第03話 生徒指導室にて
第01節 新学期〔3/8〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
今日は、始業式とHRだけで終わります。だから帰ってエリスを迎えに行こう、なんて話していたら。
「松村。ちょっと生徒指導室に来なさい」
田島先生が。
「理由をお尋ねしても?」
「お前の、タレント活動について、と言えば、わかるか?」
傍で聞いていたボクも、よくわかります。と。
「なら、美奈も行かないといけないね。武田くんも、だよ?」
と。
「否、みなd……髙月と武田は、今は用はない」
「用はあります。先生が知らないだけで。あとになって改めての呼び出し、となると面倒くさいので、同行させてください」
◇◆◇ ◆◇◆
生徒指導室に、ボクら三人が入室して。田島教諭が、口を開きました。
「松村。お前のタレント活動について、学校側から物言いが付いた。今のままではお前の学業に影響が出ないとは言い難い。よって、お前のタレント活動を、全面的に禁止する」
成程。そういう理屈ですか。でも。
「田島先生。残念ながら、それは先生や学校が裁定出来る領域を、既に逸脱しています」
ボクの口から、否定の言葉。
「どういう意味だ?」
「簡単なことです。〝タレント〟、とは、独立した事業者です。事業者が、取引先と契約を結ぶ。それに関して、第三者に過ぎない学校側が、干渉することは出来ません」
「な! 何を言うか。これまでも、我が校の生徒がタレントとして芸能活動を行ったことはある。しかし、その生徒の芸能活動は、全て学業に影響が出ないように、という前提で行われていた」
「そこが、勘違いなんです。タレントは、芸能事務所に所属します。そして芸能プロは、エージェントとして関係者の利害関係を調整し、契約を円滑に締結する為に立ち廻ります。
エージェントの立場では。未成年であるタレントが、その所属する学校の運営方針と異なる方向で芸能活動を行えば、芸能プロと学校、正確には学校法人と立場が対立します。だから、その利害関係を調整する必要があったんです。
一方、芸能プロに所属していないタレントは、どんな仕事を取るか本人の意思です。
そして、同様に。生徒は、私立学校である本校と、契約を締結しています。その授業を修め、一定の学識を蓄積し、そして学校教育法の定める単位を取得して卒業する、という契約です。
だからこそ。独立事業者であるタレントに対しては、学校との契約に矛盾がない限り、タレント自身が結ぶ他の事業者との契約に関し、学校側が干渉する権利はないんです」
これが、給与所得者と事業所得者の、違いです。
「だが、学校は成績不良の生徒に、アルバイトを禁止する権利がある」
「そう、〝アルバイト〟なら、禁止する権利があるんです。が、事業者の商事契約に物言いをつける権利は、ありません」
「だが! これまでも、タレント業をした本校生徒に対し、学業を理由にそれを禁止した事実もある!」
「勘違いしないでください。それは、事業者であるタレントと、学校の交渉、ではありません。タレントの代理人であるプロダクションの担当者が、学校の意向を汲んだだけです。
それ以前に。先生は、〝労働者〟と〝事業者〟の、区別がついていません」
「……どう、違うというのだ?」
「まず、労働者は。監督者――経営者や上長――の指揮監督下で仕事をします。それを逸脱した行いは出来ません。そして、業務内容や労働時間について、労働者側の裁量で変更することも出来ません。また、業務内容について何らかの瑕疵が生じた場合、その責任は、労働者自身ではなく上長、会社が責任を負わなければならないのです。
対して、事業者は。自己の責任で仕事をします。その労働時間は――取引先の都合もありますが――自分の裁量で変更出来ます。そして業務内容について何らかの瑕疵が生じた場合、一義的には事業者自身が責任を負わなければなりません。
そして、タレントは事業者です。だからこそ、仮に学校側の干渉により、請けた仕事に穴が開いた場合、その損害は一義的にタレントが責任を負い、そしてその元凶となった学校にその責任を追及するでしょう。
そして、そう言った利害関係の調整をする為に、芸能プロが存在するのです。だからこそ、この学校の生徒がタレント業を行う場合、そのタレントのマネージャーが、利害関係を調整する為に、学業への影響を最小限にするようにスケジュールを調整するのです。
タレントとなる生徒と、学校の間でも契約は結ばれています。タレントである生徒は、授業を受けて学識を積み上げる。学校は、生徒であるタレントに惜しみなく知識を与える、という契約です。
だからこそ、その契約が破綻した訳でもないのに、タレント業をしている、というだけの理由でその生徒を放校等の処分しよう、と考えるのなら。契約違反を問われるのは、学校側です」
アルバイトは、つまりバイト先の経営者又は上長の、指揮監督下で仕事をするという事です。なら、その〝指揮監督〟されたうえで命令された内容が、学校の方針と矛盾することもあるでしょう。或いは、その労働内容が労働基準法や児童福祉法に反するものである場合もあります。それに対し、学校は「保護者の代理として」生徒を守る為にそれを禁止する権利があるのです。
が、事業者の場合は、そもそも根拠法が違います。未成年を使うことで抵触する法律は、民法第5条(未成年者の契約は保護者の意思で解除出来る)と刑法175条(猥褻物の頒布)並びに児童ポルノ法です。しかもそれは、取引先業者と、仲介業者たる芸能プロダクションに追求される法律なんです。
つまりこの場合、先生が話し合うべき相手は、芸能プロダクションの代理人乃至は取引先の広告代理店等。タレント本人ではないんです。
勿論。そのタレントが、児童福祉法や刑法、児童ポルノ法に違反する内容の仕事を受注した結果、学校側がそのタレントの在籍が学校の不利益となると判断し、そのタレント生徒を放校処分にした、という実例はあるでしょう。けれど現状に於いては、雫を放校処分するだけの法的根拠は、全くないんです。
そもそも、今回の問題は。『みなミナ工房』のモデルとなった雫に対し、芸能関係者が取材だの引き抜きだの出演依頼だのを学校に向け、結果学校運営に支障を来すレベルで迷惑を被った、というのが問題の端緒だと思われます。でも、だからこそ。
今、ボクと髙月さんがここにいる意味があるのです。
「田島先生。『みなミナ工房』は、芸能プロダクションとして登録しました。これはすなわち、そういった問題の窓口を、髙月さんのところに一本化する、という意味を持ちます。ですから、学校側に問い合わせがあった場合、『みなミナ工房』にぶん投げてくださって構いません。
また、雫……松村さんのマネージャーとしては、ボクが登録されています。ですので、松村さんの芸能活動が、学業に支障を来す危惧がある場合、それを調整するのはボクの仕事です。
もっとも。松村さんたちが、芸能活動を〝しないで済む〟ように、『みなミナ工房』を芸能プロとして登録した、というのが実状ですが。
それでも、様々な関係性、縁の絡まりにより、断り切れない仕事も舞い込んでくるかもしれません。その場合、その影響が学校に及ばないようにする、及んだとしてもそれを最小限に抑えるようにするというのが、ボクの仕事です」
この先は、法律と契約の話。残念ながら、クラスの担任教師風情がしゃしゃり出る局面ではないのです。
(2,988文字:2019/09/19初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/09 03:00掲載予定)
・ 学校は、生徒が事業者になることを禁じることは出来ず、その事業に基づいて取引先と契約する内容に干渉する権利はありません。わかり易く言うと、「誰に雇用されるか(給与所得者)」という問題に干渉することは出来ますが、「誰と契約するか(事業所得者)」という問題に干渉する権利はないんです。だから学校側が出来るのは、「まだ結ばれていない契約」について学業との兼ね合いを考慮してもらうことと、「既に結ばれた契約」の内容に基づき生徒に契約不履行(学業に支障を来した)を責める事、だけです。
・ 労基法逃れ(正確には「働き方改革」逃れ)で従業員を外注事業者にする会社があると聞きますが。裁判になれば会社必敗です。挙句、労基法違反と脱税のダブルパンチ。コロナ禍のような環境下では、フリーランスは真っ先に切り捨てられますから、実は会社にとって一方的に有利なんです。その事実を伏せている時点で、企業に勝ち目はありません。
・ 「先生(学校)が話し合うべき相手は、芸能プロダクションのエージェント」。これは、タレントの契約交渉並びに締結仲介は、プロダクションに一任するという、タレントと芸能プロの契約に基づきます。もし芸能プロに所属していながらタレントが個別に第三者と契約交渉を行えば、それこそ令和元年にワイドショーを騒がせた「闇営業問題」になるのです。……闇営業自体が契約に違反しているのに、その相手が反社会的勢力という事で、あの問題は大きくなったのです。
・ エージェントは、契約に至る前の、その条件の調整で学校側と折衝します。学校は、その段階で「学業に支障を来さないように」と要求をするのです。その条件が満たせないのであれば、「学生兼業タレント」である為に契約内容を修正するか、それとも学生という立場を放棄して「専業タレント」になるか。その選択も、事業の方針に従います。
・ 武田雄二くんは、ここで児童福祉法云々を語っていますが、実は児童福祉法は未成年事業者には直接関係ありません。未成年事業者は民法第5条で、保護者の承諾なく契約を結ぶことは出来ませんが、逆に本人の意に沿わぬ契約を保護者が強要した場合、児童福祉法が規定する保護対象児童となる可能性がある、という程度です。ちなみにその場合、学校は「保護者代理人」として未成年タレントである生徒を保護する権利があります。




