第01話 夏休み最終週
第01節 新学期〔1/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
平成30年の夏休み最後の10日間。
オレたちは、普通の高校生のように過ごした。
8日バイトして、2日遊ぶ。そして勉強は『倉庫』の中で。
直近のオレたちは、もう労働基準法にケンカを売ってまでカネを稼ぐ必要はなくなっている。だから、普通の高校生らしい、余裕を持ったバイトスケジュールを組んだ。
ちなみに、武田のデータ入力の内職に関しては、飯塚父の会社で問題になってしまったらしい。というのは、一学期後半の武田の内職の仕事量と消化ペースを考えると、会社全体としてキーパンチャーのパートや外注の需要がなくなってしまうんだ。オマケに一般従業員がすべきデータ入力・プレゼン資料の作成まで武田ひとりで出来るとなると、会社単位で武田ひとりに大きく依存する形になってしまう。
武田が、飯塚父の会社の正規従業員だというのであれば、会社の構造再編成に繋がるだろう。無駄な外注と無能な営業職を一斉解雇して、武田の報酬を倍にすれば、会社の経営はかなりスリムになる。が、武田は一高校生であり、将来の進路の中には飯塚父の会社に就職する、という選択肢が現時点では存在しない。
なら、このまま武田に依存を続ければ、武田の学業スケジュールに会社の業務が左右されることになり、また武田が卒業して別会社に就職したら、武田に依存していた部分を改めて自社で、或いは外注に任せて業務を行うように構造再構築(それもスリム化じゃなく肥大化の方向で)をしなければならなくなる。
こういう話は、実社会では少なくないそうだ。前任者の能力が優秀過ぎて、後任者一人で前任者と同等の業務が出来なくなるという問題。これで後任者が無能だというのであればそれはそれで一つの評価になるけど、前任者の前の担当者がその後任者と同等の能力だった場合。前任者が優秀過ぎて、その前の担当者がやっていない仕事に手を出して、それを熟すことで業務が劇的に改善する。けど任期があるので後任者に引継ぎをすると、前任者相当の能力が無いと消化出来ない仕事量になり、スリム化したはずの組織構造が元に戻ってしまう。しかもその時は、前任者の前の担当者時代にその仕事をしていた人たちはもういなくなっているので、新たな人材教育も必要になり、結果経営コストは前より増えてしまう、という問題だ。
普通の人材は、無能より有能の方が歓迎される。けど、任期があるなど将来その職場から離脱することが確実な人材が、優秀過ぎて逆に迷惑になる問題。解決するには、業務を限定するしかない。
結果、武田の下に回されるデータ入力の内職は範囲が限定され、或いは本当に緊急の案件のみが武田に依頼されることになった。
その一方で。オレたちも一学期後半の怒涛のバイト月間で、学んだことがある。
身も蓋もない話だけど、「カネはあればあるほどいい」ってことだ。
オレたちは、当初500万円を一つの目標にしていた。だけど、予算500万円だと、バイクの予算上限はオプション込みで60万円くらいになり、250ccクラスが精一杯になっただろうし、その他多くの取捨選択(買うべきか見送るべきか)が迫られたはずだった。
だけど実際は、何だかんだ言って1,000万円を超える金額を稼得することが出来たことで、バイクも現在のモノを選べたし、その他多くの問題に関して選択の自由(この品質で妥協するか、もっと良い物を選ぶか)を行使出来るようになっていた。
旅行が終わって、また異世界で当座に使うであろう現代科学機械類も一通り準備出来たことに伴い、今のオレたちは夏前のように死に物狂いで働く必要はなくなっている。それでも。必要になってから働くのでは苦労が大きいから、普段からお金を貯めていこう、という話になったのである。
髙月は。早速仕事にとりかかっている。
ツーリングの最中、武田が松村と共に松村の親父さんに挨拶に行っている時。『倉庫』を開いて銀渓苑の仲居服のデザイン画を描き、何種類か試作して、それをオレとソニアに着せ、写真を撮って双葉姉さんのところにメールしていた。
注文を請けた二日後に、試作の写真が出来上がったことに、双葉姉さんは『倉庫』の理不尽さを感じていたと笑っていた。
髙月は飯塚家に戻った後で試作仲居服(実物)を銀渓苑に郵送し、8月29日に正式に水無月ミナの署名捺印済みの契約書が銀渓苑に郵送されることになった、ようだ。
けれど、その材料である生地・反物の仕入れルートに京都呉服商組合からの圧力がかかり、その対策を考える必要が出ている、という話だ。「さすがにウザいからって、組合の総会を〔クローリン・バブル〕で大掃除する訳にはいかないし」と、武闘派を通り越したテロリスト宣言をする髙月に、ドン引きしたけど。
また、オレと松村とソニア、そしてエリスの四人は、『みなミナ工房』所属タレントとして正式に登録されることになった。武田も松村のマネージャーとして『みなミナ工房』正社員として登録され、オレはソニアのマネージャー兼任で(だからタレントとしての報酬と、マネージャーとしての給料が別口で支払われる)。もっとも、「仕事をする為」のタレント登録じゃなく、「依頼を拒否する為」のタレント登録だから、現状は当然仕事がない。マネージャー業の給料は毎月定額で支払われることになっているけど。
それに伴い、ツーリング中に取材を受けた、バイク雑誌の記事も一旦差し止めをお願いしたという。『みなミナ工房』の営利目的の宣伝記事と認識される恐れがあると判断した訳だ。その一方で、逆にメーカーとのタイアップを提案されているという。
ソニアの編入とエリスの小学校入学の準備も、着々と整っているらしい。
ソニアは、編入試験を悪くない成績でクリア出来、結局俺たちと同じクラスに編入することが内示されているようだ。ソニアは、戸籍上は「出生してから三年以上継続して国内在住」という要件で日本国籍を取得したにもかかわらず、住民票上では「外国(アイルランドが選ばれたらしい)からの移入」という建前になっている為、編入は「帰国子女」扱い。外国人子女が諸般の都合で日本の飯塚家に養子縁組した挙句国籍を取得した、ということになるので、「なら落ち着くまでは、家族である飯塚翔と一緒のクラスの方がいいだろう」と学校側が配慮してくれた模様。
エリスの入学に関しては、そんな難しい問題じゃなく、「諸般の事情で未就学となっていた子の、小学校入学」という体裁。学校側は色々配慮しようとするだろうけれど、エリスのことだから何も心配はいらないだろう。
そして、平成30年8月30日木曜日。翌日の始業式を目前にして、夏休みの宿題の総仕上げ。という名目で、「繰り返し学習in『倉庫』」。三年までの全分野の総学習の二周目が行われた。宿題は、実は8月初旬には全て終わっていたから。
◇◆◇ ◆◇◆
31日金曜日。始業式の日の朝。
二つのニュースが教室を席巻していた。
ひとつは、「うちのクラスに外人美少女転入生がある」という話。
そしてもうひとつ。「生徒会長が停学になった」という話だった。
(2,863文字:2019/09/19初稿 2020/06/30投稿予約 2020/08/05 03:00掲載 2020/08/05衍字修正 2022/07/02脱字修正)
・ 武田くんのオーバークォリティ問題は、「ツーリングに行くから二週間仕事出来ません」と告知したら、会社中から悲鳴が上がったことで発覚しました。
・ 「バイトがマクロを組んで作業時間を大幅に短縮したら、老害上司に怒られた」というネタがネットではありますが。これも実は「オーバークォリティ問題」。誰も彼もがマクロを使える(メンテナンス出来る)訳じゃないし、マクロを使えるバイトは本来、相応に賃金が高くなるので、会社にとっては迷惑なんです。安い労働力だからバイトを使っているのだから。
・ 有能な有期労働者・管理者が考えるべきことは。「一人で三人分の仕事する」ことではなく、「後任者が半人前でも一人前の仕事が出来るようにシステムを整える」こと。有能な人が一人で回す組織より、無能でも不都合なく動く組織の方が求められますから。もっともその結果が「AI依存」。「無能な従業員でも構わないなら、入力されたプログラム通りに動くAIの方が、(賞与や定期昇給を求めない分だけ)効率的じゃないか」、と。
・ 国籍法と住民基本台帳法は、管轄省庁が違います(外務省と総務省)。外国からの移入(住民基本台帳上の問題)の場合、前居住地発行のパスポート、或いは前居住地日本領事館発行の日本国のパスポートで入国確認出来れば、国籍取得理由の確認はされません。なお、パスポートの偽造は旅券法に違反します(こちらも外務省管轄)。
・ ソニアの場合、戸籍には「国籍法第八条第一項第4号に基づく」国籍取得と書かれますが、住民票には「アイルランドからの移入」と書かれることになるのです。パスポートの新規取得時には、「海外渡航歴なし」の真っ新なものが発行されます。
・ ついでにおまけに。国籍(戸籍)取得が成立した後で、その根拠資料に不備や虚偽記載があった、ということが判明しても、それは取得取り消しとなる要件にはなりません(その虚偽記載等が犯罪要件に該当していればまた別ですが)。敢えて言えば、裁判所に訴え出て国籍無効の判決を勝ち取れば、それで成立しますけど、その場合の当事者適格が認められるのは、国籍取得した本人のみ(養子縁組の場合は、その養親も)。誰も自分に不利になる裁判なんて起こさない、というのが結論。そしてだからこそ、国籍取得は簡単にはいかないのですが。




