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前略、親友殿~いつまでも、かわらずに~  作者: 藤原 高彬
第二章:転入生と留学生
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第16話 荒事

第03節 修学旅行(前篇)〔3/5〕

注:後書きに写真があります

◇◆◇ ソニア ◆◇◆


 さて、お腹も一杯になりまして、私たちはカレー屋さんを辞去(おいとま)しました。

 次の行き先は、(はぎ)です。


 今回の行程(スケジュール)を計画している時、山口県の瀬戸内側から山陰側に抜ける、電車の本数がとても少ないということが話題になりました。その、少ない電車の時刻表に合わせて行動すれば良いのでしょうか?

 (いいえ)。JRの、バス路線があるのです。これは、日中はほぼ一時間おき。そして所要時間は、おおよそ70分。そのうえバス停は、カレー屋さんから県立美術館のある亀山公園を挟んだ向こう側にあるのです。バスの、次の発車時刻は13時39分。だからあと30分ほど時間があるということになります。


 カレー屋さんに入る頃から降り出した雨は、()だ止む気配もなく。傘を差して、腹ごなしの散歩を兼ねて、公園を歩いていると。

 近くで暴力の気配を感じました。「殺気」というほど強くはなく、「闘気」というほど練られてもいない、不細工な気配。ただその荒々しさは本物で、それを向けられたのが素人なら。


「脅威度判定、()、ってところですか」


 ユウさんが、向こうの世界の冒険者のランクを使って表現します。つまり、「喧嘩」レベルならかなりなものだけど、「戦闘」レベルでは未熟。はい、私の認識も、その程度と思います。

 けれど、だからこそ。

 ユウさんの言う「脅威度判定」、()以上であれば、独断での開戦はしません。が、()以下だと、女子供相手でもその力を誇示する為に武具を振るう可能性があるのです。


 向こうの世界では、こういう場合。よっぽどこちらに余裕があるか、或いは見て見ぬふりが出来ない程度に縁が結ばれている場合でなければ、無視して立ち去るのが普通でした。けど。

 今の私たちは、その意味ではかなり余裕があるのです。この国の、治安の良さ。だからこそ、暴力を生業(なりわい)としている人たちでさえ、これ見よがしに武器を携行することは出来ません。必ず、隠蔽(いんぺい)を考えなければならず、結果小型武器しか持てないのです。

 けれど、私たちは。シズさんの薙刀(ぬえ)、宏さんの斧槍(バルディッシュ)、翔さんの二叉長槍(ロンギヌス)、そして私の(ブルーム)。こういったものさえ、いつでも持ち出し可能で、且つ職務質問されたとしてもそれが警察の目に留まることはありません。

 また、ユウさんの〔球雷(ボール・ライトニング)〕、翔さんの〔慣性(イナーシャル)制御(・ドライバー)〕も、無手でも使用可能。場合によっては、ポリカーボネイト(シールド)の実戦テストと洒落(しゃれ)込むことさえ可能なんですから。


 そんな余裕から、まず状況を確認して、その上で割って入るかどうかを決めることにしたんです。


◇◆◇ ◆◇◆


「山口って、暴力団の本場、だからかな?」

「関係ないって。何処(どこ)の町にも、一定数、こういった連中はいるさ。むしろ、暴力稼業と縁ある人が住んでいない町の方が、不気味だよ」


 刺青(いれずみ)をして、サングラスして、煙草(たばこ)(くわ)えて。

 どこかの暴力団(くみ)の下っ端のチンピラヤクザにしか見えない男たちが、7人。

 一方で、高校生くらいの男女が、8人。あ、あの鞄。確かうちの学校の運動系部活動で使っているものです。なら、私服だから確信は持てないけれど、うちの生徒ってことです。

 あ、先頭にいる男子、見覚えがあります。確か、別のクラスの柔道部員で、この夏の大会では全国で良い線まで行ったとか。


 状況は、大体わかりました。肩がぶつかったか傘の水滴が飛んできたか、或いは単に目が合ったか。こういう人たちには、理由なんてどうでもいいんですから。

 そして、あの柔道部員、確か名前は「三島」、って言ったはずです。彼が、他の子たちを守る為に一歩前に進み出て。

 結果、本物の暴力の気配に(すく)んでしまったのでしょう。


 スポーツマンは、「勝つ」為に(わざ)を使うことがあっても、「負傷せしむる」為に業を使うことはありません。倒す為にグローブを()めて殴れても、(ほお)骨を砕く為にメリケンサックを嵌めて殴ることはなく、ギブアップを勝ち取る為に関節を決める事があっても、関節を破壊する為に業を掛けることはないのです。

 だけど、チンピラヤクザはその逆。彼らはその力を誇示する為にその力を振るい。その力を証明する最も簡単なものは、相手の流血であり激痛であり悲鳴なのですから。

 結果、一対一でまともに戦えば、三島くんの方が勝てるのでしょうけれど、開戦前に幻視してしまった自身の流血と激痛に、(おび)えてしまったのです。


「誰だ、テメェら!」

「彼らの、友人、じゃないな。顔を見たことはあっても言葉を交わしたことはないから。

 まぁ、同級生? おニイさんたちもさぁ、高校生(こども)をビビらせるような小物臭いことは止めて、ここはオレたちに免じて引いてくれないかな? 修学旅行中でね。この街に、嫌な思い出を残したくないんだ」

「テメェらの都合なんざ知ったこっちゃねぇよ。ってぇか、ガキに()められて引き下がれるかってんだ」


 宏さんが、何でもないことのように語りながら、三島くんの前に出ます。そして、ユウさんが何故か(・・・)(笑)樹の後ろに立て掛けてあった棒を取り出し、宏さんとシズさんに渡します。また美奈さんが同じく別の樹に何故か(・・・)立て掛けられていた棒を私と翔さんに渡しました。


 この棒。一見モップの柄のように見えますが、その実、長さ185cmの、木の棒です。

 銘、『ひのきのぼう』(第二世代)。

 第一世代の『ひのきのぼう』は、異世界の(オーク)材で作った棒で、モビレア市内の『青い鈴』の前庭や〔倉庫〕内で行っていた杖術(じょうじゅつ)の練習に使われていました。

 第二世代の『ひのきのぼう』は、白樫製で長さ六尺一寸。何気に第一世代より長く重く、けれど日本の武具店で磨き上げられた、洗練された一品なのです。『ひのきのぼう』という銘でありながら、第一世代も第二世代も(ひのき)材は使われていませんが。

 これらは、つい今しがたユウさんが『倉庫』から召喚し、自然に手に取れる場所に置かれたものなのです。


 チンピラヤクザは、ナイフを持っています。そしてうち一人、(ふところ)に拳銃を隠し持っていると美奈さんが警告してくれていました。多分、その人がリーダー。

 あっという間に武装して、けれど暴力の空気に染まらず自然体でいる高校生。そう、戦闘が不得手だと誰から見ても想像出来る美奈さんさえ、この状況で微笑んでいるのですから。また、『ひのきのぼう』の長さは六尺。ナイフより間合い(リーチ)が長く、また私たちがこれを使い慣れていることは、彼らであってもすぐにわかるでしょう。

 だから、問答無用で私が突撃します。六尺棒(ひのきのぼう)は、剣ではありませんから、その真ん中を持てば長さ90cmの小太刀二本のように取り回しがし易くなります。けど、前方の6人は無視して、後ろの一人。拳銃を隠し持っているヤクザのその懐目がけて、刺突一閃。騎乗していないとはいえ、騎士が突撃して放つ突きは、刃を持たない六尺棒でも厚さ10mm程度の木板を貫通出来るのですから。それで拳銃を吹き飛ばし、引きながら背負い投げをするように(ふところ)に飛び込み、その勢いで六尺棒の反対側でそのこめかみを痛打。これで、ひとり。


 私が空けた穴を、宏さんとシズさんのコンビが飛び込みます。そして背中を合わせて無双。私が彼らと出会う前、西大陸にいた頃からの、彼らの必勝フォーメーション。2対6程度なら、負けはあり得ません。

 だから、翔さんもさっさと戦闘態勢を解除して。


「大丈夫、だったか?」


 三島くんに、声をかけていました。

(2,933文字:2019/10/07初稿 2020/07/31投稿予約 2020/09/04 03:00掲載予定)

・ 脅威度判定……

 「()」:雑魚(笑)

 「()」:喧嘩に強い程度

 「()」:素人(一般人)にとっては脅威

 「()」:喧嘩では無敵・戦場では新参兵(ニュービー)

 「()」:戦場で生還出来るレベル(喧嘩を売っていい相手とそうでない相手の区別がつく)

 「()」:戦場で「エース」と呼ばれるレベル

 「白金()」:合戦参加者が「彼がいれば負けない!」と信じるレベル

・ 「山口って、暴力団の本場、だからかな?」このセリフは、多分に誤解に基づいています。「指定暴力団山口組」は創始者が山口春吉氏だったからであり、山口県に本拠地がある訳ではありません(山口組の本拠は神戸)。また山口県には「合田一家」という指定暴力団も存在していますが、本拠は下関です。それ以前の話として、県と市の官庁が(ひし)めき合うその中心部である亀山公園で、反社会的勢力の構成員が無体を働く。普通にあり得ません。

・ 『ひのきのぼう』(第一世代)は、今でも変わらず愛用品。五年近く?(主観時間)ほぼ毎日血豆が潰れて柄の部分が黒くなるまで振るったそれには、やっぱり愛着がありますから。ただ(オーク)製(比重0.68)の為、武具としての信頼性には欠けるので、練習用でしかありません。一方第二世代の『ひのきのぼう』は、白樫製(比重0.74~0.83)。(はがね)(やいば)と打ち合っても、そうそう簡単に切断されないだけの強度があります(数打ちの日本刀相手なら逆に()し折ることが出来るかも)。その為、美奈さんと雄二くんは、第二世代を持っていません。

 安物・小振りのナイフを振り回すチンピラ程度が相手なら、第一世代でも何ら不安はなかったでしょうけれど、やはり第一世代を(潰れた血豆から流れる血以外の)血で染めるのは、気分的に嬉しくないです。ちなみに実戦で相手が西洋剣(はがねのつるぎ)を持ち出したら、(第一世代・第二世代問わず)『ひのきのぼう』ではつらいです。

挿絵(By みてみん)

(白樫製六尺棒(左)と黒檀製木刀(右):令和2年5月9日筆者撮影)

・ 第二世代『ひのきのぼう』。別名、「白樫製六尺棒」。お値段一本一万円から一万八千円(仕上げ次第)。長さは正確には、六尺一寸(185cm)です。なお、第三世代『ひのきのぼう』(黒檀製六尺棒:約10万円)もあります。これは松村雫さん専用・練習用。黒檀は重い(比重約1.1)ので練習には最適ですが、衝撃に弱いという欠点もありますから。本来は観賞・贈答用。

・ ソニアさんの、「(ブルーム)」。現在は〝止まり木〟として、ボレアスくんが羽を休める為のステップとしての使用が主となっています。

・ 喧嘩の場合、先に手を出した方が悪いと相場が決まっています。が、一方が拳銃を所持していたのなら? その時点で、状況はひっくり返ります。

・ 「ヤクザ」って、放送禁止用語なのだそうです。「暴力団」を美化した呼び方だから。……美化?

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― 新着の感想 ―
[一言] こいつら… 何でもあり(ヴァーリトゥード)なら自衛隊とか米軍の特殊部隊相手でもワンサイドで勝てるんじゃ…… 泡姫索敵網だけで十分すぎるほどチートなのに……
[一言] > 第一世代も第二世代も檜材は使われていませんが。  世代が進んだら木にすら拘らなくなりそう。鉄の檜の棒。
[気になる点] 前話で2件> ・雫ですが、倉庫への一時撤退は難しかったのでしょうか?(なお、店長に見られた場合「カレー屋の中心でゼロと叫ぶJK」とネタにされてた?かも? ・雄二君達は自分達のことをどこ…
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