第17話 通報
第03節 修学旅行(前篇)〔4/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「大丈夫、だったか?」
俺は柔道部の三島くんに、声を掛けた。
「キミは……」
「善く、頑張ったな。三島くんのおかげで、皆無事だ」
「そんなことはない。俺は結局、何も――」
「それは違うよ。結果が全て、と言うつもりはないけれど、三島くんが皆の前に立って踏ん張ったから、良い結果を手繰り寄せることが出来たんだから。そうでなければ、間に合ったかどうか。だからキミは、自分を誇っていいんだ。『班員を守れた』ってね」
そして、へたり込んでいる班員たちの様子を確認していた美奈と武田に。
「美奈、先生に電話。武田は警察だ。
現在位置は、亀山公園内、県立美術館の裏。相手は拳銃を所持。そしてこちらは修学旅行中の高校生だと伝えろ」
二人からは了解の手信号。そのまま通話を開始した。
俺たちの学校の修学旅行。山口県内をオリエンテーリングする形で生徒たちは放牧されている。けれど、なら。当然自治体と警察には、事前に話が通っているはずだ。俺たちの行動計画表も渡されているはず。でなければ、万一のことが起こった時、彼らの初動が一歩遅れるから。
未成年、それも県外の、だ。それが、修学旅行という学校行事の最中に、事件に巻き込まれる。これは、学校側としても自治体側としても、絶対に避けたいことだろうから。それでも結局は、というのなら、その被害を最小にする手を打ってあるはず。
だからこそ、俺たちの修学旅行は「広島・山口・福岡」と銘打っておきながら、その行動範囲は基本山口県内なのだろう。有事の即応性を考えて、対応自治体を絞っている、という事だ。
そして、この亀山公園周辺は、山口県の行政官庁が点在している。市役所も消防署も、そして警察署も。だから五分も待たずにパトカーと救急車が現場に到着。むしろ、JR山口駅をチェックポイントとする先生の到着の方が遅かった。
「はい、相手は拳銃を所持していました。だから、まずその無力化を優先し、先制攻撃しました。ちょうどそこに手頃な木の棒がありましたからそれを使いましたけど、ちゃんと手加減出来たかどうか」
「キミたちが考えることは、ヤクザを無力化することじゃなく、逃げることだったと思うけど?」
「腰を抜かした男女8人を庇いながら、安全に撤退する方法に心当たりがありませんでした。なら、まず飛び道具である拳銃を排除してから、連中の意識をこちらに惹きつけ、その隙に皆を安全な場所に誘導する。後に離脱するのが、最も安全な策だと判断したのです。もっとも、刑事さんたちが来てくださる前にあっさり全員無力化出来てしまうとは思いませんでしたが」
一番危険な場所で大暴れしたソニアが、警察の事情聴取に応じている。女子高校生が拳銃とナイフで武装した暴力団相手に大立ち回り。それこそアニメかラノベの世界だろう。ちなみに俺たちが持っていた木の棒は、その辺に放り投げたはずだけど、何故か後でどれだけ捜索しても見つからなかったとか。不思議なこともあるんだなぁ。まるで魔法のようだ。
◇◆◇ ◆◇◆
その後、俺たちと三島くんの班は、警察署で再度個別に事情聴取を受け、また病院で精密検査を。興奮していると、自分が怪我をしていることに気付いていないということも多くあるから。
けど。今日は萩に抜け、松陰神社に行きたかったけど、予定はキャンセル。松陰神社は、明日朝一で回ることにしよう。
そうして俺たちは、パトカー二台に分乗して、萩まで送ってもらえることになった。
ちなみに三島くんたちの班は、宇部の宿を選んでいたようだった。
◇◆◇ ◆◇◆
さすがに集合時間ギリギリに、パトカーで宿まで乗り付けた俺たちは、皆から注目を集めることになってしまった。先生方は情報を共有しているけれど、それでも改めて呼び出され、事情聴取と説教と。
「何故先に通報をしなかった?」
「あの状況では、間に合わなかった可能性の方が高かったです。更には、相手は拳銃を所持していました。なら、彼らから見て『自分より強い』相手つまり警察が立ち塞がったら、拳銃を使用していた可能性を否定出来ません。その場合、三島くんの班の女子あたりが人質として使われたでしょう。
彼らから見て、俺たちは未熟な高校生。しかも、突入したのは柏木の他女子二名。その時点で、彼らは脅威度判定を誤認して、誤認したことに気付いた時にはもう抵抗することも逃げることも出来なくなったのです。
で、柏木たちが戦うことで時間を稼いでいる間に、俺たちが三島くんたちの様子の確認と通報。人数がいたからこその、分業でした」
「だがそれでも、万が一のことがあったら――」
「何も出来ずに何もせず、目の前でうちの学校の生徒が傷付けられたり連れ去られたりするのを黙って見ているくらいなら、何かしたいと思いました。時間稼ぎ程度なら俺たちでも出来ますし。
荒事の場数を踏んでいる柏木とソニア、武芸に長けた松村さんが前に出て、戦いを苦手とする俺と武田と美奈が通報と被害者の看護。適材適所です」
「……だが、そにあくんと松村くんは女の子だ。万一のことがあったら――」
「ソニアに何かがあれば柏木が、松村さんに何かがあれば武田が、それぞれ責任を取って嫁に貰うでしょう。むしろその場合、卒業を待たずに入籍、ってことになりますから、先生の方にこそ覚悟が必要かも。場合によっては、二人は大きなお腹を抱えて卒業式に出席することになるかもしれませんし」
「――そんなことにならないよう、飯塚、お前がしっかり監督しろ。頼むから、そんな事態にならないようにな」
「まぁ、前向きに善処します」
◇◆◇ ◆◇◆
説教ついでに、明日の予定の変更を先生に報告する。
本来今日の夕方に見学する予定だった松陰神社・松下村塾は明日の朝一に回し、明日の朝回る予定だった萩武家屋敷散策はキャンセルする。それからJR山陰本線で、下関へ。
本来、予定変更は「予定した見学先に立ち寄らない」という変更のみが認められる。けど、さすがに今回は不慮の事故という事と、同じ萩の町の中だという事で、許可が下りた。
◇◆◇ ◆◇◆
修学旅行二日目の宿は、宇部と萩に分かれている所為もあり少人数。また二日目でペース配分を理解出来たこともあり、部屋の中では皆体力を持て余していた。俺たちの活劇の話題もあり、余計に興奮し、血の気の多い男子は先生方の警備網に対して挑戦を試みることにしたようだ。つまり、女子風呂を覗きに。
……って、武田。〔球雷〕で何をするつもりだ? 宿泊客が大量に感電失神、なんてことになったら充分事件だろうに。
◆◇◆ ◇◆◇
Purururu……
ここは、京都呉服商組合の、組合長室。
組合長に対し、思いもかけない相手が、電話を掛けてきた。
「キミの方から、電話をくれるとはね。何の用かね?」
「先日の料亭で。組合長を護衛していたSPさんたちがいるでしょ? その、リーダーさん。多分、傭兵上がりの。あ、今は民間軍事会社って言うんだっけ? まぁどっちでもいいけど。
あの人に、連絡を取りたいんです」
「……理由を、聞いても構わないかね?」
「美奈たちは、今修学旅行で山口に来ているんですけど。ちょっと、うちの学校の生徒が、現地のヤクザさんのお世話になっちゃったんで。是非お礼参りをしなきゃって思って。
美奈たちが直接やってもいいけど、こういう汚れ仕事は、やっぱ外注さんにお願いした方がいいと思うから。
……お願い、出来ます?」
(2,983文字:2019/10/08初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/06 03:00掲載予定)
・ 110番や119番通報をする際は、通報者自身が冷静でない場合が多いです。だから通報しない人間が、現在地と状況を簡単に通報者に告げることで、通報者も必要な情報を確実に告げることが出来ます。
・ 「ソニアに何かがあれば柏木が、松村さんに何かがあれば武田が、それぞれ責任を取って嫁に貰うでしょう」。え? 美奈さんは? 〝何か〟がなくても、おっきなお腹抱えて(或いは乳飲み子背負って)卒業式に臨みそうな雰囲気。
・ この数日後。山口県某市にある末端暴力団事務所が爆発炎上するという事件が起きたそうですが。きっと暴力団同士の抗争か何かの結果でしょう。その報に接した、京都呉服商組合の沢渡組合長がどのような感想を持ったかは、敢えて語らないことにします。
・ 今話で主人公たちが投宿したホテル。のモデルとなったホテルは、残念ながら令和二年の新型コロナ感染症禍の影響で、廃業してしまいました。本当に、残念です。




