第40話 キミの道とボクの道
第07節 泪の雫を、呑み干して〔2/4〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「それはつまり、キミは、雫より自分の夢を選ぶ、と?」
雫のお父様が、ボクを睨み。
けど、その言葉は。根本的に、勘違いがあるんです。
「ボクは。雫…さんもですが。自分の道を、自分で選び、そして自分の力で歩いて行くつもりです。
誰かがその道を指し示してくれたとて、その道を選び歩く理由にはなりません。
ボクは、雫さんが好きです。だから、雫さんと生涯共に歩むことが出来れば、それは最高だと思います。
けれど、その『雫が好き』という気持ちを理由に、ボク自身の選び歩む道を諦めるつもりもありません。
同じことが、雫さんにとっても当て嵌まります。雫さんは、ボクを好いてくれています。けれどそれを理由に、雫さん自身が選び歩む道を諦めることはないと思います。
雫さん自身が選び歩む道を進む為には、もしかしたら小父さんが選んだ、見合いの相手の手を取るのが、より良い結果に至るのかもしれませんから。
結婚式の誓いの文言に、『死が二人を分かつまで』というのがあります。
けれど、ボクらの場合。誓うのなら『道が二人を岐かつまで』となるでしょう。
ボクらは、まだ高校生。子供です。だから、間違っても『生涯雫を守り、支え、幸せにすることを誓います』なんて言葉を口にするつもりはありません。自分の進む道さえ正しく見つけられていないのに、他人の生涯について軽々に誓うことなど出来るはずがありませんから。
だから、その『人生の進路の分岐点』は、意外に早く訪れるのかもしれません。
だから、ボクが誓えるのは。〝その日〟が来るまで、雫さんと共にある、ということだけです」
そう遠くない未来に、別れることになるかもしれない。だけどそれまでの期間、交際することを許してほしい。
ボクの言っていることは、そういう事です。まとめると、物凄い自分勝手なことだとわかります。でも、「幸せにする」だの「生涯愛し続ける」だの、ボクのような若造の口から垂れ流しても、説得力なんかあるはずがありません。精々、意欲を買ってもらえるか、っていう程度。それらの言葉は、言い換えれば。「頑張りますから評価してください」ってことですから。なら、現時点で既に一定の評価が出ている、〝見合いの相手〟の方に軍配が上がるのは、火を見るより明らかです。
「それで? キミは、一体何が出来る? キミは何を誇ることが出来る? 何を以て雫の隣に立つに相応しいと断じる?」
お義父さんの、追撃。だけど。
「何も。何も持っておらず、何も出来ません。まだ何者にもなっていない、どこにでもいるただの高校生です。けれど、誰よりも。
お義父さん、小父さんが比較なさる、例えばお見合いの相手などを含むどなたよりも、雫さんのことを知っています。
その方々が高校生であった時代に於いて、知り得ることが無かったその点が、最たるアドバンテージだと思います」
そう。その人たちがまだ、未熟な高校生だった頃。彼らは、雫のことを知らなかったのですから。だから彼らが〝今〟に至るまで、得られた能力、才覚、知識、技能、経験。そのどれにも、〝雫〟という要素は介在していないんです。
「大人と子供が同じステージで比べ合うのだとしたら。経験の量やら第三者の評価やらでは、はじめから勝負になりません。彼らは、既に蓄積されているそれらの〝財産〟を以て、雫の前に立つのですから。
対して子供であるボクは。それらの〝財産〟を持っていません。今後得られるかどうかは、今後の努力次第でしょう。努力しても得られないかもしれません。
なら、そう言った〝財産〟の量で比較するのであれば、はじめから勝負にならないんです。
けれど、彼らは。その〝財産〟を、『雫さんを得る為』に求め、蓄えたのでしょうか?
もしかしたら。彼らは、別の誰かの為にその〝財産〟を求めたのかもしれません。けれど、その『誰か』は『彼』に振り向くことがなく、結果宙に浮いた〝財産〟を武器に、雫を得ようとしているのだとしたら? それはこの場合、誠実な行いだと言えるのでしょうか?」
思い出すのは、アマデオ王子とアドリーヌ公女です。
二人は、政略によって結婚することが定められています。けれど、
アドリーヌ公女はアマデオ王子の隣に立つに相応しからんと、多くの勉強をしています。
アマデオ王子もアドリーヌ公女に相応しからんと、やはり多くの努力をしています。
この二人の関係は、愛でも恋でもないでしょう。けれど、二人は相手のことを想い、その助けとなる為に、自分を高めようとしているんです。
「共に歩む道」を、力強く歩く為に、お互いに努力しているんです。
そんなカップルを間近に知るボクにとって。札びらで頬を叩くように雫を手に入れようとしている男がいるというのなら、それを赦すことは出来ません。
「だが、親としては。娘には幸せになってもらいたいと思うものだ。
将来が知れないということは、海の者とも山の者とも知れないという事だ。
道半ばで挫折するかもしれない。財産を手放し、貧困に窮するかもしれない。親としては、そんな可能性は、出来る限り排除したい。それが、普通の親の在り方ではないのかな?」
「物質的な豊かさが無ければ、精神的な豊かさもない。身も蓋もありませんが、その意見には賛成します。けれど同時に、物質的な豊かさがあれば、精神的に豊かであれるとは限りません。ボクらの友人にも、金銭的には恵まれていながら、家族の愛には恵まれず、結果家を出ることを選択した子もいますから」
髙月さん。本来なら、もう水無月さんと呼ばなければならないのでしょうけれど、昔と変わらぬ呼び方を許してくれている、彼女。彼女のことを知るほどに、彼女の心が壊れずに済んだのは、奇跡に近いと思えるのです。
「そもそも、小父さんは。雫の幸せを口になさいますが、雫の夢、雫の選ぶ道について、どれほどのことをご存知ですか?」
「雫は、この松村酒造を継ぐ婿を取ることを望んでいる」
「それが、雫の夢、選んだ道だと、ちゃんと雫の口から確認なさいましたか?」
「聞くまでもない」
「つまり、それは小父さんが『わかったつもり』になっているだけだ、とおっしゃっている訳ですね?」
「キミは! ……随分、失敬だな。キミ如きに、何がわかる?」
「雫は、自ら杜氏となり、作りたい酒がある。そんな夢を持っているということを、想像したことがありますか?
雫は、貴方の娘です。なら、何故貴方と同じ夢を持っていると想像することが出来ませんか?」
「雫が、俺と同じ夢を――」
それは、もしかしたら本当に考えたことが無かったのかもしれません。
女性が、杜氏になる。そんなことは、あり得ない。
確かに、ごく少数の女性杜氏が、現在の日本にはいる。けど、それは特殊な例外だ。
そして、松村酒造には、そんな〝特殊な例外〟が生まれる余地はない。
否。そもそも考える必要もないから、考えたことが無かった。松村酒造を継ぐのは、雫の婿。雫はそれを家内として支える。それが当たり前で、それ以外の選択肢など、あり得ない。勿論、アイドルになりたいだとか先生になりたいだとか、看護婦さんになりたいだとか。そんな、普通の女の子が見る夢を見ることもあるかもしれない。けれど、そんなのはただの熱病のようなもので、時が来れば自然に冷めるもの。
そんな風に、考えていたのかもしれません。
なら、ここで。その可能性を、考えてくださると良いのですが。
(2,981文字:2019/09/11初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/24 03:00掲載予定)




