第04話 生徒会が踏んでる地雷
第01節 新学期〔4/8〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
これまでの、タレント業を営んだ生徒は。芸能事務所が仲介し、学業とタレント業が併存出来るように立ち回っていたのでしょう。けれど、どちらにも経営上の利害(学校側は、生徒が単位を取れないとなると教育機関としての資質に問われる。プロダクション側は、収益に繋がらなければその生徒をタレントとしてスカウトした意味がなくなる)があり、終局的には関係が破綻(タレント業が学業に支障を来す)してしまったのでしょう。
だからこそ、「雫がタレントになる」=「最終的に学校に不利益になる」、と、短絡してしまったのです。
が、〝芸能プロに所属する〟その理由が、「無用な依頼を拒絶する為」であるのなら?
その利害は、完全な形で一致します。但し、それを判断するのは教師ではなく、学校法人の経営者サイド。つまり、理事たちです。
身も蓋もない話ですが、生徒を一人放校処分にすれば、それ以降の授業料という学校経営上の収入が一人分減少します。また、法的、或いは契約上の瑕疵なく学籍を抹消する、となれば、当然納付された授業料の返還義務が学校法人側に発生し、また損害賠償請求の責めも負うことになるでしょう。つまり、金銭的な損失が発生する、ということなんです。
よくマンガやラノベで、生徒会の意向で不良生徒を退学にする、なんていう展開がありますが。それは経営権への干渉になります。生徒は勿論のこと一介の教師風情が判断していい内容ではなくなるのです。
だから、雫の所属する芸能プロの代表者が髙月さんであるのなら。学校側(教師ではなく経営陣つまり学校法人理事会)が交渉する相手は髙月さんになり、雫と田島先生をはじめとする教師が、いくら話し合っても何の意味もなくなるのです。
そういう事情で、ボクらは生徒指導室から解放されました。いずれ髙月さんは、理事会に召喚されることになるでしょうけれど、それはまぁその時の話。それを踏まえても、芸能プロとしての『みなミナ工房』の方針が、学校法人の経営方針と相反する可能性は、ほとんどないのですから。
◇◆◇ ◆◇◆
「失礼しました」
生徒指導室を退出したボクらは、さて、と一歩踏み出そうとした、その矢先。
「武田雄二。話がある」
後ろから、声を掛けられました。
この声。聞き覚えはあります。直接鼓膜を刺激した声、ではありません。〔報道〕の魔法を介して、聞いたことがある声です。
一学期の、期末テストの直前。ボクを一日中尾行していたカップルの、男の方の声です。
それがわかったから。
「雫、髙月さん。先に帰ってください。ボクは、彼と話がありますので」
そして二人を帰し、ボクは生徒会室へ。
「それで、御用件は?」
「決まっている。生徒会長の件だ」
「そういえば、生徒会長は、停学処分を受けたそうですね? 一体何をしたんですか?」
「とぼけるな! お前がやった事だろう!!!」
さて、ボクは一体何をやったのでしょう?
「失礼ながら、ボクは何もやっていません。
警察に悪戯電話をかけ、長野県警や滋賀県警高速交通警察隊に迷惑をおかけしたのは、生徒会長でしょう?」
「会長は、悪戯電話などしていない!」
「それを判断するのは、貴方ではありません。警察が、通報に基づきボクらに対して職務質問を行い、その結果を県警並びに本校に報告し、その内容から判断された事実です。
会長は、校内では聖人君子でした。過去形で語らなければならないのは残念ですが。
けれど、警察では。そして、その管轄を超えた白バイ隊のネットワークでは。
……私怨から、行政官庁に悪戯電話をする、所謂クレーマーの一人、となってしまったんです。
それは、ボクの責任ですか? 否、違います。会長が、望んで選んだ道です。
そもそもの、ボクと棚橋先輩の確執。そこに至る動機はともかく、事実だけを見れば、棚橋先輩が仲間を引き連れ、ボクに対して集団で暴行を試みた。それが、事実です。
そして状況を確認すれば、誰であれそれ以外の要素が介在しないことがわかっていたはずなんです。
にもかかわらず、生徒会長は、ボクひとりに責任を押し付けようとした。その時点で、公正さなんてどこにもなくなっているんです。
そして、ボクと棚橋先輩は、手打ちをしました。ボクはくだらない騒動にこれ以上時間を取られたくない。棚橋先輩は、その立場上暴力事件に関与したなどと世間に知られたくない。利害が一致し、それで終わったんです。
にもかかわらず、第三者に過ぎない生徒会長がそこに首を突っ込み、騒ぎを大きくしたんです。
挙句、警察に悪戯電話をして、それを咎められ、停学一週間?
三年の、これから推薦が決まるという時期に、しかも生徒会長という立場で、停学処分。もう推薦は望めませんね。
けど、それは全て。
会長が、自分で行った行為の、結果なんです」
正直、ボクは生徒会長に対して、一切の同情がありません。
会長が行ったことに対して、ボクは一切の反撃もせず。ただその〝行為〟を理由に、会長は学校に処分された。それだけなんです。
「だったら何故! それを事前に言わなかった?」
「言いましたよ。ボクは問いました、『これは喧嘩の仲裁か、それとも会長がボクを裁く為の学生裁判か』とね。生徒会長の権限で出来るのは、〝喧嘩の仲裁〟までです。そうでない以上、既に手打ちが終わっているはずの騒動に、〝棚橋先輩に肩入れして参戦する〟って宣言じゃないですか」
しかも。
「それに付け加えるのなら。生徒会長は、『停学一週間』という処分を学校に科されたことを、感謝すべきなんです」
「……どういうことだ?」
「学校側が何ら処分をしなければ。会長に関する書類は、最悪、県警から公安に送致されたでしょうから」
不正確な事実を以て、行政機関のひとつである警察を動かした。
これが、何らかの意図をもって行われたことであれば。最悪、「テロリスト予備軍」扱いされるという事ですから。
けれど、学校側がそれに対して処分した。つまり、「これは学内の確執が外部に漏れ出ただけであり、警察機構に対して何ら思うところはありません」と表明することで、結果会長のしでかしたことは、「子供のイタズラ」で終わったのです。
「推薦の口が全滅するのと、今後一生公安にマークされるのと。会長にとってはどっちが幸せだと思いますか?
会長のしでかしたことは、つまりそれ程のことだった、ということなんです。
ちなみに。貴方の行ったことも、同次元ですよ?
ボクは、貴方が会長の指示に従ってボクを尾行していた、ということに気付いていました。だから、放置していました。
けど、もし通報していたら?
しかも、うちの学校の生徒としての立場、ではなく。各バイト先企業の人間として、〝職場を監視している人間がいる〟と、通報していたら? 『会長に命じられて尾行していた』なんて言い訳は、この場合通用しません。貴方と、そこの彼女(生徒会室内の別の女子役員を指差して)が、早朝から深夜まで、ボクを尾行していたという事実だけが俎上に載るんですから。その時、相手が『子供のイタズラ』で許してくれればいいんですけどね。
貴方が、会長をどれだけ神格化しているのかは知りませんけれど。
自分がどれだけ危ない橋を渡っていたのかは、自覚する必要があると思いますよ?」
学校という、閉じた、小さな社会。
それが全てだと思っている子供たちにとって。
今回のことは、予測することも出来ない、大きな問題だったのかもしれません。
(2,995文字:2019/09/21初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/11 03:00掲載予定)
・ 「授業料という学校経営上の収入が一人分減少します」。この場合、国から得られる補助金の額にも影響が出るでしょう。だからこそ学校法人にとって、「生徒を一人放校(除籍・退学)処分する」のは、慎重に行わなければならないのです。
・ 人を陥れる為、警察に虚偽の通報を繰り返した。これは普通に「偽計業務妨害」に相当します。が、実際警察がどの程度の処分を科すかは、通報者とその対象者、並びにその事情その他を勘案して、警察官の裁量で決められることでしょう。「警察に対する偽計業務妨害」=「公安送致」は、さすがに極端過ぎるでしょうから。その一方で、学校が生徒会長を処分したことで、警察側は『大目に見る』理由になるのです。




