第12話 修学旅行の準備・2 ~旅行の買い物~
第02節 修学旅行を前にして〔4/5〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
9月9日日曜日。オレたちは、修学旅行の買い物の為、都内に出ていた。
正直、平成日本では。「国内旅行の買い物」などは、必要ない。手ぶらで出向いて、現地のコンビニで必需品を購入しても、事足りるのだから。異世界にいた時のように、交通手段や食料、生活用品を事前に用意する必要はない。宿泊地として『機動要塞』を持ち出すことを考える必要もないのだし。
そうなると、何が必要か。本来なら、着替えの類も必要ない。移動は制服と規定されているし、夜は学校指定のジャージとこちらも定められている。なら服類も必要ないということに。
ただ、うちの学校の修学旅行は、オリエンテーリング方式。チェックポイント並びに投宿予定地での服装は規定されているものの、行動中の服装をチェックされない。行動軌跡はGPS発信機で確認されるけど、その時の服装などは確認しようがない。だから、チェックポイントを通過したら、公衆便所等で着替えて私服で移動する、というのが、歴代の恒例になっているのだそうだ。
そうなると、着替えがし易く動き易い服装、という前提で、女子はファッションにこだわるのだとか。
男子は、服装にこだわる奴もいるけれど、基本は動き易さ前提。着替えるけど。なら、敢えて旅行直前に買いに行く必要はない。代わりに、小物や道中の遊び道具(バスや電車での移動時間は短くないから)を探しに。
中には、こだわりの下着や避妊具を、なんてことを考える奴もいるらしいけど、男女問わずそういう連中は空振りして後悔することになるのが関の山。
オレたちの場合は、既に女子が『倉庫』内に避妊具をダンボール箱で用意している他、何故か「大人の玩具」もかなりの数用意されている。「大人の玩具」のほとんどは未開封状態だが、男の象徴を模ったあるひとつの玩具に関しては既に開封されており、その周辺では避妊を目的としたゴム製品の包装紙が散乱していたけれど。……うちの女子が肉食過ぎてどうしたらいいのかわかりません。
閑話休題。
そういう訳で、オレたちは都内へ。メンバーは、オレたちの他、男子3名、女子4名の、総勢13名(欠席1名)という大所帯になってしまった。
で、都内に出るにあたって、JRではなく私鉄を使う。その際、武田は切符で構内に入場していた。
「おいおい武田、JRの電子マネーは私鉄のと互換性あるぜ。なんでわざわざ切符買ったんだ?」
「あぁ、この切符は株主優待で、全区間無料なんですよ。あまりこの路線は使わないけど、切符の有効期限が短いので、今回のように始発から終点までみたいな利用時には、この切符を使うことにしているんです」
参加した男子の冷やかしに、武田。
武田の家は、吃驚するほどの資産家、という訳じゃないけれど、それでも親父さんが死んだら相続税が発生する程度には財産があるのだそうだ。だから、将来発生する相続税を圧縮する為に、今の内から資産を武田に少しずつ贈与しているのだとか。その、贈与された財産の中にこの私鉄の株式があり、株主優待券が武田の下に送られてくるのだそうだ。
その中には、今日これから向かう百貨店の割引券もあり、今日の買い物はそれに頼ることを前提に計画されている。
今回同行した、他のクラスメイト達。武田の親が資産家で、だから割引券を持っているんだ、と認識しているようだけど、それは歴とした武田自身の財産。親の財産に起因する割引券なら気兼ねしないという時点でちょっと問題だろうけれど、それが武田自身の財産(それが贈与されたものであれ)だと知ったら、彼らはどう思うだろう? もっとも、武田自身の口から、その事は口止めされているけれど。
◇◆◇ ◆◇◆
目的の百貨店に着くと、男女で別れて行動することに。
男子は、旅行小物。というよりも、キャンプ用品を見に。今更スーツケースを物色するようなことはないけれど、旅行セットを流し見るより、キャンプ用品で旅行に使えそうなものを探した方が、楽しめる。必要ないとはわかっていても、照明器具とか調理器具とかに食指が動いてしまうのは、やっぱり男の性だろう。
オレたちの場合、必要なものは『倉庫』で揃う。どんな旅行マニアだって、ベッドや厨房ごと持ち歩く人はいないだろうから。それどころか、場合によっては(テントどころか)宿泊施設すら使えるんだから。
そして、髙月や武田のように、事実上『倉庫』内に生活の拠点を持つことさえ出来る。つまり、旅先と雖も自宅にいるのと同等の快適ささえ確保出来るのだから。
とはいえ、今回は集団行動。だからちゃんとスーツケースを用意して、その中に着替えやその他必需品を収納する。収納し忘れは『倉庫』で対処するし、オレたちだけで移動するタイミングでは遠慮なく手ぶらで行動するけれど。
……旅先に、デスクトップPC(フルタワーの自作。モニターごと)を持ち込めるのだろうかと考えるのは、武田だけだろうけれど。
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
女子は必然的に、服や下着売り場に。
「松村さんは、やっぱり旅行中に一線超えちゃう?」
今回の買い物に同行した、ある女子が。だけど。
「別に、旅行中だからってはっちゃける必要はないでしょう。タイミング的な問題なら、クリスマスや正月もあるし、雄二と二人でペアツーリングと洒落込んで海辺のホテルに時化込むのもアリだろうし。
冬には、雄二を連れて家に帰って来いって親には言われている。家に帰ったら、うちの父さんと雄二は一日中飲むことになるだろうから、帰る前か戻る直前にホテルを取れば、二人の時間も作れる。
別に、修学旅行というイベントに限定する必要もないでしょうね」
正直、双方の両親に既に公認されている。雄二はもううちの婿扱いだ。
それでいながら、あたしらの関係は将来を約束したものじゃない。それに関しても、うちの両親の理解を得ている。
実は、うちの親たちからは。将来結婚するか否かを問わず、雄二の胤を貰っておけ、という、身も蓋もない指令が下っている。結婚するのなら焦る必要はないけれど、そうでないのなら、別れる前に子供を作れ、と。男の子でも女の子でも構わないから、と。
今のあたしは焦ってはいないけれど、だからこそ。イベントに捕らわれず、お互いの気持ちが高まったら、自然にそうなるだろうと認識している。普通のカップルのように、デートに際して避妊具を持参すべきかまだその必要はないか、などと悩む必要もないし。
だから、今回の買い物も。「雄二に見(魅)せる」ことを前提に考える必要はない。下着を見られるなんて今更だし。汚れた下着を見られたって――向こうの世界にいた時と違って洗濯や着替えの有無を指摘されたら恥ずかしいけど――自然な汚れなら気にするまでもないし。ただ、見られたときに「ダサい」と思われたくないから、その点は意識しているけれど。
だから。今回は、「旅行の為」という口実で、日常の服や下着を見ることにしたんだ。
(2,790文字:2019/09/27初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/27 03:00掲載 2021/10/16表記揺れの統一)
・ 一般の修学旅行生は、「指定制服」と「行動服」を分けたら、荷物が増えます。だからこそ、(余計な荷物を持ち込まない担保として)この学校の修学旅行では、私服が黙認されているという事情もあったり。その分、不許可な荷物が減るから。もっとも、見学施設によっては制服着用を求められる場所もあります(例:明倫学舎)。学校側が施設に便宜を図ってもらうことが前提であれば、生徒は制服を着用しなければならないのです。……すると、着替えたら単に面倒になるだけかも?
・ 過去の先輩の中には、シースルーのネグリジェを纏って、男子の部屋に突撃をかました女子もいたのだとか。当然ながら途中で先生に見つかって、夜通し説教されたようですけれど。
・ 大人の玩具とゴム製品。女子たちは、保健体育の性教育(避妊実技)の実践練習に使ったようです。自主的に勉学に励む。学生の鑑ですね。




