第18話 逢引
第03節 修学旅行(前篇)〔5/5〕
注:写真があります
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
「……待ったか?」
「否、今来たところです」
9月22日土曜日、朝5時半。萩市中央公園駐車場前。オレは、ソニアと待ち合わせをしていた。
萩の武家屋敷散策。結局ルートとしてはキャンセルになったけど、散策だけならいつでも構わんじゃん、とばっかりに、睡眠時間を『倉庫』で調整し、同室の級友を消灯後深夜まで騒がせることで体力を消耗させて深寝させ、早朝に宿を抜け出してここに来た、という訳だ。
オレたちは、修学旅行中はGPS発信機の携行を義務付けられている。けれど、宿の中では浴衣やジャージに着替える為、トレーサーを持参する奴はいない。ましてや宿を抜け出すことを考える奴が、トレーサーを持参することなんかはあり得ない。そして深夜に宿を抜け出すことを考える生徒がいたとしても、早朝の時間帯に抜け出す奴は、まずいない。
だからこの時間帯は、学校側も警戒が緩む。リアルタイムでトレーサーの軌跡の確認をしたりはしない。それこそ、西大陸時代に監視の目を掻い潜り、騎士王国の連中を出し抜こうと色々画策していた頃のオレたちの行動時間のように。
当然この時間は、まだ駐車場も開いていないし屋敷内の見学も出来ない。それどころか、見学が認められていない「武家屋敷」は、民家だ。だからこんな時間帯に徘徊している人間がいたら、普通に警戒する。
だから、オレたちの服装は制服で、トレーサー持参。職務質問されたら、素直に修学旅行中の生徒だと答える予定。もっともトレーサーのログが残る以上、あとでバレる可能性も小さくないけれど。けど、行動時間が異常なだけで、禁則事項をやっている訳じゃないんだから、指摘されたら開き直るつもりだけど。
そしてどうせなら。あとでバレたら叱られることには変わりないんだから、と、この散策はペアで行動することになった。しかも、敢えて別行動。まるで、デートの待ち合わせのように。
今日の日の出は、6時02分。だから空はようやく白み始めたばかり。
当然街角には人影はなく。時々民家の窓に明かりが灯っているだけ。
そんな町並み。当然、観光客相手の土産物屋などはシャッターが閉まっていたり、鍵のかかったショーウィンドーの向こうに幾つかの飾り物が見えるだけ。
路地の向こうにたまに見える人影は、飯塚か武田か。髙月は、飯塚の隣で誰かに電話をしている。デートの最中に、誰と話をしているんだか。
そう、早朝の町並みを、ただ散策する。それだけだけど、立派なデートなんだ。
(萩武家屋敷街:令和元年5月9日午後筆者撮影)
「……最近、宏さんが優しいです」
ぽつり、とソニアが口を開く。
「……まぁ、な。女の子に好意を向けられるなんて、幼稚園時代から先記憶にねぇから、ソニアの気持ちにどう向き合えばいいか、わからなかったんだ。
だけど、『どう向き合うか』なんて賢しい事、考える必要はないんだって最近気付いた。難しい事なんか考えず、ただ『向き合えば良い』。その先のことは、それから考えたって遅くはないんだからな。
ソニア。オレはソニアが好きだ。
だけどそれが、幼稚園児の『しょーらい結婚しよー!』っていう〝好き〟とどう違うのか、なんてことは、今のオレにはわからねぇ。
武田のように、将来道が岐かれる可能性を直視しながら、それでも〝好き〟という気持ちに素直にいられる。そんな毅さを伴った〝好き〟とも違うと思う。オレはソニアが好きで、ソニアとずっと一緒にいたいと思っているんだからな。
でも、だからこそ。ソニアがオレに向ける〝好き〟に応えられるか。その気持ちを受け止められるか。正直、今のオレじゃぁ自信がねぇ。
だから、もう少し。
もうしばらくは、その答えを保留させてくれ」
「……もう、充分に応えてもらっています。正直、ユウさんや翔さんのように〝賢く〟或いは〝賢しく〟生きるのは、宏さんの生き方じゃないと思います。だから、ただ一言、『黙ってオレについて来い!』って言えばいいんです。
でも、今はまだ。それを口に出来る自信がないとおっしゃるのなら。
私はただ、黙って貴方についていくだけです」
「……それ、何も変わらなくね?」
「はい、何も変わりません。今までと、そしてこれからと。
だから、満足のいく〝答え〟が見つからないと、悩む必要はありません。私は、生涯貴方の後をついていくと決めていますから。
でも、まぁ。死ぬまでには、その答えが見つかっていると、嬉しいのですけど」
「……まぁ、お手柔らかに」
「はい♡
でも、早急に考えてほしいこともあります」
「それは?」
「はい、子供は何人欲しいのかってことと、最初の子供はいつごろ作るのかってことです。私は宏さんより一回り年上ですけど、しばらくは長く生きられますから、焦る必要はないかもしれません。けど、ちゃんとこっちの人間として生きるつもりになり、でも子供はたくさん欲しいとなると、やっぱり今年中にも最初の子作りを始めた方がいいかもしれませんから。やっぱり、こっちの世界で60過ぎて子作りしたら変に思われるでしょうから」
「ちょ、ちょっと待て!」
「あ、『倉庫』を利用すれば、もしかしたら妊娠期間を短縮出来るかもしれませんね♪ それこそ十月十日を外界時間で3日くらいに短縮して、一気に20人くらいの子供を産んじゃうって言うのも、ありですか?」
「ナシだ無しだなしだ! そんなことでギネスに挑戦するな!」
「子作り関係なしに、宏さんの性欲の処理の都合もあるでしょうから。お一人で頑張って、ティッシュに吐き出すくらいなら、気にせず私を使ってください。まだ早いとおっしゃるのなら、充分な量のゴム製品も『倉庫』に備蓄してありますから」
「暴走するなソニア! 自分の欲望が駄々漏れだぞ!!!」
日の出前の、古い町並みで。
オレたちは一体、何をやっているのか。
どこかで「ピィー」と、鳥の声が。鷹の鳴き声に似ているように聞こえたけど、気の所為か?
だけど、はっきりしているのは。オレの今までの悩みは無意味だったということだけ。
否。悩んだからこそ、「その悩みは無意味だ」とわかったんだろうけれど。
オレとソニアが釣り合うか。そんなこと、誰かに伺う問題じゃねぇ。
ソニアが釣り合うと思うのなら、それで良いし。
オレが釣り合わねぇと思うんなら、釣り合うように努力すれば良い。そしてその努力は、常に万能侍女のソニアが支えてくれるはずなんだから。
◇◆◇ ◆◇◆
日の出直前の時刻に、晋作広場の高杉晋作立像の下で皆と合流し、バイクで宿まで戻り、真っ直ぐ浴場へ。そして朝風呂から上がった体で部屋に戻り、朝食会場に向かった。
けど。
「おい、柏木。そにあさんと、一線超えちゃったのか?」
「何でそんな話になる?」
「お前とそにあさんの間の空気が、昨夜とはまるで違っているからだよ。何処でヤったんだ? よくバレなかったな?」
「ヤってねぇよ。ただお前の目が節穴なだけだ」
級友には、変に絡まれたけど。
……なにも、変わってねぇよな?
って、話が聞こえていたらしいソニア。顔を赤らめるな。何もなかったんだから。またぞろ変に疑われるじゃねぇか!
(2,855文字:2019/10/08初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/08 03:00掲載 2021/10/19誤字修正)
・ 「禁則事項をやっている訳じゃないんだから」。夜間外出禁止は、『修学旅行のしおり』に明記された禁則事項です。もっとも、〝早朝外出禁止〟とは書かれていませんが(というか、〝夜間〟の時間的定義はしおりにはありませんが)。
・ ドレイク王国の女性は、基本的に肉食です。未婚の母も二号三号も社会的に許容されているので、「相手が振り向いてくれるのを待つ」より「独占出来なければ共有する」、或いは「種だけもらってさようなら」などということが選択肢に出て来ますから。だから彼女らにとって、「好きの男の子供を産みたい」ということと、「好きな男と共に生きたい」ということは、全く別件なのです。「子供が一番、男は二番」はドレイク女にとって別段特殊な生き方ではありませんので。




