で常識を否定するのは、相応の準備と根回しが必要になるんです。

・ ドレイク王国内に於ける、王室批判。国王陛下自身は気にしないでしょうけれど、官僚たちはそれを許さないでしょう。

・ 異世界に於ける、石油の存在。「石油」と知らないだけで、「燃える黒い水」を使っている地方は多分あるでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、教育も一種の「洗脳」ではありますからね。 どこまでを「教育」といい、どこからが「洗脳」なのかは実は結構あいまいだったり…… だからこそ「慎重に」というのは正しいのでしょうが。
[一言] 日本ではの項、皇室に関しては昭和あたりが最盛期でしたね。小室氏も昭和時代ならすぐに突然死か病死になるという・・・いまはI田D作教がスゴイですけれど
[一言] ドリーが第二の「賢人妃」となるか、それとも「狂人」となるか、彼女にとっても彼女の「師たち」にとっても 試練ですね。 >魔王国の大公殿下にも少しは働いてほしい 波佐間さん「嫌でござる。(自分…
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