第14話 胎動之地へ
第03節 修学旅行(前篇)〔1/5〕
注:写真があります
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
そしてやってきました、9月20日木曜日。修学旅行の初日です。
行きは新横浜から新幹線。帰りは北九州空港から飛行機で。実は、どちらも楽しみ。新幹線の時速300kmはソニア未体験の領域でしょうし、1,000人近くを乗せた飛行機が時速900kmで空を飛ぶというのは(知識としては有っても)理解不可能な領域でしょうから。
その、流れる景色をソニアは飽きることなく眺めていますけど、それでも数時間坐りっぱなしは疲れるから。適度に『倉庫』を開扉して、〝森〟でリフレッシュ。修学旅行初日の新幹線の中で、バイクで〝森〟を疾走するのはボクらくらいでしょうね。
そして、昼前に広島に着き、昼食の後平和記念公園へ。
今日の広島は、残念ながら雨。でも、原爆ドームを訪れると考えると、雨はある意味風情があるのかもしれません。
クラスメイト達にとっては様々な感想があるのでしょうけれど、ボクにとっては感慨一入。大量破壊兵器に類する戦略級魔法を作ることが出来、(犠牲者の人数は桁が二つほど少ないにしても)実際に使用したことのある身としては。むしろ、当時のアメリカ政府の立場で、この地とあの事件を考えてしまいます。
大量破壊兵器の使用。民族の鏖殺を目的としていないのであれば、その目的は、示威行為以外ありません。ある程度の人口密集地で、けれど国家運営に直接影響を及ぼさない地方都市。それを一撃で消滅させる。その、〝政治的〟意味合い。新兵器の実地試験、という技術部側の目論見を除いても。
「核兵器は、戦争の犠牲者を減らす目的で使用された」という意見が欧米ではあり、だからこそ日本でその意見を表明することは、倫理的に許されることではありません。けど、当時の日本で。原爆投下なくして、8月15日に終戦の玉音放送が流れただろうか、と問われると。
時間の問題だったことには間違いありません。が、無条件降伏があと一日遅れれば、二日遅れれば。その一日二日で、何十万人の市民が犠牲になったかと思うと、そのきっかけのひとつだったのではないかと思えてしまうのです。
この件では。ボクはどうしても、犠牲者(被害者)の立場ではなく、使用者(加害者)の立場でしかモノを見ることは出来ません。そして今後も、必要と断じたら、大量破壊を目的とした戦略級魔法を使うでしょう。仮令後世の歴史書に、悪鬼羅刹と記述されることになっても。
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第一日目の投宿地は、山口県岩国市の某ホテル。19時30分の夕食の時間までにチェックインすることがルールとして定められています。そしてボクらは、途中嚴島神社に寄ることを計画しました。
広島駅から宮島口駅までは一時間、そこからフェリーと嚴島神社観光を二時間と見積もり、宮島口から岩国駅までは更に一時間。14時に広島で解散すると、岩国での自由時間は一時間しかないのです。しかも、夕方6時になってからの一時間。
だから岩国市内での観光は諦め、ちょっと早めのチェックイン。そもそも雨の中での観光は、あまり楽しめませんし。その意味では、岩国観光を計画に入れていなかったのは、GJかも。
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嚴島神社では、傘を差しての参拝。小雨の中で、参道を歩く鹿を見て。
……食材としてとか、皮を剥いでとか、そういうことを考えてしまったボクらから、鹿たちが距離を取ったのは、もしかしたら仕方がない事なのかも。うん、ボクらにとって鹿は、食材であり素材でしかなかったですから。鹿の角は、鹿茸(鹿角・龍角とも)と謂って薬の原材料になるのですが、ボクらはその知識が無かったので、捨て置いていました。けれどその肝は、大陸内陸部に於ける貴重なビタミンC供給源。平成日本ではE型肝炎の危険から生食は忌避されていますけど、ビタミンC供給源の少ない大陸内陸部では、肝炎の危険より壊血病の危険の方が現実的で、だから積極的に食されていました。皮は当然、鞣して革に。異世界では、植物繊維による衣服より、革製品の方が安価でしたから。そして肉は、塩漬けして干して燻して或いはそのまま煮て焼いて。鹿一頭いれば、ボクら六人が一週間、蛋白質に困らなかったのですから。
(雨の嚴島神社:平成28年10月6日筆者撮影)
嚴島神社それ自体は。やっぱり静謐な雰囲気の中。降り注ぐ雨が、その雰囲気を補強して。
ボクらにとって、神様は身近です。それは邪神だ、とは言ってはいけませんが。でも、日本の神道は八百万。最高神も善神も、貧乏神や疫病神と同列の〝神様〟。ならそこに、宇宙神話の邪神が加わっても、大した問題はありません。そして、嚴島神社はもともと、一柱の神様を祀る社ではありませんから。なら祀られている市杵島姫命たちと並んでリリス・ショゴス様を奉じても、おそらく神様たちは許してくださるでしょう。
そして、広島に来たからには牡蠣を。嚴島神社のある宮島には、焼き牡蠣の美味しいお店がたくさんあると聞き、事前にリサーチしてその店を選んで。一人半ダースずつ平らげました。
それから電車に乗って、今日の投宿予定地である岩国へ。ちなみに、第一日目のチェックポイントは、JR岩国駅。自由行動が午後の数時間しかなかった為、チェックポイントも一箇所。というよりも、宿まで迷子にならないように、ここから誘導、というのが学校側の意向だったようです。
時間的に、呉を経由した駆け足組と合流して、マイクロバスでホテルまで。バスの中で、クラスメイトと情報の交換。やっぱり、駆け足組はじっくり観光する暇はなかったと、後悔していました。ちなみに、二日目と三日目の予定は、変更可能。但し、当初の予定になかった観光地を廻るとかは不許可。あくまでも、予定では寄ることになっていた観光地を飛ばす、という変更のみが認められます。
ホテルで、クラスの皆と合流したのは、だから夕食時。改めて旅行計画についての感想が飛び交いました。そう、今日の日程で、二ヶ所以上の観光地を予定した班は、軒並み時間不足で駆け回ることになったみたいです。
夜になって。
男女別れて、複数の班が同室になって。話すネタは、当然恋バナ中心。
けど幸か不幸か、ボクと柏木くん、そして飯塚くんの恋愛問題は、クラス公認。事実上の婚約レベルですから、それこそ「ケーケンしたか」どうか、というレベルのネタにしかなりません。だから同室のクラスメイトにとっては盛り上がりに欠け。
また、今日のスケジュールから、「計画」と「実行」の差異を思い知った彼らは、明日の日程で無駄なく過ごすことを考えると。
あまり夜更かし出来ず、物語にあるような世間一般の修学旅行の夜とは違い。
皆、速やかに就寝したのでした。
(2,695文字:2019/09/28初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/31 03:00掲載予定)
・ 今話の「胎動之地へ」というタイトルは、明治維新から150年目に当たる平成30年度の山口県のキャッチフレーズ「維新胎動の地」を原典としています。
・ 置いてけぼりの、ボレアスくん? 駄ネコ化したトモエたちは、琴絵さんに甘えながら飽食の限りを尽くしていますけど、ボレアスくんは先に翼を広げ、西へ。さすがに新幹線と競争する気にはならなかった模様。……地図を読み、地名を憶え、地形を知り、方位と距離を確認する鷹。もしどこぞの電柱の上で、地図を広げている鷹がいたのなら、それはボレアスくんかもしれません。ってか、地図どころかスマホを操作していても疑問に思わないレベル?
・ E型肝炎は、現代病ではないかという説もあります。但し、中世以前は、肝炎による死者と(腐敗した食物や寄生虫に起因する)食中毒による死者、そして食材とは無関係な病死の区別がついていないことから、その説の妥当性を検討すること自体無意味です。
(宮島の鹿:平成28年10月6日筆者撮影)
・ 水無月美奈「うわぁ、丸々太って美味しそう!」
飯塚そにあ「海が近いから、〆た後の処理も簡単に出来ますね」
松村雫「上手く処理すれば、肝の生食も問題なさそうだな。E型肝炎は伝染病だから、ここの鹿たちには影響がなさそうだし」
飯塚翔「……鹿たちが怯えてるから、その辺で止めれ」




