第08話 運転技能講習会
第01節 新学期〔8/8〕
◇◆◇ ソニア ◆◇◆
うちの学校では、毎月偶数月に、県警白バイ隊による、バイクの運転技能講習会が行われるのだそうです。
ただ8月は、夏休み中ということもあり、9月2日にそれが開催されることになったのです。
運転技能講習は、午前二時間、午後三時間の計5時間。
午前は、座学。交通安全に関するビデオを見せられ、またカンバセーション方式で運転技能や交通安全に関する講義が進められます。
午後は、実技。自分のバイクや学校が所有する中型バイクで、スラロームや急停止などの技術の再確認をするのです。
が、午前中。美奈さんは学科免除という条件で、理事長室に連行されていきました。
おそらくは、芸能事務所の件。ですが、この呼び出しに関しては、何も不安に思っていません。学校法人(理事会)とみなミナ工房(芸能プロ)の利害は、対立するものではないのですから。
確かに昨日、一件の仕事を採ってきましたけど、その内容だって学校のイメージダウンに繋がるものじゃありません。何より、理事会がイメージする「善くない仕事」より、美奈さんがイメージする「善くない仕事」のハードルの方が高いし、ユウさんのイメージする「雫さんにとって善くない仕事」のハードルは更に高いんです。
それに、強い味方もいます。実は、美奈さんの後を追うように、白バイ隊員さんの上司らしき人が、理事長室に向かいました。念の為モニターしていたユウさんの言葉では、例の悪戯電話の件らしいです。生徒会長がそのようなことをしたと理事長(と同席していた校長、生徒指導部長)に苦情を言い、一方で職務質問を受けた際の私たちの回答、及びライディングマナー等をとても褒めてくださっていました。
昨日請けたお仕事も、それ絡みの企画だと伝え、学校側も理解してくださったようです。それどころか、「交通安全運動」関係のポスターの仕事が採れそうな気配。なのに、「二学期は学校行事が多いので、スケジュールがタイトになりますから、お請け出来るかわかりません」と、美奈さんが。この回答自体が、芸能プロ『みなミナ工房』の基本姿勢を良く表しています。どこのプロダクションが、営業努力より学校行事を優先するというのですか?
午前の座学の時間が終わると、午後は実習です。技能講習に参加する生徒は、全部で64名。うち、自分のバイクを持っている生徒は、46名。うち、原付29名中型17名です。
その中型17名のうち、6名が同じバイク、同じツナギ、同じヘルメット。これは、インパクトがあります。
そして、白バイ隊員の上司さんの提案で、ツーリングの時と同じように一通りやってみろ、とおっしゃいました。ので、無線を学校の放送設備に繋ぎ、実践。
「柏木より全員、後方確認ののち乗車」
「松村、よりリーダー、後方異常なし」
ちなみに、後方確認は全員でやりますが、報告は隊列最後尾のみ。全員で報告したら時間の無駄だから。
「柏木より全員、エンジン始動。返せ」
「武田、点火、異常なし」
「ソニア、点火、異常なし」
「髙月、点火、異常なし」
「飯塚、点火、異常なし」
「松村、点火、異常なし」
「出発!」
「松村、後方確保」
改めて目視での後方確認ののち、隊列最後尾がまず道に出ます。続いてリーダー。
隊列は、一直線ではありません。奇数番が車線の右寄りを、偶数番が車線の左寄りを走る、〝千鳥走行〟という隊列の作り方です。ルームミラーを持たないバイクの場合、「千鳥を組む」ことでサイドミラーになるべく多くの仲間を捉えることが出来るのです。
とは言っても、校庭に作られた教習用のコースの場合、道幅も狭くまたコース全体が短いので、あまり意味がありませんけれど。
そして、コースを走行中、宏さんが。
「Enc!」
これは、「遭遇した」に由来する、子供や動物が飛び出したという私たちのチームコールです。このサインだけは、しつこいくらいに練習しました。ツーリング中に、一般車両に迷惑がかからないことを確認して、不意打ちでの練習も。ちなみにこのコールは、必ず先頭車両が出さなければいけないものではありません。実際、二番手以降の方が先に発見する場合もありますから。
けど、高速道路で100km/h以上のスピードでも反応出来るように練習したこのコール、どんなに頑張っても30km/hさえ出せない教習用コースでは、まるで意味がありません。しかも教官も、万が一にも事故にならないように安全確認してからダミーを出しましたから、全員がその事実を確認出来ています。というか、美奈さんの〔泡〕なら校庭のみならず校舎内の人たちの動きまで把握出来ているでしょうから。でも、それじゃあ面白みに欠けるので、リーダーがコールしたんです。
「松村より柏木、全車安全停止確認。後方確認、追従車無し。周囲確認、異状なし。以上」
ツーリング中で一番怖いのは、先行車の急ブレーキです。そしてだからこそ、最後尾のライダーが事後的ながら安全確認。そして道を封鎖する形での停車になりますので、後方確認。更に「エンク」の原因を含めた、周辺確認をして、リーダーに報告。
その間、他のメンバーは自分のバイクの確認。エンストしていたり、クラッチが噛みこんだりというトラブルが発生していないとも限りませんから。
確認が終わると、再出発。そして、作られたS字カーブや赤信号、それらを抜けて、一周。
停車予定地点前で、一斉にウィンカー点灯。左手を斜め下に伸ばして「減速・停車」のハンドサイン。
「停車。」
リーダーの号令に従いハンドサインを止め、リーダーに続いてバイクを止めます。
「柏木より全員、停車後速やかにエンジン停止。
全員降車後、センタースタンドを立て、メットを取れ。以上」
そして周回終了。
メットを取って、白バイ隊員さんの講評を聞きます。
「正直、文句の付けどころがない。走行時間が数千時間に及ぶベテランライダーで構成されたツーリングチームでも、そこまで統率が取れてはいないだろう。
キミら本当に、免許を取って一ヶ月か? どこかで無免許で練習していたんじゃないのか?」
冗談交じりの、教官の講評。ちょっとカチンときましたが、憤るほどのことでもありません。
ちなみに今回の、デモンストレーション走行には。小さからぬ意味があります。
本来、この講習は、個々人の運転技能の講習です。集団走行の講習ではありません。けれど、敢えて私たちにデモ走行をさせた。その意味。
これは、私たちのチームワークを見る為です。だらだら走る、暴走族のチームでは実現出来ない、それこそ軍事教練レベルでの練習の果てに身に着く、その技能。
それこそが、生徒会長の通報が嘘だったという、確かな根拠になりますから。チンピラが街中で肩を怒らせて歩く為に、軍隊行進を練習する訳がないように。
とはいえ、個人の運転技能としても、それこそ教科書レベルで及第点だったようです。今回の講習会で、私たちも講師補佐として、皆さんの技能講習を手伝う形になりましたから。
(2,814文字:2019/09/24初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/19 03:00掲載予定)




