第21話 下関へ
第04節 修学旅行(後篇)〔3/4〕
注:写真があります
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
ドイツでは、ビールとソーセージが有名だ。けれど。
生水は硬すぎて飲めないから、ビールを生み出し、冬場に乏しい食料で飢えないようにと、本来廃棄の対象であった臓物や血液までも有効利用しようと工夫されたのがソーセージだ、と考えると。食生活はその地方の歴史や文化と密接な関係があることがわかる。
ホルモン料理だって、昭和初期までの被差別民族であった朝鮮人が、「廃棄対象」=安価で入手出来る臓物を美味しく食べられるように工夫したことで誕生しているのだから、「一頭獲れれば七浦賑わう」クジラ漁を、イデオロギーで禁止することは筋が違う。
この飽食の時代になって、食材を選べる立場に立ったからこそ、「より安価で美味しい食材」を消費者は求め、そして西洋では鯨肉を食さなかったことから、それを否定することを躊躇わなかったというだけなのだから。
あたしたちにとって縁の深い異世界の地名、「ナンタケット」。地球ではアメリカ東海岸の島の名前だ。本来は捕鯨の基地であり、それゆえ海洋冒険の起点となった町。捕鯨が廃れた今では単なるリゾート地になっているけれど、当時は文化の起点だったことが、それでわかる。『白鯨』だとて、ナンタケットを拠点としてクジラと戦う漁師の物語だ。少なくとも、この時代までは捕鯨は欧米でも禁忌じゃなかったのだから。
そして現在でも。マッコウクジラを原材料とする鯨油は、不可欠の機械油原料としてNASAが日本から輸入しているという話もある。現代でさえ、「必要性」は「イデオロギー」を越えると、国家単位で認めているのだから。
ドレイク王国では、鯨肉は牛肉や牡丹肉(豚肉)、桜肉や紅葉肉と同じくらい普通に食卓に並び、肝も皮も骨も髭も、余すところなく活用されている。クジラを食すか否かは、単に味の嗜好の問題に過ぎず、「ヤギよりクジラ、クジラよりブタ」というのがソニアの好みなのだとか。
そしてクジラ肉を活用することで、食肉消費の偏重が減る。味の嗜好それ自体は、需要がある以上発展の余地があり、また保存食から軍の行軍食、日常食のバリエーションを考えても、環境学的に全種の保全に繋がるのではないだろうか。
◇◆◇ ◆◇◆
そんな社会学的なことを考えながら。でも「クジラ問題」はイデオロギーや政治で考えるよりも、そういった資源や文化で考える方が適切だと思いながら、あたしたちは長門市駅に逆戻り。
通での滞在時間は30分ほどだったけど、それでももしかしたらこの旅行中、一番頭を使ったような気もする。
さて、長門市駅に戻って来たけど。実はここは、チェックポイントのひとつ。15時20分長門市駅発の山陰本線が、事実上今日中に下関駅に着く最終列車になるから。ちなみに、美祢線を使っても下関駅到着は数分の差。そしてこちらも15時20分発になっている。
だけどあたしたちは、青海島鯨墓を見学するのにタクシーを使っていることになっている。だからチェックポイントで待機している先生に、バイクに乗っているあたしたちの姿を見られる訳にはいかない。ので、ちょっと離れたところにバイクを停めて、『倉庫』に仕舞い、徒歩で駅まで。
そしてそ知らぬ顔で、点呼を受けた。
JR山陰本線に乗って、二駅目、長門古市駅。ここは、123基の鳥居で有名な元乃隅神社の最寄り駅になる。元乃隅神社に行くには、ここからバス。だけどそんな時間はなく。
(元乃隅神社の千本鳥居:令和元年5月9日筆者撮影)
また、くじら記念館で話題が出ていた川尻漁港も(距離的にはこの次の人丸駅の方が近いけど)ここからバス。ただ、くじら記念館に行くまではその名も知らなかったから、当然計画に含めることなんか出来なくて。けど、そこの地名「油谷川尻」。その〝油〟は、鯨油のことなんだろうなぁ。
七駅目、特牛駅。難読地名としても名高い(?)駅で、角島大橋が出来た時に同時に脚光を浴びるようになったのだとか。「日本で一番美しい橋」「死ぬ前に一度は見たい絶景」と謂われる、角島大橋とそれを展望する海士ヶ瀬公園に行くには、ここから。但しバスの便はあまり良くないので、行くならバイクだろう。
(海士ヶ瀬公園から眺める角島大橋:平成29年7月14日筆者撮影)
十三駅目、小串駅。この電車はここが終着駅。5分の乗り換え時間を経て、下関行きに。乗り換え時間を含めて合計2時間5分の、電車の旅だった。
下関駅に着いたのは、17時25分。集合予定時間にはまだ早いけど、今日はそのまま宿に。昨日、ヤクザ相手の大立ち回りなどをした所為で、あたしたちが早めにホテルに来たことを先生方も喜んでくれた。うん、善いことした(?)
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一日ぶりに二年全員が集合して、このホテルでの夕食会。修学旅行最後の夕食だからか、ちょっと贅沢にフグ尽くし。
……でも。
「うん、団体料理、だね?」
「しょうがないよ。二百人に同時に提供しようと思ったら、どうしたってこうなるし」
フグ料理は、実はネオハティスに行ってから美奈が結構凝っていた。フグ毒も、〔病理魔法〕のおかげで真剣な脅威にはなっていないから。〔病理魔法〕は、病原体、毒素を特定出来れば、その解毒システムを術者が理解していなくても解毒可能。仮令青酸カリを飲んだって、それが「青酸カリ」だと知っていれば、服毒してから絶命するまでの間に〔病理魔法〕を発動させられれば、それを無効化出来るのだから。
その一方で、フグ毒による中毒症状は、段階がある。第一段階が、口唇部や四肢末端部の痺れ。第二段階が、嘔吐と不完全運動麻痺。知覚麻痺や言語障害、呼吸困難等。第三段階が、全身麻痺並びに筋弛緩。第四段階で、意識消失、肺機能停止。つまり、第一段階から第二段階までの間であれば、まだ意識を保っていられる。このタイミングであれば、〔病理魔法〕を自分に対して行使出来るという事だ。
それを知っている美奈は。自分の身体でフグ毒の含有部位を特定し、それを除去してフグ料理をあたしたちに供していたんだ。
その行為の是非はともかくとして、結果新鮮なフグ料理を多くの種類口にしたことがあるあたしたちとしては、さすがに「高校の修学旅行生向けの料理」ではちょっと満足出来なかった。贅沢だとはわかっているけれど。
そしてうちのクラスの女子の話題の中心は、やっぱりこの一日で一気に距離を縮めた、ソニアと柏木の関係だった。どの程度距離を縮めたかというと、美奈が慌てて『倉庫』のゴム製品の在庫数量を確認した程度。むしろ減っていなかったので、ソニアに直接家族計画を確認したくらい。なおその回答は、「たくさん子供が欲しいけど、多過ぎると一人ひとりに愛情を注げなくなるから、三人から四人程度が良いだろう」という点で合意を得られたのだとか。
まぁ、この二人なら。それこそ鯨の親子のように、溢れるほどの愛情を子供に注いで育てるのだろうと、簡単に想像が出来る。少し、羨ましい。
(2,798文字:2019/10/18初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/14 03:00掲載予定)
【注:元乃隅神社は、平成30年1月に「元乃隅稲成神社」から改名されました】
・ ペリー来航は、捕鯨の基地として日本の港を解放するように求めたモノでした。
・ 「マイナス40℃の世界では、バナナで釘が打てます」というCMでおなじみの、機械オイル「モービル1」。酷寒の世界で利用出来る潤滑油の正体(初期)は、マッコウクジラの脳油を原料或いは添加剤として使用されたモノだったそうです。そしてその〝酷寒の世界〟とは、すなわち極地並びに宇宙。ちなみに、1969年の貿易統計によれば、マッコウ脳油は9,969t輸出されており、最大の輸出先はアメリカ(全量の九割)だったとか(石川創〝月とマッコウクジラ〟下関鯨類研究所『鯨研通信』第479号、2017)。
・ 日本の南極海でのクジラ漁は、鯨油目的で肉は廃棄されていたとも謂われていますが、当然でしょう。鯨肉は足が早く、一方鯨油は一番需要があったのですから。日本では鯨油は機械油として以外に田圃の防虫剤として需要がありました。鯨肉は供給量が少ない分だけ需要がなくよって工夫もなく、味の改善がないままに他の獣肉に劣後したのでしょう。江戸時代でも、漁村の輸出産品としては鯨油が、自家消費用として鯨肉や肝油が、その他嗜好品・民芸品として骨細工や鯨革製品が開発されていったのだと思われます。
なお前掲稿では、アメリカが捕鯨禁止を打ち出した理由の一つとして、「アメリカではマッコウクジラの脳油の代替品の開発に成功したが、ソ連(当時)の宇宙開発はまだマッコウ脳油に頼っていた為」だという説を挙げています。
・ 似たような話に、ペンギン漁があります。ペンギンは、基本油を取る為に乱獲されていました。食用とされた記録はあるものの、全体量から見たら一部でしかなかったようで。そして日本がペンギンと出会うのは、南洋漁猟の時代。西洋人は油を求め、日本人はコストパフォーマンスを求め。結果、「ペンギン肉」を食用とするか否かを検討する以前に生産効率が悪くて研究材料にしかならなかったようです。……味噌煮にしたら美味かった、とか。「味噌煮にしたら、大抵の肉は美味く食える」というツッコミもありますが。
・ ドレイク王国では、クジラは鯨肉より潤滑油としての鯨油が重宝されています。が、国王が日本人の転生者。当然可能な限りの鯨体活用を試みています。もっともそれは鯨に限らず、マグロなどの大型魚類、兎や鹿、猪などの陸上生物も同様です。〝廃棄〟だって、ただ単に「焼却する」「埋める」より、農村で「肥料にする」ことが出来れば、それは無駄にならないのですから。
・ 下関で。暴力団とガチのいざこざを起こされたらたまったもんじゃない、というのが、先生方の本音だったり。他の生徒たちや歴代の先輩生徒たちなら必要なら教師が米つきバッタのように頭を下げればいいけれど、こいつらが本気で暴れたら、洒落にならない、と。
・ フグ毒の症状等は、厚生労働省HP「自然毒のリスクプロファイル:魚類:フグ毒」(https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_01.html)を参照しています。
・ 髙月美奈「どうぞ。新鮮なふぐ料理です」
飯塚翔「さんきゅ。いただきます」(しびびびび……)
美奈「あれ?〔病理魔法〕」
翔「ふぅ、助かった。死ぬかと思った」
美奈「ごめんなさい、有毒部位の特定が不十分だったみたい(そうか、この部位には毒があるのか。あとでちゃんとメモっておかないと)」
昔はこんな会話もあったとか?




