第43話 海辺の休日
第08節 夏の終わり〔1/3〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
武田くんとおシズさんが酔い潰れているから、今日の予定は全部キャンセルだよ。
予定では、午前中におシズさんのお父さんに詫びを入れて、午後はおシズさんにこの街を案内してもらうつもりだったの。だけど、この状況じゃぁ真面目な話なんか、出来やしないし。
おシズさんをモデルにした件については、酔っ払い相手に簡単に説明して済ませる訳にはいかないの。
実はあの後も、かなりしつこく取材やら芸能事務所のスカウトやらがやって来て、色々考えた挙句、『みなミナ工房』を芸能プロとして登録して、おシズさんたちをその所属とした方がいいのかも、って話になっている。そうすれば、少なくともプロダクションの勧誘はシャットアウト出来る。そして出演依頼は、美奈やその代理人が交渉出来るようになるから、おシズさんの負担は最小限になる。……もっとも、『みなミナ工房』には、芸能界への伝手がないから、断り切れない依頼が舞い込む危険を回避することは出来ないけれど、それはおシズさんが無所属でいる時も同じ事だから。
だけど当事者一同が酔い潰れていてそんな面倒な話は出来ないから。……酔っ払い相手に「おたくのお嬢さんを芸能プロに所属させます」って、どんないかがわしい勧誘よ!
だから一日、松村酒造の所有する畑の手伝いをして過ごして。
夕方には酔っ払いどもはその酔いが醒めたけど、まぁそれはまた別の話として。
そして美奈たちの宿も引き払い、おシズさんのお母さんのご厚意に甘えて松村家の客間に泊めてもらうことにして。
更に翌日、8月19日日曜日。
ようやく、その事を真面目に話せるようになったの。
「ああ、構わん。全てキミが善いようにすると良い」
……えっと。
話は、10秒で終わっちゃった。それも、無関心に放言されたんじゃなく、満面の笑みと共に全幅の信頼を込めて。
「あの、『みなミナ工房』が、おシズさんの意に沿わない仕事を押し付けるかもしれません。そういうことを、警戒なさらないのですか?」
「ありえんだろう。ならそんなことを考えるのは、時間の無駄だ。
雫の友人がどんな人間かは、雄二くんを見て知った。だからそれ以上、心配する理由はない。
第一、キミの工房を芸能プロダクションとして登録するという話は、雫を守る為だろう?」
「いえ、お嬢さんだけに限定した話じゃありませんけど」
「同じことだ。うちの娘を積極的に売り出したい、というのなら話が変わるが、うちの娘を含めたキミの友人たちを守りたい、という理由でキミが自分の工房をプロダクションとして登録する、というのなら、応援することはあっても反対する理由にはならないからな。
……雫。どうせなら、『みなミナ工房』に所属する女優として、『松村酒造』の酒を宣伝するか?」
「……お父さん。何処まで箍を外すんですか?」
「ふん。芸能界の活動など、碌でもないと思っていたがな。
それは、プロダクションが所属タレントを使い潰すからだ、と今理解した。
『みなミナ工房』所属タレントなら、そんなことにはなるまい。
モデルとしてだろうと、歌手としてだろうと、女優としてだろうと。
お前がやりたいと思い、水無月殿が差配出来る仕事なら。遠慮なくすればいい。保護者の承諾が必要だというのなら、いくらでも印鑑を押そう」
うぅ。松村氏の信頼が、ちょっと重い。
と、おシズさんが。
「……それが、アダルトな仕事でも?」
「お前がそんな仕事を請けるのを、雄二が認めるか?」
「認めません。雫は、身内相手にはちょっと無防備過ぎるところがありますから、余計に第三者に肌を見せるようなことを、許すつもりはありません」
「ちょ、雄二!」
「ははは。つまり、そういう事だ。なら、何も心配あるまい」
うん。おシズさんのマネージャーとして、武田くんを登録しておく必要も、あるかな?
おシズさんは武芸に長けているけど、やっぱりボディーガードを兼ねたマネージャーは必要だし。そしてそう考えると、(魔法を使った暗殺まで選択肢に入れて)武田くんの手札が一番多い。武田くんに任せておけば、おシズさんの安全は確保出来るんだよ?
◇◆◇ ◆◇◆
次の目的地は、武田くんの家。松村酒造から、550km以上離れてる。私たちの住む町から京都までと、おんなじくらいの距離。
ネット地図では大体6時間強、って計測されているけど、休憩その他を挟むと、9時間弱、ってことになる。朝9時に出発しても、到着予定時間は夕方の6時。
今回のツーリングの最初、家から京都まででは、途中で一泊した。だけど、今回は敢えて一日でこの距離を走ることを予定している。長距離走行のリスク把握、の意味もあるから。
それでも、可能な限り安全マージンを確保する為に、今日の朝6時台にスタートするつもりだった。のに、酔っ払いどもの所為で、午前中の出発は不可能に。
なら、むしろ。もう一日スケジュールを延期して、明日の朝出発にしよう、って話になったの。その代わり、空いた一日(半日)で、少し遊ぼう、って。
この街は、東北地方日本海側。メジャーな海水浴場でも太平洋側に比べて芋洗いには程遠い。ここは能登半島より東寄りだから、オホーツクから流れ込む海流の所為で海水温はちょっと低いけど、気温を考えたらむしろ快適と言える。そして天気も、ちょっと雲が多いけど雨の気配はなく。
考えてみれば、夏休みが始まってもう四分の三が経過する。にもかかわらず、海水浴のひとつもしていないっていうのは、健全な高校生の夏休みの過ごし方って言えないと思うから。
だからおシズさんのお母さんに、地元の人しか知らないような、穴場の海水浴場を教えてもらい。ただ「海の家」みたいな施設はない、って言われたけど、『倉庫』がある美奈たちには関係ないし、ない方が気楽だし。
実際に行ってみたら、本気で人がいないその浜辺で。
美奈たちは、童心に帰って遊んだんだよ?
◇◆◇ ◆◇◆
美奈は、ワンピースタイプ。子供っぽいかな? とは思うけど、それでもショウくんの視線が泳いでいたから満足。うん、そろそろ美奈たちの関係を進めても、誰も文句言わないだろうし。
おシズさんは、セパレート。トップスは胸を締め付ける、っていうより見せつけるデザインで、ボトムスは脚を魅せるハイレグTバック。完全に、攻めて来てます。
ソニアも、セパレートでタンキニ。海水浴や肌を見せる衣装は、向こうの世界ではまだ一般的じゃないけれど、だからこそこっちでは頑張って。トップスがベビードールみたいにブラトップからシースルーのレースがおへそまで広がる奴だから、下手に肌を見せるよりセクシーかも。
そして遊びの気配を感じたからか、『倉庫』経由でエリスも。こっちはピンクのフリル付きワンピース。色っぽさは無縁だけど(ってか八歳で色気を醸し出したら社会生活が不安になるレベルでの性犯罪者ホイホイだけど)、年齢相応の可愛さを見せている。多分琴絵お義母さんの見立て。
当然、全員「人気のない穴場の浜辺」ってことでのチョイス。うん、一学期に何種類かの水着を買っているの。セクシーなのから無難なのまで。そして第三者の目線がないってことで、女子全員、思いっきり攻めの姿勢になってみたってこと。
男子は全員、前かがみ気味だったけど、楽しいひとときだったんだよ?
(2,931文字:2019/09/16初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/30 03:00掲載予定)
・ 重要な話は午前中にするのが、スマートな商談です。
・ ビーチで遊んでいる時。水無月美奈さんは、〔泡〕を飛ばして第三者がビーチに来たり、或いは覗き見たりする不届き者がいないかどうかを監視していました。武田雄二くんもまた、〔球雷〕と(風下に)〔クローリン・バブル〕を配置して、ノゾキ対策。美奈さんは確認だけですが、雄二くんは覗即殺の方針で。地域の方の為にも、ノゾキが出なかったことを皆さん喜びましょう。




