第10話 鷹王は山にいる? 或いは、「ライオンは鍛えない」
第02節 修学旅行を前にして〔2/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
この数日で。
山岳写真家や鳥獣愛好家、登山家などの間で、急速に広まった噂話があります。
「その山には、妙に賢く人懐こい鷹が棲んでいる」。それが、その噂の全貌でした。
それだけなら、「ふ~ん、そう」で終わるでしょう。けれど。
曰く、「飛翔中のその姿にカメラを向けると、カメラのフレームに収まるように宙返りを披露してくれた」
曰く、「地面にいたその鷹にカメラを向けたら、カメラ目線でポーズを取ってくれた。それが所謂『荒ぶる鷹のポーズ』で、しかもコミカルに披露してくれたから、笑ってシャッターが切れなかった。なおその鷹は、シャフ度を決めすぎてひっくり返ってしまった」
曰く、「遭難して困っていたら、救助隊の人を誘導してくれた」
などのエピソードが広まるにつれて、一般の人たちにもその人気が高まっていったのでした。
けれど。鷹は、猛禽です。鳥獣保護法で保護の対象になっているとは言え、危険生物でもあります。
が、その脚に。鷹匠に飼育されていることを示す足輪が付けられているのを見て、人々の次の興味は、その鷹の主たる鷹匠自身に向いて行ったのでした。
◇◆◇ ◆◇◆
時は戻って、夏休み最後の週。
場所は、飯塚家。ボクらは、一つの問題に直面していました。
先日、ボクらは再び異世界に行き、アドリーヌ公女のところでお世話になっている仔魔豹ギンと、うちにいるトモエたちを会わせました。その際に明らかになったことです。
ギンは、外界での生活時間はトモエたちより数ヶ月長くなっています。にもかかわらず、ギンの方がトモエたちより小柄でした。
否。トモエたちの方が、太っていたのです!
「ライオンは、鍛えない」という言葉があります。
ライオンのような猛獣は、鍛えて強くなったのではなく、生まれた時から強かったのだ、と。これは、努力では才能に及ばないと宣する時に使われる格言です。
が、獲物の捕食に努力を要しない動物園のライオンや、ただ一方的に愛玩されるだけの家猫は、肥満に悩まされることもあるのです。
そして、トモエたちは、幼いながらも既にその兆候がある。これは、恐ろしい事です。
同様の問題が、有翼獅子・ボレアスくんにも。ただボレアスくんは既に成獣となっている為、トモエ達ほど簡単に影響は出ないでしょう。否。その代わり、高血圧や糖尿病或いは尿路結石などの成人病を警戒する必要があるかもしれません。……成人病で早死にする魔獣。うん、歴史に名を残しますね。
その対策は。
「まぁ、外界で暮らさせるしかないでしょうね」
と、琴絵小母さん。〝森〟で、というのも選択肢のひとつでしょうけれど、〝森〟だと時間経過を把握しきれません。一角獣、といったような、ボクらが個体ではなく群体で認識している相手なら、気付いたら世代交代していた、という事があってもいいかもしれませんが、トモエたちやボレアスくんの場合は。あまりそういうのは考えたくありません。やはり、同じ時間を生きたいですから。
けど、このまま外界に出して良い訳ではありません。トモエたちの現在の体格は、家猫の成獣と同じくらい。けれどそのあどけない表情が、まだ幼獣であると全力で主張し、またその太い脚が、成獣になった時の体格の大きさを予感させています。ボレアスくんは言わずもがな。グリフォンは、歴とした魔獣ですから、機動隊やら自衛隊が出動することになってしまいます。
この問題を、あっさり解決してくれたのは、エリスでした。
トモエたちの場合は、単なる変身。エリスが三歳の外見から八歳の外見に変わったのと同じこと。つまり、魔豹が魔猫になっただけのことです。
対して、ボレアスくんの方は。
そもそも魔獣とは、普通の動物が高濃度魔素に曝され、遺伝子レベルで変調し、それに適応しようと体を作り替えた結果生まれるモノなのだそうです。〔倉庫〕の中で馬がユニコーンに変態したように。なら、その変態課程を逆コンパイルすれば、始祖の動物の姿に戻ることも出来るのだとか。
その一方で、いつでもグリフォンの姿に戻れるように、両方の形質を保存しようとすると、外部にデータのバックアップが必要になります。そのバックアップデータの作成には、ボクの〔魔物支配〕の魔法が応用出来ました。
結果的に、ボレアスくんを〔使役〕する形になりましたが、それで作った魔石をソニアに持たせ、ソニアがそれを望むとき、ボレアスくんはグリフォンの姿に戻れるのです。
また同時に。グリフォンの始祖である動物の姿は、獅子と鷲、二種類の動物がいます。どちらを選ぶかを悩んだ末、鷲(鷹)の姿を得ることになりました。これはむしろ、ボレアスくんの希望。
「けど、鷹を飼育することって、出来るの?」
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結論から言えば、出来ます。
但し、一般人がペットとして飼育することは事実上出来ません。動物園か、或いは〝鷹匠〟という、特別な職業についている人に、許可が下ります。
鷹匠は、欧米諸国の多くでは国家資格です。が、日本で民間資格。
その資格を得る為には、鷹を飼育出来る環境があり、そして実際に鷹を使役する能力があると協会に認められた者に、その資格が認められるのだそうです。
鷹匠でなければ飼育出来ない。飼育出来なければ鷹匠になれない。
この矛盾はつまり、現代日本で鷹匠になるには、親が鷹匠であるか、或いは協会に金を払い年単位で奉公し指導を受けて、それでようやくその資格を得られる、という事です。その一方で、年齢制限はなく。以前、女子高生の鷹匠が誕生した、とテレビで見たこともありました。
ソニアは、(何故か)自動車の国際免許証と一緒に、アイルランド政府発行の国家資格である鷹匠の免許も持っていました。だから飯塚家に禽舎を建て、協会に金を払って免許を国内のモノに書き換えるだけで、鷹匠として認められたのでした。
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ソニアは。ボレアスくんを禽舎に閉じ込めはしません。姿がオオタカ(というには一回り大きいですが)であっても、その中身はボレアスくん。知性も高く、〔使役〕のリンクもあって言語による意思疎通も出来ます(発声する訳ではなく念話に近いですが)。なら禽舎の扉はボレアスくんが自由に開閉出来るようにして、基本自由に空を飛べるようにしたそうです。
飯塚家周辺の生ごみ集積場でカラスを追い払ったり、野良犬が町に下りてきたりしているときに威嚇して追い払ったりしているのは知っていましたけど、山岳写真家のアイドルになっているとか遭難者の救助に活躍したとか、果ては夜の町でタチの悪い男どもに絡まれている女子中学生を救ったとか、「お前は何処のヒーローだ?」って活躍をしているって知った時は、さすがに絶句しました。
うん、家猫化して更に駄ネコ化したトモエ達とは大違い。
鷹としての新たな生活を、ボレアスくんはどうやら満喫しているようです。
(2,759文字:2019/09/26初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/23 03:00掲載予定)
・ 鳥獣保護法。正確には、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(平成十四年法律第八十八号)」と謂います。
・ 紋章学に於いて、有翼獅子は〝王権〟の象徴です。そのグリフォンが変じた大鷹は、「鷹王」と呼ぶに相応しい威厳を秘めているのでしょう。
・ 「女子高生鷹匠」。鷹匠となった平成22年には16才だったそうですから、作中時(平成30年)にはその人は既に24歳です。夢の獣医さんになれたのか。
・ 厳密には、猛禽を飼育するのに鷹匠の資格は必要ありません。が、自治体の許可が必要で、個人の場合鷹匠の資格を持っていると許可が下り易い(無ければ許可を得るのが面倒くさい)という程度の話です。その「許可」の基準も、自治体によって異なりますし。
・ 鷲と鷹は、本来同種。鳶と鵟と隼も。「ハリスホーク」(和名「腿赤鵟」)という、鷹なのか鵟なのか、という名前の猛禽もいますし、クマタカの英名は「HawkEagle」。最早鷲なのか鷹なのか、区分を放棄している名称も。なお隼は、平成24年、タカの仲間からスズメの仲間(具体的には、「スズメ目」「オウム目」との姉妹目)に区分変更されてしまいました。
・ ソニアは、その幼い日に、ドレイク王アドルフ陛下の使い魔である魔鷹・ノトスに遊んでもらったことがあります。彼女が空に憧れた原体験。だからこそ、ボレアスはその事を少々妬んでいたのかもしれません。
・ 鷹匠による鷹の調教方法は、実は動物虐待レベル。鷹を、発狂する寸前まで飢えさせて、「芸をしたら食餌をあげる」と、すべき業を仕込むのです。飢え過ぎると人に襲い掛かるし、飽食が過ぎると人の言うことを聞かなくなります。そのギリギリを見極めるのが、鷹匠の伎倆と経験。その為にも、ヒナから調教を始める必要があるのです。一方ボレアスは、腹八分目まで食事し、自由気儘に空を舞います。
・ 松村雫さんは、オオタカの姿になったボレアスくんの下に、嬉々として羽根を貰いに行きました。鷹の羽は矢羽根として優秀なのですが、鳥獣保護法並びにワシントン条約で取引が原則禁じられています。つまり、一般の弓道家はもう入手出来ないんです。しかもボレアスの羽根は、当然魔力を帯びていますから、その矢はマジックアイテム的に飛距離も飛翔安定性(つまり集弾性・命中率)も向上します。だから、その羽根を持って矢師(矢を製作する職人)の下に行くと譲ってくれと懇願されますが、いくら積まれても譲渡禁止。ちなみに雫さんが求めたのは、〝グリフォン〟時代には持っていなかった尻尾の羽根。尾羽、その両端の石打羽は、矢羽根として最高なんです。……〝尻の毛〟毟られた、ボレアスくん(涙)。
また、町の中で。ボレアスの羽根を拾うことが出来た一般人は、それを「幸運の羽根」と呼んで大事にするようになりました。
・ オオタカになったボレアスくんは、本能もオオタカのモノに引き摺られます。つまり、繁殖の相手にバニー、ぢゃなく鷹のメスを選ぶことに。そして生まれた雛が成長してグリフォンになれるかどうかは、実は雄二くんの持っているデータが意味を持つのです。このデータ。そのままズバリ、普通の動物を魔獣化させる秘術だったり。
・ トモエ達も、飯塚家周辺一帯の家猫・野良猫を屈服させ、ボスの座に収まっています。ちなみに、トモエ達の生活領域は一般の家猫のそれよりはるかに広大です。運動能力に負荷が課せられている状況ですから、普通に町中を走り回るだけでも彼らにとっては結構な運動になります。もっとも、当然普通の家猫やノラ猫の数倍の運動能力をその過程で披露していますが。喧嘩の時には手加減必須。何処の仔猫が、四階相当の壁を平然と踏破するのか。
・ シャフ度を決めすぎてひっくり返ってしまったボレアスくん。オオタカにしては大き過ぎるその体格も相俟って、「中の人」の存在を取沙汰されたとかwww




