第09話 これまでと違う、日常
第02節 修学旅行を前にして〔1/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
9月の第一週は、特筆すべきことはなかった。
美奈は、武田と組んで新素材染料の特許申請。例の、「表面撥水、裏面吸水」の染料は、染料としての特許申請と同時に某大手化学製品会社に持ち込み、生地（天然繊維・化学繊維）の違いによる吸水性・保湿性の分析を依頼した。この染料の性質をコントロール出来るのなら、冗談抜きで応用範囲が爆発的に広がるけど、その膨大な数の組み合わせのデータを蓄積するには、『みなミナ工房』では予算も設備も足りな過ぎるから。そのデータの活用をこの会社に委ね、そして同時にこの染料を生地と組み合わせた〝素材〟に関する特許は、この会社との共同申請とすることで話がまとまっている。
その他にも、『みなミナ工房オリジナル』の染料の特許。オリジナル染料は他に三種類あるが、一件は下請けに調合及び染布を依頼。一件は工房で完結させる商品のみで使う。つまり、糸を繰り出すところからオール美奈の手製の着物という事だ。この二件は特許を申請したけど、最後の、異世界（〝森〟）産魔法草を原料にしたもの。これは特許を申請しなかった。そもそも原料レベルで他人は調達出来ないし、おまけに特定の魔力波長を当てて安定させないと、数日で劣化するという、トラップ付。なかなか凶悪だ。
松村さんは、バイクメーカーのポスター & CM撮り。結局、松村さんがピンで撮ることになったようだ。ただでさえ「フォーマルとオフ」という二面性を打ち出そうというコンセプトだから、女優が複数いたらそれだけ煩くなるから、と。むしろこの企画が好評なら、第二段はバリエーションでソニアがピンのイメージも、という話に。
柏木は、工事現場のバイトをしないことにしたそうだ。肉体労働系のバイトは報酬が良いものの、今は頑張って稼がなければいけない状況じゃない。なら、むしろソニアと一緒の時間を多く作れるバイトが良い、と喫茶店やファミレスのバイトを選んでいる。
そう、「ソニアと一緒の時間を多く作れるバイト」、と、他ならぬ柏木が言ったんだ。
柏木は、「ソニアの気持ちを受け入れること自体に問題はない。けど、受け止めるにはまだまだ自分が未熟過ぎる。だから、成長しなきゃいけない。でもそれと同じくらい、ソニアとの時間を作って彼女のことを色々知っていきたい」って言っていた。
一方俺は、美奈の付き添いで会社訪問するときなどを例外として、大体工事現場系のバイトを入れることにしている。バイトついでに体を鍛えたい、というのもあるけれど、同時に〔慣性制御〕の面白い使い方に気付いたから、というのもあった。つまり、重量物を運ぶ時。鉛直方向の運動エネルギーを〔慣性制御〕に吸収させれば、その重量はほとんど０に出来る。その上で、進行方向に運動エネルギーを与えてやれば、大した力を要せずに重量物を運べるという事なのだから。
あまりやり過ぎると目立ってしまうし、それ以上に俺にとっての体力作りにはならないから、どちらも加減してやっているけど。
そう言えば、先日ちょっと面倒くさいことに巻き込まれてしまった。
エリスの友達の、こーちゃん。こずえちゃんと言うらしいんだけど。その彼氏さんが、エリスに一目惚れしたという事で三角関係勃発。そのエリスが「おにーちゃん以外の男なんて、がんちゅーにないの！」と言ったことで、その彼氏の憎悪が俺の方に。いや、この〝彼氏〟さん。社会人らしいけど、ガチだから。なのにこずえちゃん、「惚れてしまえば痘痕も笑窪」とばっかりに、彼氏を全面的に擁護。むしろ、ストックホルム症候群を疑うレベル。この〝彼氏〟のこと、ちょっと調べた方がいいのかもしれない。けど、エリスがそれを望むなら別だけど、そうでないのなら、ただのエリスの友人の為、と言うだけでは、ちょっと踏み込み過ぎだろう。ただそれでも、万一に備えて、通報用の警報器とGPS発信機をエリスに持たせることにした。
なんにせよ。俺自身が、仲間内からロリ呼ばわりされているだけに、ガチのペドを目の当たりにして本気で恐怖した。
取り敢えず、現状はその〝彼氏〟さんはエリスに対し、一定の距離を置いてくれているけれど、その〝距離〟は既にストーカーとして通報しても問題ないんじゃね？ って距離。こずえちゃんが必死で止めるから、取り敢えず通報は保留。
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周囲をうろついている、と言えば。
この週末あたりから、飯塚家の周りには産業スパイらしき人材がちらほら。美奈の工房（外界に作業所が無いのは不自然だからと、擬装用に用意している。ついでに商品の搬出や材料の仕入れ、商談等のスペースとして）にも、侵入者の痕跡が。新作の、『原材料魔法草の染料』のサンプルも、盗まれていた。
また、松村さんとソニアの周辺には、パパラッチが。木曜日に例のバイク雑誌の記事が掲載された号が発売され、一時は落ち着いたマスコミたちが、また活気を持ち始めたらしい。
その一方で、京都呉服商組合の関係者は、むしろ距離を置き始めたようだ。
「どうして、だろう？」
「それは簡単です。『みなミナ工房』と『京都呉服商組合』の関係性。誰かがそれを意識したら、組合側のダメージは計り知れませんから」
美奈の疑問に、武田が。
『組合』の組合長は、『水無月呉服店』の最後の社長。
そして『みなミナ工房』は、『水無月呉服店』の後継とされている。
なら、普通に考えれば、『組合』と『みなミナ工房』が疎遠、ということ自体あり得ない。そうなるのなら、そうなるだけの理由があるはず。と。
そしてそれが、犯罪（脱税）レベルで事実の為、『組合』としてはそれを疑う以前に意識すらされたくない、と。
その一方で、『みなミナ工房』が、新素材新染料や、芸能活動などで今注目を集めている。そうなると、何もしなくても『組合』との関係性に気付かれる危惧もある。
ただでさえリスクを抱えているのに、余計な手出しをして地雷を踏み抜きたくない、というのが本音のようだ。
◇◆◇ ◆◇◆
学校の方は、現在は平穏だ。
二週間後の修学旅行を前に、浮足立っている部分は確かにあるモノの、それは予定された興奮。またうちのクラスは、松村とソニアを中心にして女子が妙に団結している（それを見て、武田と柏木が泣きそうになっている）けれど、その辺りは大きな問題じゃなく。
〝松村雫にフラれた男子（女子含む）互助会〟は、夏を過ぎて更に親密になっている武田と松村を見て、嫉妬している自分が虚しくなった模様。雨垂れ式に、武田に謝罪に来ていた。その中に、例の棚橋先輩がいたのは、ちょっと意外だった。
生徒会の方も、会長不在の影響で業務が過重労働気味に圧し掛かってきていて、悲鳴を上げていた、と聞いた。だけど、その流れで一学期後半以降の会長の暴走を改めて考え直すきっかけになったという。こちらも、武田に謝罪に来ていた。
先生方は、取り敢えず『みなミナ工房』に関し、口出しをしない方針にしたようだ。さすがにポスターにCMに、更に新素材の開発に、と活動が派手過ぎて、教師レベルでは判断出来ない問題が多過ぎるのだろう。
一方学校法人理事会は、学業或いは学校の名声に傷がつかない限り、放置するというのが現在の方針らしい。少なくとも、美奈たちの活動は学校へのネガティブイメージには全くならないから、いい宣伝塔になると思っているのかもしれない。
そして、修学旅行まで、あと10日ほどとなったのである。
（2,996文字：2019/09/25初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/21 03:00掲載予 2020/08/21脱字修正）
・ 水無月美奈さんの特許申請。弁理士に依頼せず、自分たちで行いました。最近はネットからの申請も出来るようになっているので、学生なんだから勉強を兼ねて、ということで。
・ 〝森〟産の、魔法草素材の染料。「染料」の段階では、一定の魔力波動を当てて安定させないと、すぐに劣化しますが、逆に染布後は、一定の魔力波動を当てて定着させると、かなりの期間（数百年以上）色落ちしません。生地の方が、そんなに持ちません。
・ 「ソニアとの時間を作って彼女のことを色々知っていきたい」って、宏くん。それ普通の高校生が、「お付き合い」の過程ですることです。その次に来るのは、普通は結婚の話であって「告白を受け入れる」なんて段階じゃないはずなんですが。
・ こずえちゃんの彼氏：田口やすし32歳フリーター（自称）。ガチペド。PCの隠しフォルダには、〝あうろり〟動画・画像がテラバイト単位。押入れには、使用済み女児下着がたくさん。動画・画像で撮られた対象、使用済み下着の元持ち主、そのどちらにも、こずえちゃんのが含まれています。
注：「あうろり」＝「OUT Loli」＝「違法ロリ」＝「18歳未満無修正」
・ 飯塚家のセキュリティは、一般家庭レベル。平時には〔泡〕を使った周辺警戒もしていません。だから〝プロ〟なら『みなミナ工房』の作業場に容易に侵入出来ます。もっとも、親たちのモノも含め、貴重品は既に『倉庫』に保管場所を作ってそちらに預けています。
・ 飯塚家周辺には、マスコミ関係者の飛ばすドローンも。けれど何故か、このドローンは何処からか飛んできた鷹に、全機撃墜されていました。その鷹の正体は？ 次話にて。
