第11話 修学旅行の準備・1 ~旅行の計画~
第02節 修学旅行を前にして〔3/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
来週、9月20日からの、三泊四日の修学旅行。うちの学校は、広島・山口・福岡を巡る。
ただ、うちの学校は「オリエンテーリング」方式で生徒たちを放牧することにしているらしい。つまり、最初の広島平和記念公園(原爆ドーム)までは団体行動だけど、そこから班行動。班単位でルートを決め、幾つかのチェックポイントで点呼。そしてその日の投宿予定地に予定通りの時間に集合。というモノだった。
当然、全員にGPS発信機の携帯を義務付けられ、予定外の行動を採ったらペナルティ。トレーサーを班員に預けて、という抜け道を認めない為に、無作為に生徒のスマホに電話をして現在地の確認等をする。
現地での移動は、公共交通機関。事前に計画したルート通りに移動するという前提で、交通カードが配付されている。ちなみに、バイクを現地に陸送してバイクで移動、というアイディアは却下された。ちくせう。
で、まずは班決め。これは、「男女それぞれ3-5人で同数」と決められている。そうなると、俺たちの場合は既に決定。わざわざ班を分ける理由もないし、他の人を班に入れたら逆に可哀想なことになるし。
そしてコース。こちらは、ただ闇雲に観光地と学校指定のチェックポイントで線を引けばいい、というモノではない。「そのルートに、テーマを決めて」というのがあった。ちなみに、テーマに沿うのであれば、多少のルート外れ(海を渡って四国に行ったり、逆にその県内はチェックポイントだけしか行かなかったり)もOKなのだとか。
ある班は、〝源平合戦の古戦場を辿って〟、というテーマで瀬戸内沿いを。ある班は、〝二次大戦期の日本軍〟というテーマで、呉から北九州まで。ある班は、〝毛利一族の興亡〟というテーマで、山口全域。ある班は、〝日本でも奇特な地形と文化〟というテーマで、秋吉台や瀬戸内の小島などを。では、うちの班は?
「こうしてみると、広島や福岡はテーマを絞れば行く先も限定出来ますけど、山口はどのテーマでも名所が点在していますね」
「だからこそ、なのかもな。全部を回るのはまず無理。だからテーマを決めて。
けど、どうせ修学旅行なんだから、そのルート決めから生徒に委ねよう、と」
「それで収拾がつかなくなったら困るから、一定のチェックポイントを通過する形を採る、か」
武田の感想に対して、柏木と松村さん。誰だってこういう旅行なら、効率的にあっちこっち回りたいと思うだろう。だけど行く先が多過ぎて、ただ走り回るだけで終わってしまうかもしれない。誰かがプランニングした旅行なら、それが不満になるけれど、自分たちのプランなら? それは、今後に向けての反省点。それもまた、一つの〝学び〟だろう。
「で、美奈ならどこに行きたい?」
「群馬の、富岡製糸工場。或いは、長野の、岡谷蚕糸博物館」
「……それ、どっちも広島・山口・福岡じゃないから」
「なら、軍艦島?」
思考が、どっちに向いているのかよくわかる。それに乗る形で、武田も。
「だけど、八幡製鉄は見ておきたいですね」
このあたりになると、向こうの世界での経験が鎌首を擡げてくる。所謂、〝異世界チート〟。それは、現代の技術より、明治維新時代の技術を学ぶ方が、活用出来る余地が増えるから。
「飯塚は?」
「俺は、どっちかって言うと、松下村塾の方かな?」
なんだかんだ言って、俺だって同じことを考えている。美奈や武田が技術寄りなら、俺は文化寄りの発想。技術を持ってくるより、技術を生み出す文化を俺は選んだというだけのこと。
「なら、それは両方で良いんじゃないか? テーマは、〝維新の文化と技術〟、という事で。ルートとしては、維新発祥の地とされる山口市、松下村塾のある萩、そして八幡製鉄の北九州。軍艦島こと端島があるのは長崎だから、こっちはルートから外れるな」
「で、そのついでに、中途にある観光名所も廻れれば、立派な行程になりますね」
と、松村さんとソニアがまとめてくれた。
ちなみに、投宿先は。一日目は岩国。二日目は、宇部又は萩。三日目は、下関。三日とも、山口県内。ちなみに二日目が二ヶ所に分かれるのは、宇部だけだと山陰側に回ることを希望する生徒たちにとって、行動出来る時間が無くなるからだそうだ。なお、過去には須佐と(島根県だけど)石見まで足を延ばし、銀山と製鉄をテーマにした班もあったのだとか。……それも良いかも。
大体のルートがまとまると、次は実際のタイムスケジュールに沿った計画の策定。
JR山陽本線なら、30分に一本の割合で電車が来る。けど、山陰本線は山口県内では「一日に八本」しかない。一本乗り過ごすと、次は四時間後、というダイヤだ。まして南北を繋ぐルートだと、JR美祢線は一日に10本、但し日中は二時間に一本間隔。JR山口線はもう少し本数があるけど、そのまま津和野経由で島根に抜けてしまう。
「そういえば、山口県内では『電車を見るより猪を見る方が多い』とか、『遮断機が下りていたら故障を疑うレベル』だって知り合いが言っていました」とは、ネット上の知り合いが多い、武田の言葉。山口にも知り合いはいるのか? と尋ねたところ、言葉を濁されたけど。
残るは、路線バス。こちらは日中一時間に一本はあるようだから、これを使えば、まぁ。
……本当に、バイクの持ち込みが出来れば、もう少し楽なんだけど。というか、交通機関が限られている(タクシーの利用は原則禁止。レンタサイクルはOK)からこそ、引率の先生たちの管理がし易い、という問題もあるのかもしれない。
さて、そうなると。萩、つまり山陰側に抜けることを考えると、二日目と三日目のスケジュールは結構タイトになる。一方で、日中の移動距離が短く電車の本数も多い一日目と四日目は、余裕を持った行動が採れるだろう。だから、初日には宮島に渡って嚴島神社、最終日には関門海峡を徒歩で渡るなどのことも計画に入れた。
◇◆◇ ◆◇◆
現代日本の旅行は、向こうの世界のそれとは違い、事実上安全が約束された移動だ。それも、自分の足を使う必要もなく、乗って、椅子に坐っていれば目的地に着く。そう考えると、向こうとは比べ物にならない簡便さがある一方、〝旅〟の意味を見失いかねない。例えば、初めて王都スイザルに向かった時。例えば、聖都アザリアへの巡礼の旅。ああいう緊張感は、この旅には無いだろう。
「だけど、油断するな」と言われても。まさか山賊の襲撃はないだろうし、魔獣のスタンピードに直面することもないはずだ。精々、事故と路線間違いに気を付ける程度。
それが良い事なのか悪い事なのか。何にしても、今俺が考えるべきことは、「いかにこの高校の修学旅行を楽しむか」ということなのだろう。
(2,705文字:2019/09/26初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/25 03:00掲載 2020/08/25誤字修正 2021/10/16誤字修正)
・ 市販されているGPSトレーサーの解析誤差は、30cm(実験環境下)。なら、最大拡大して二つのトレーサーが同じ場所に表示されていたら、その二人は折り重なっているということになります。男女なら性行為の真っ最中、男子なら「アッー」で女子なら「キマシタワー」ってことに。……脱走を疑われるのと、それを疑われるのと。生徒にとってはどっちがマシでしょう?
・ 山口県内で、ICカードが使えるJRの駅は三つしかないようです。学校がJR西日本と個別交渉して、所謂「周遊券」のようなもの(鉄道のみならずJRバスも利用可能なもの)を発行してもらい、生徒たちに使わせているのでしょう。それ以外の交通機関を利用する場合は、後日清算。
・ 「まさか山賊の襲撃はないだろうし」。ひゃっはーした原住民の襲撃がある可能性は、微レ存?(辺境県への重大な誹謗中傷w)バーゲンを前にした奥様の暴走なら、ありそう。




