第13話 高校生の領分
第02節 修学旅行を前にして〔5/5〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
お買い物を終えて男子と合流し、お昼は皆でちょっと洒落たレストランに。うん、普段はファミレスが精々だけど、武田くんの持っている割引券と『みなミナ工房』の経費で、高校生のお財布でも何とか支払える範囲に収まるんだよ?
美奈たちは結局、下着の類は買わなかった。えっちなのを買う気はないし、そもそもこの百貨店では売ってないし。セクシーなのは『みなミナ工房』の取引関係で良いお店を紹介出来るし。日用使いなら余計、わざわざ都内の百貨店で購入する必要はないし。
実は下着のみならず洋装の類は、先方からサンプルが送られてきている状態。『みなミナ工房』は和服専門だから、洋服屋さんとは競合しないの。でもだからこそ、和装と洋装のコラボ、という企画とか、ソニア向けのドレスとか、和風美人に似合う洋装とか、そういう話は少なからず舞い込んで来ているの。和服のイメージから、「『みなミナ工房』はお堅い」と思われ、逆に軽薄なデザインや露出過多のデザインが少ないのは、美奈の趣味にも合致して有り難い。けど、有り難く思うのなら、そのコラボ企画を前向きに検討しないと失礼でもあるから。
美奈でも、絹製の下着なんかは縫えるけど。でも意匠はやっぱりその道のプロに劣る。という訳で、送り付けられてきたサンプルを、ソニアやおシズさんに横流ししているのが現状。勿論、美奈ももらっているけど。或いは、『みなミナ工房』で織った絹や木綿をデザイナーさんのところに送って、洋服屋さんを経由して下着や服を作ってもらうなんてこともあるし。デザイナーズブランドのシルクのパンツを、(素材持ち込みで残りの生地は先方引き取りだけど)三着千円で作ってもらえるのは、多分美奈だけなんだよ?
そして、百貨店内のアパレルショップでは。実はおシズさんのCM用の下着のデザインを依頼した先の一つだったこともあって、武田くんの割引券とは無関係に、同行の女子たちには最高級の洋服が提案され、採算度外視のレベルで割引してもらえ、皆大喜びだった。一着の予算で、ワングレード上の服を二着買えたんだから、年頃の少女たちが喜ばない訳はないんだよ? その一方で美奈たちは、小物を何点かで済ませた。言っちゃなんだけど、吊るしの既製服と『みなミナ工房』の作品を同列に扱うこと自体、お互いにとって失礼だから。後日改めて、このブランドの一点物を見させてもらうと約束して。
◇◆◇ ◆◇◆
美奈たちは、普通の高校生に比べて、自由に使えるお金は多いの。一学期後半の怒涛のバイト月間の余禄もあるし、お仕事関係でチープなお店を使う訳にはいかないというのもある。
また美奈たちは未だ変わらず〝子供〟だから。親から貰える小遣いもある。美奈やソニアは飯塚家から小遣いをもらっているの。そして普通の高校生と違い、「『みなミナ工房』の経費」になる支出に関しては小遣いに頼る必要がないから、むしろ小遣いは余り気味。それが、こういうところで使えるおカネの額に顕れ、結果「美奈たちはお金持ち」と思われることになってしまう。
そう。クラスメイト達もまた、アルバイトをしている。だからこそ、「高校生のアルバイト」と「事業」の違いが分からないの。彼らが「アルバイトをしてようやく使えるおカネ」と美奈たちが普通に使う「経費」は、残念ながら桁が一つ違ってきちゃうから。そうなると、彼らは「美奈たちがお金持ちだから」という結論で、思考停止しちゃう。
それはもう、しょうがない。説明したって理解してもらえることじゃないし、苦労して説明すればそれだけ美奈たちが驕慢ぶっているように見えるから。だからこそ、武田くんの持っているような「割引券」に頼ることになるの。そんな筋合いじゃないにしても、「金持ちだから、その余裕を友人に還元する」、という体裁。それ自体、良い事なのか悪い事なのか、諸説紛々だろうけれど。
それでも、いつも連まない級友と一緒に買い物をし、食事をし。それはそれで、楽しいひととき。
◇◆◇ ◆◇◆
今日のランチは、ちょっとお洒落なイタリア料理。正直、高校生の集団が入る店じゃないの。ドレスコードはないけれど、特にランチタイムとなると、商談とか業界団体の会合とかに使われる店だから。
それを知っていて、でも敢えてこの店で予約したの。それは、同行の級友に知ってほしいことがあったから。
この店の、ディナータイムのメニューや雰囲気は、ファッション雑誌なんかで特集が組まれているの。だから、頑張ってアルバイトをした大学生が、意中の女の子をデートに誘う時、この店を利用することが選択肢に上がる。だから、ちょっと背伸びをしたい高校生にとっては、憧れのお店。でもだからこそ。
「……なんか、俺たち。場違いじゃね?」
「周りの人たちに、『子供の遊び場じゃねぇんだぞ!』って睨まれてる気がするよ~」
クラスメイト達が、はっきりと萎縮しています。
でも、美奈たちにとっては、別にどうということもなく。格で言えば、銀渓苑の宴会場の方が上だし、京都のあの料亭はもっと上。株主優待の割引券が通用する〝程度〟のレストランなら、気兼ねする必要もなく。
「遠慮しないでいいよ? 今日のランチ代の半分は、『みなミナ工房』で持つから」
「で、でも――」
「『みなミナ工房』のコラボ企画で、こういう洋風レストランのウェイトレス服が提案されているの。その取材も兼ねているから、経費で落ちるから。遠慮しないで?」
これも事実。ランチコースで一番廉いのが、6,480円(税込)。そこから二割引されて、5,184円。うん、高校生が出せる金額じゃないの。だけどその半額を『みなミナ工房』で負担するという約束で、ひとり7,344円(税込)のコースを予約してる。それでも3,000円を自己負担してもらっている。大体ファミレス二回分の金額。お買い物が予想以上に値引きしてもらっているからその程度の余裕があるはずだろうけれど、それでもお財布に厳しい金額だったの。
クラスメイト達を〝教育〟する義理は美奈たちには無いけれど。でも「奢り」と言われて遠慮なく注文するような人間になったら、彼らが将来恥を掻くから。だからこういう遠慮は招待主としては嬉しい気遣い。ちなみにショウくんたちは、歴とした労働の対価だから、逆に遠慮されたら困っちゃう。
「正直、値段が気になって食べた気がしなかった。あんな金額を同級生に支払わせる自分が、恥ずかしかったよ」
「そうね。私たちには、まだこのお店に入るには早過ぎて幼過ぎる。それがよくわかったわ」
「ってか、この店で格負けしない飯塚たちがスゲェよな」
クラスメイト達が、口々に。うん、連れてきて良かったんだよ?
(2,704文字:2019/09/28初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/29 03:00掲載 2024/01/15誤字修正)
・ 「えっちな下着」……下着としての機能を完全に無視し、女性の魅力を引き立てることと男の性欲を刺激することだけを目的とした下着。ショーツなら、G-ストリング(T-フロント)、クロッチレス(オープンクロッチ)、パール(ビーズ。日本では「球パン」という呼び方もあるようです)、など。
「セクシーな下着」……所謂「勝負下着」。下着としての機能を最低限保持しながらも、女性の魅力を引き立てることと男の性欲を刺激することを目論んだ下着。同じく、Tバック、シースルー、紐パン、など。
・ 『みなミナ工房』とのコラボ企画でやっぱり多いのは、「和服の中に着る下着」のデザイン(ラインの透けないショーツ、胸元が下品にならないブラ、他)だったり。或いは、和服コンセプトの洋装とか。
・ 「洋装とのコラボ」。みなミナ工房にサンプルを送りつけてくる洋服メーカー・デザイナーの真意は、別のところにあります。ただそれを美奈さんが理解するのは、第四章ラストですけれど。
・ 「和織物で洋服を」。これ、実は凄く〝もったいない〟話になります。和服は、丁寧に着て丁寧にメンテナンスすれば、100年以上使えます。また、糸を解けば方形の生地に戻ることから、仕立て直しも簡単。だけど、洋服は裁断しますから。ただでさえ100年物の和服を、10年程度にまで寿命を縮めたうえで、裾上げ程度にしか調整出来ないものにしてしまうのですから。もっとも、仲居服とかウェイトレス服などは、はじめから消耗品。それを前提に織った和織物で洋服を仕立てるというのは、高級感を醸す一案かもしれません。銀渓苑の、長期勤続者の退職祝いに仲居服を仕立て直して洋装に、というアイディアも。
・ 「デザイナーズブランドのシルクのパンツを、(素材持ち込みで残りの生地は先方引き取りだけど)三着千円で作ってもらえる」。その際提供する生地の原価は約120円。婦人用ショーツ8枚は縫える分量です。ちなみにその生地、その分量で業者には2,500円ほどで卸します。『みなミナ工房』は人件費・デザイン料度外視ですが、先方も儲け度外視。コネを繋ぐことを優先しています。
・ 「予約した」のに、欠席一名。不参加となった男子(病気等の理由ではないらしい)は、自身の不参加がどんな影響を及ぼすか、想像することも出来ないでしょう。
・ イタリア料理は、ソニアの口には合わなかった模様。「不味い訳じゃないけれど、でも、なんというか、もっと、こう――」。うん、イノシシをその場で捌いてステーキにする食生活から考えると、お洒落過ぎる料理は違和感があったようで。むしろ「海鮮パエリア」等だったら、喜ぶことが出来たかもしれません。つまり、メニューのチョイスミス。オリーブオイル自体は、ソニアさんも慣れているんですけど。そしてピッツァの類は、美奈さんが『倉庫』の石窯で時々焼きますが。




