第06話 工房主の週末
第01節 新学期〔6/8〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
日付が変わって、9月1日土曜日。
美奈たちは、全員で、都内某所に向かったの。交通の便を考えて、電車で。
ここは、某バイクメーカーの本社隣にある、ショールーム。の、打ち合わせ室。
本社の会議室じゃなく、こっちを使ったのは、多分美奈たちが高校生だという事に気を使ってくれたんだと思う。
参加したのは、美奈たち六人。先方は、バイクメーカーの広報担当者と、以前取材を受けた雑誌社の記者さんと編集長さん。そしてその他の助手など。
本来、こういう席に六人全員で、っていうのは、ちょっと違う。経営者と、精々マネージャーが同席する程度。だけど、美奈たちは普通のプロダクションとは違う。全員がタレントであり、スタッフであり、また経営陣なんだから。
そして先方も、美奈たちが「高校生事業者」という実情から、その辺りのことも酌んでくれた模様。ショウくん以下皆が同席することを、拒まなかったんだよ。
「うちの、あの車種は。去年末にモデルチェンジをしたんだが、今回のモデルからオフロードの走破性を前面に打ち出すことにしたんだ。
以前のモデルでも、オフロードを走ることをイメージしてはいたが。今回のモデルほど、そこまで意識はしていなかった。
だけど、オフロードとオンロード。そのどちらも走破する。それはつまり、行動の自由度を跳ね上げるということに繋がる。
そういう、あのバイクのコンセプトを考えると。『みなミナ工房』とのタイアップは、面白いほどの相乗効果が見込まれるんだ」
広報担当者さんの、力強いお言葉。でも、美奈にはまだピンときません。
「それは、どういうことなんでしょうか?」
「行動の自由度を跳ね上げる。オフロードとオンロード。
この時点でイメージ出来るのは、『ビジネススーツを着てオフロードを走破する』というものがある。ビジネススーツを着たサラリーマンが、バイクに乗る。これだけでも、充分にイメージギャップを取り払えるだろう。だけど、ただバイクに乗るのではなく、オフロードをも走破するとなれば? 〝バイク〟という乗り物の、自由さ。その可能性に、誰もが着目することになるだろう。
だけど、それでもまだ、バイクに興味がある層にしか訴えることは出来ない。
だが、それを操るのが、女子高生なら?」
その言葉を聞いて、ちょっとイメージ。
女子高生が、制服のままであのバイクに乗り、オフロードを走破する。
うん、スカートが気になるけれど、そのイメージのミスマッチさが逆に注目を集めそう。
「オフロードとオンロード。フォーマルとカジュアル。そして、大人と子供。男と女。
このバイクのプレゼンテーションで、そういったギャップを取り払える。それは、大きな宣伝効果が見込まれる。
しかも、それに加えてそのタイアップ相手は、織物商。
ライディングスーツと振袖。これほどミスマッチなものも、他にはないでしょう。
日常は、制服。ハレの日は、振袖。けれどオフは、ツナギを着てあのバイクでオフロードを。
このイメージで、ポスターを作りたいんだ」
謂われてみると、それはすごく面白い、って思えるんだよ。
「バイク」っていうのは、それに乗るのは不良、ってイメージがある。女の子なら、レディース?
だけど、ハレの日には振袖を着る、深窓の令嬢が。オフにはバイクに乗ってオフロードを走る。時には泥だらけになって、笑ってる。そのイメージギャップは、一般の人の気持ちをがっちり掴むでしょう。
その一方で、この企画は。
本物のお嬢様でなければ、成り立たない。
だからおシズさんの方をちらりと見たら。
「面白そうですね。工房長の許可があれば、お請けしたいと思います」
と、前向きの言葉を返していたの。
「いいの?」
「これは、ひとつのきっかけだ。
あたしは、基本的に芸能活動をするつもりはない。けど。
モデルは、――ファッションショーのモデルはまた別だが――最初に出演した作品のイメージが、その後も付きまとう。
そして、あたしのデビュー作は、『みなミナ工房』の着物だ。
だけど、『みなミナ工房』が織物工房である以上、同業他社からの依頼は来ないだろう。
なら、第二作。
バイク関係の仕事をする、という時点で、あたしの〝モデルとしての〟方向性が定まる。例えば、モデルじゃなく女優と考えても、この仕事をした後のあたしを今どきギャルの役どころで起用したいというプロデューサーはいなくなるだろうからね」
そう言われると、確かにそう。
このおシズさんの言葉から、この企画は前向きに進められていったんだよ?
おシズさんがピンで立つか、それともソニアとコンビで立つか。ポスターなどの静止画の場合振袖とライダースーツの二枚のショットをどういう構図で当て嵌めるか。CMなどの動画では、その両者をどう活かすか。
むしろ、動画の方のコンセプトの方が簡単だったみたい。振袖を着たおシズさんが、和傘を差して古い街並みを歩き。ある家に入って着替えをし、そしてバイクに乗って走り出す。そんな動画。
もっとも、それを聞いた武田くんが、その着替えシーンでの露出の度合いにかなり細かく注文を入れていたけど。
また、それと同時に。例のツーリング中の取材記事に関しても、その方針でまとめることになったの。
『みなミナ工房』一行と出会ったのは偶然。それを前提に措いて、けれどその事実を隠さずに。同じ紙面に『みなミナ工房』の新作宣伝スチルを上げ、更にメーカーのCMのスナップショットを付け。
ツーリング中の出会いが、偶然か仕込みか。そんなことは読者に任せ、むしろ積極的に『みなミナ工房』とのタイアップを宣伝する。それは、これまでバイクファンと言われる層とは一線を画していた人たちを、バイクに興味を持たせる為の一助になるだろうから。
◇◆◇ ◆◇◆
バイクメーカーさんとは、気持ちのいい契約を結ぶことが出来て、美奈はちょっとほっこり。
だけど、今日の仕事はそれだけじゃない。皆とは別れて、ショウくんだけを伴って。
別のお店に向かったの。
そこは、反物の卸問屋。
『みなミナ工房』に反物を卸してくれる約束をし、けれど京都呉服商組合の圧力を受けてそれを撤回しようとしている、その業者さんなんだよ?
『みなミナ工房』の仕入れ先は、京都呉服商組合の影響の薄いところ。だけど、全く影響のないところという訳じゃない。この業界で、組合の影響を受けずに済むところなんか、実際殆どないから。
普通中小零細の事業者に、組合が直接圧力を掛けることなんかない。そもそも影響力を行使出来ないほどに小規模の商いしかしていないんだから、圧力をかけてもそのコストが見合わない。
でもだからこそ、実際に圧力を掛けられたら、中小の事業者では耐えられないの。
『みなミナ工房』としても、それこそ『みなミナ工房』だけ守れればいいのなら、組合の圧力なんか怖くない。蚕の繭から糸を繰り出す工程を採用しても、現状の注文の全てを賄える生産量は確保出来るから。
だけどそうすると、取引業者(仕入れ業者)は、組合からは圧力を掛けられ、『みなミナ工房』からは取引を切られ、ダブルパンチで経営に大ダメージを与えてしまう。
だから、彼らをも守りたいのなら。
組合の圧力を、正面から跳ね返す選択が求められるの。
(2,912文字:2019/09/23初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/15 03:00掲載 2020/08/15誤字修正)
・ 女子高生が、制服(スカートの中は短パンまたはスパッツ)のままオフロードを走る。ビジュアルイメージとして、結構来るものがあると思いませんか?
・ このCMの話を請けて、雫さんはオフロード用のギア(メット・ゴーグル・プロテクター等)をメーカー系列のサプライ会社から無料で貰えました。このプロテクター。異世界に於ける軍用にも使えそう。
・ 雫の着替えシーンに於ける、露出度判定について。普通にブラまでなら良い、という雫に対し、見せブラになるスポブラでないと駄目、と雄二が。うん、学校側の猥褻判定より更に厳しかったようです。
露出度低め・セクシーさより健康的な魅力を打ち出せ且つ和服に合わせられるスポブラを、と美奈が知り合いの下着デザイナー・ランジェリーショップを駆けまわり、挙句オリジナルをデザインさせてしまう結果になります。そのスポブラ、CM公開後結構な売れ行きを示したとか。
その所為で、(セクシーさではなく健康的な若さを彩る)ランジェリー系の依頼が舞い込むようになったのは、雄二くん最大の誤算。スポブラっていっても締め付けるだけじゃなく、ゆったりリラックス的な、ルームウェア系のスポブラ(所謂「ナイトブラ」)もありますから。ルームウェア系のランジェリーモデル、って、(セクシー系を除外しても)一定の需要がありますから。ただそちらも、雄二くん規制が入りまして。ランジェリーショップの店内ポスターでないと駄目(CMや雑誌広告・屋外広告はNG)となりました。
・ バイク雑誌の表紙を、バイクのハンドルを握っている紋付袴を着た男子高生と振袖を着た女子高生が飾るという、その号は異様な光景だったとか?
・ 水無月美奈「女の子なら、レディース?」
飯塚翔「美奈、古過ぎ」
美奈「なら今は何て言うの?」
翔「……女珍走族、かな?」
・ 武田雄二「ブラを映すのはまぁ仕方がないとして、ショーツは一瞬以上は認めません。具体的には5フレーム(0.3125秒)。否、4フレーム(0.25秒)までです」
メーカー広報班「……そこまで細かい指定は、初めてです」




