第02話 転校生、襲来。或いは、「進撃のソニア」
第01節 新学期〔2/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
『飯塚そにあ』。
生徒会長のいない二学期の始業式が終わり、掲示板に掲示された生徒会長が一週間の停学処分を受けたという告知に無数の噂が交錯し。
その後のHRで、担任の田島が〝彼女〟を教室に招き入れ、黒板にそう大書した。
「アイルランド出身の、飯塚そにあくんだ。諸般の事情で、うちのクラスの飯塚の家に養子縁組し、日本に来た。外国人扱いすることなく、仲良くしてほしい」
そう説明するも、クラスの騒めきは収まらない。
当然だろう。赤に近い茶の髪、空の色を思い浮かべる薄青の虹彩、日光に弱い白い肌は、日に焼けてちょっとシミのようになっている。
ちなみに、彼女の背中、ブラのホックの位置から掌一つ分上のあたりから腰のベルトの位置あたりまで。このあたりの日焼けの跡は、かなり酷い。
何故それを知っているかって? その場所は、本人の手が届かない場所であり、夏に彼女が着ていた水着のトップスの構造上露出していた部分。それでいながらオレが変な遠慮して、サンオイルを中途半端に塗っていた部分だからだ。つまり、オレが悪い。
ともあれ、その四肢は武人らしく引き締まり、筋肉がついているようには見えないのに余計な脂肪は胸と腰にしかついていない。身長は164cmだから武田と同じくらい。
そんな、彫りの深い北欧的美貌を纏った、ソニア。
それが日本の高校の教室に降臨したんだ。騒ぎにならないはずがない。
そして、その口を開く。
鈴のような軽やかな、だけど部隊全員の耳に届くくらい、よく通る声で。
「飯塚そにあです。これまではアイルランドに住んでいました。当時は『ソニア・マックグード』と名乗っていました。私の個人的な事情で日本に来て、今後『飯塚そにあ』を名乗ることになります。これからよろしくお願いします」
当然それは、作り話。でも真実より、よっぽど真実味がある。
と、クラスでもお調子者に数えられるある男子が、挙手もせずに発言した。
「どんなタイプの男が好みですかぁ?」
こいつ、デリカシーって物が無いのか? と思ったら。
「言葉で表現するのは難しいです。
けど、そもそも。
私は、このクラスの柏木宏さんのことが好きです。その為に、生まれ持った国を捨て、生まれた家の姓を捨て、日本の国籍を取得する程度には。
ですから、他の男性のことは、申し訳ありませんが眼中にありません」
! ソニア。……言いやがった。はっきりきっぱり。
頭を抱えて机に突っ伏す。クラス全員の視線がオレの方を向いているのがわかるから、それ以外今のオレに何が出来るって言うんだ!
「ええと、飯塚くん」
「翔さんと混同しますので、『そにあ』で結構です」
「ではそにあくん。我が校では、不純異性交遊は――」
「好きな人と添い遂げる為に、日本の国籍を取得することの何処が不純なのか、是非具体的に説明してください。
昨今の社会情勢では、グローバル化の煽りも受けて国際結婚をするカップルの数が増えていると聞きます。けど、一度関係が破綻した時、両者の国籍の違い、それぞれの国の国籍取得要件の違いなどを理由として、子供の国籍や認知に関して多くの問題が生じており、それは外交問題にまで発展しています。
ならば、どちらかがそもそも出生国の国籍を放棄し、相手の国の国籍を得てから、その国の法律に則って結婚することで、そう言った問題からは疎遠でいることが出来ます。
私がそれを行う為には、私の血縁上の両親、日本での私の保護者となってくださった飯塚の御両親、そういった大人たちの理解と協力が必要になりました。
不純な動機で男性との交友を求める女の為に、大人たちが理解し、協力してくれると思いますか?」
ソニアの論法は、実は詭弁に類する。けど、それに対する反論が学校側に用意されていないのも、事実なんだ。
田島の言う「不純異性交遊」とは、勉学に手がつかなくなるほどの恋慕、多感な思春期真っ只中の高校生の迷惑になるほどのいちゃらゔ、避妊考えない性交渉、そして計画外の妊娠・中絶。そういったことを指している。けれど、そこに明確な定義はなく、だから生徒会や風紀委員、教師の主観でそれを指弾することになる。
対するソニアは、個人の恋愛を国籍法という法律問題に拡大し、更に外交問題のステージで語っている。「校則で恋愛を禁止出来ても、(民法で定められている)結婚を禁止することは出来ない」という理論だ。ソニアの反論に更に論駁しようとすると、法律論・国際条約論を語らなければならなくなるのだから。
否、違う。ソニアは、田島に反論する体裁で、オレに対して宣戦布告しているんだ。「私はこれだけの覚悟を見せている。貴方もそろそろ男を見せて」、と。
しかも、ここでこう言ったことで、うちのクラスの女子は全員、ソニアの味方になるだろう。男子はオレの敵になりこそすれ味方になることだけはあり得ない。
……有翼騎士団の基本戦術は、集団突撃・後方展開だろう? こんな、まず周りを出城で固めて堀を埋め、城壁を崩してから交渉を始めるような真似は――。
ア=エト式戦争概論、か。このままだと、反撃する余地すらなく武装解除させられて無条件降伏しかなくなりそうだ。
正直、ソニアは美人だ。性格も良いし、真っ直ぐオレに好意を向けてくれる。それが嬉しい。
だけど。ソニアは歴としたエリートだ。その経歴の全てを捨てて日本に来たというだけで、その愛が重い。その上こっちでだって、一廉の人物として遠からず周知されるだろう。
オレは、ソニアの隣に立つに値する男なんだろうか?
◇◆◇ ◆◇◆
反論出来なくなった田島の代わりに、ソニアに向けてクラスの男女から次々と質問が飛び出す。
柏木のどんなところが気に入ったの? 安心出来る雰囲気。
柏木との出会いは? 知り合いが翔さんに会いに行った時、一緒にいた。
柏木のことを好きになったのはいつ? 多分ひとめぼれ。自覚したのは、ずっと後になってからだけど。
自覚した時のことを、具体的に。シズさんがユウさんに告白していたのを目撃して、お二人のように自分が誰かと並び立つときのことをイメージしたら、そのイメージの中で隣に宏さんがいた。
柏木からの返事は? まだ保留。私もまだ、正式には告白していませんから。
……告白していないのに、国籍まで移しちゃったの? 後悔しない? この想いを胸に抱いたことを、後悔するはずがありません。むしろ、生涯の誇りとするでしょう。だからこそ、国籍の問題も、大きなことではありません。
柏木とえっちした? 告白し、気持ちを受け入れてもらった訳でもないのに、性交渉などするはずはありません。もっとも、ご両親の許可はいただいていますので、宏さんが受け入れてくださればすぐにでも。ただ卒業までは、避妊を忘れる訳にはいかないでしょうけれど。
……前言撤回。
この想いが〝純粋〟でなくて、どんな想いが純粋だ?
この想いを〝不純〟と言える人間が、少なくともこの学校に一人でもいるのか?
オレは、最低でも。
これだけの想いを、正面から受け止められる男にならなきゃいけないんだ。
(2,834文字:2019/09/19初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/07 03:00掲載予定)
・ 8月19日の、海水浴の結果:
美奈……翔がちゃんとサンオイルを塗ってくれたので、被害なし。
雫………雄二が興奮しすぎていい加減な塗り方をしたので、水膨れに。後、火傷に良く効く軟膏をしっかりねっとり念入りに塗ってもらいました。
ソニア…宏がドキドキし過ぎていい加減な塗り方をしたので、水膨れに。後、軟膏を塗るときも遠慮がちに塗った所為で、まだシミが残ってます。
エリス…翔がちゃんと塗ったから? 玉の肌にシミひとつありません(ショゴスが日焼けするの? とは言っちゃいけない。そもそもサンオイルを塗る意味は?)。
・ 「サンオイル」は日焼け止めの一種ですが、「焼かない」為のモノではなく「綺麗に焼く」為のモノです。「タンニングオイル」のように「真っ黒に焼く」為のモノではありませんが。
・ ソニアの実年齢:28歳処女。田島教諭の年齢:29歳独身素人童貞。実は、軍人として多くの人と向き合っていたソニアと、「学校」という限定された社会で生徒という圧倒的弱者としか向き合ったことのない田島教諭では、経験と積み重ねられた格が、まるで違います。……どちらもまともな恋愛経験はないようですが。
・ 柏木家のご両親と、入間双葉さんは、旅行時にソニアの気持ちを聞かされたので知っています。既にそれを踏まえた話し合いも個別に行っており、包囲網は着実に狭まっています。一方でソニアの実の両親は、宏くんのことを知りません。成人して独立した子供が誰と結婚するかとか、どんな人生を送るのかは、その子自身の問題で親が気にすることじゃない、という異世界(ドレイクに限らず)の民間人の全般的な社会観から。
・ 自分が圧倒的に有利になるまで戦端を開かない。それが飯塚クォリティ。
・ 流れ弾が致命傷レベルで直撃した雫と雄二。宏くんと一緒に、頭を抱えて机に突っ伏しています。




