第39話 これが彼女のお父さん
第07節 泪の雫を、呑み干して〔1/4〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
さて、本日の日付は、平成30年8月17日金曜日。
当初の予定では、昨日出発することになっていました。けれど予報ではお昼から大雨になるとのことで、雨の中バイクで長距離(約450km)は止めた方がいい、と言われ、一日延期。
予定変更を各家に伝えて。本来は学校にも伝えなければいけないんですけど、そこはさすがにスルーで良いと。生徒会長の「悪戯電話」がその事でどう作用するかは存じませんけれど。
双葉さんのご厚意で部屋を空けてもらい、温泉と料理を満喫しました。雨(豪雨)の中の露天、というのも結構乙なものでした。
この、追加の一日分の宿代は当然払うつもりでしたけど、諸々全てのお礼みたいなものだ、と受け取ってもらえませんでした。それでいながらバイト代には色を付けてもらえたので、むしろ恐縮してしまいます。と言ったら、「『みなミナ工房』で作る仲居服を割引してくれれば、充分元が取れるから」と言われてしまいましたが。
そして夜が明けて、朝。今度こそ出発です。
今日のツーリング・リーダーは、髙月さん。そして行程は、基本的に高速道路です。けど、日本海側の高速にはまだ、未開通な部分もあるようで。その区間は一般道を走ることになります。ただ、高速さえ開通していない区間の、一般道。道の細さや信号の少なさ(そして飛び出してくる動物の多さ)、更にはGSやコンビニ等も少ないでしょう。ボクらは『倉庫』のガソリン携行缶から給油する、という手段も残されていますけれど、あくまでそれは最後の手段。原則は、ちゃんと外界でGSを使う前提で予定を組んでいます。
髙月さんのライディングも小休止のタイミングも。後ろから見ていると安心出来ます。
決して速いスピードを出す訳じゃないんですけど、だからこそ髙月さんのペースに合わせれば「焦る必要がない」。そして、髙月さんの走行燃費はかなり良いのですが、けれどタンク半分で給油を前提としていますから、ちょっと長くGSがない区間が続いても、不安はありません。
その一方で。飯塚くんの走りは。今までボクは隊列の都合で、飯塚くんの前を走っていましたけれど。後ろに着いて、そのライディングを観察してみると。結構ルール違反ギリギリで走っていることがわかります。
もっとも、その「ルール違反」は、交通ルールに違反ギリギリ、という意味ではありません。魔法を、併用しているんです。
飯塚くんの、固有魔法〔慣性制御〕。減速するのに、ブレーキを踏むんじゃなく〔泡〕に慣性を吸収させることで急減速、って、いくらなんでもずる過ぎます。或いはカーブを曲がるときに、遠心力を〔泡〕に吸収させてそのスピードで曲がり切るなんて、後続車が同じスピードでカーブに突っ込んだらどうするつもりなんですか!
とはいえ。現在の隊列で、飯塚くんの後ろは、雫、柏木くん、ソニア、そしてボクという順です。雫は、限界を攻めるタイプとは言え飯塚くんと同じタイミングで減速したり同じくらいのスピードでカーブに突っ込んだりしたら限界を超えることがわかっている以上、事前に減速をします。そうなると、スリルを求める走り方をする柏木くんは、雫を追い抜かない限り限界の向こう側には辿り着けません。
また逆に、飯塚くんの前を走っているのは、髙月さん。だから飯塚くんがどれだけルール違反を試そうと、限度があるんです。髙月さんとの車間距離を開けて、その距離を使って楽しむのが関の山。むしろ、松村酒造からの帰り道は、飯塚くんがツーリング・リーダーになる予定ですが、その時にはっちゃけたら怖いな、ってくらいです。
と。ライン取りの都合で、髙月さんが回避出来たカーブ中にある水溜りに、飯塚くんが突っ込んでしまいました。後輪が完全にスリップ。
……飯塚くん、少しは慌てましょうよ。そのまま重心をカーブの内側に持って来て、車体を倒して、でも逆ハンドルを当てて、アクセルを開いて、ほとんど真横に滑りながらカーブを曲がっていくなんて、完全にオフロードの走りです。真似したくもないし出来ないけれど、見ていて怖くないのが逆に怖いです。
ちなみに、雫以下ボクらはそれを見て、水溜りを避けるライン取りを選択しましたけれど。あとで聞いたら、柏木くんはその水溜りに突っ込みたい衝動を抑えるので必死だったそうですけれど。でも柏木くんは〔慣性制御〕を持っていないんですから、車体が完全に制御不可能になった時には吹っ飛びます。そんな危険なことは、だから〝森〟で試してみてください。
◇◆◇ ◆◇◆
朝7時に出発して、休憩を挟みながら、午後6時頃にその町に入りました。
そして、予約していた宿に入り。
そこは、京都の時のような高級ホテルではありません。高校生ライダーの分相応の、安宿(と言ったら失礼?)です。けれど取っている部屋は、男子三人分と、女子二人分だけ。だってここは、松村醸造場のある町ですから。
髙月さんは、雫のお父さんにご挨拶をしなければならないと言っています。例の、HPで雫を(ご両親に無断で)モデルにした件について、詫びを入れたいから、と。
だけど、それは明日。今日は、雫が家に帰ります。
それに、ボクが一緒に着いていきます。
ええ。ボクらの交際を、お許し願わなければならないのですから。
◇◆◇ ◆◇◆
「はじめまして。ボクは、武田雄二と申します。雫さんと、交際することをお許し願いたく、図々しくもお邪魔させていただきました」
内心、ドキドキです。ボクのような青二才が、雫のお父さんのお眼鏡に適うか。そしてそれ以前に。
「雫。お前には見合いの用意がある、と言ってあるはずだ。
今度の帰省に合わせて、先方と時間を調整することになっている。それに出席しなさい」
そう、雫の見合いの話。それが、あるんです。
そして、想像通り。雫のお父さんは、ボクのことを見もしません。
「見合いすること自体は、構いません。けれど、その相手と結婚を決めるかどうかは、断言出来ません。それでも、宜しいですか?」
「雫。それは、俺に恥を掻かせるつもりかね?」
「私は、自分の人生の進路は自分で決めます。
父さんが選んだ相手なら、多分間違いはないのでしょう。けれど、その人と共に歩む道が、自分の歩みたいと思う道なのか。それは、見極める必要があります」
「では、その男と共に歩む道が、お前の歩みたい道だというのか?」
ここで、ようやく雫のお父さんはボクの方を見てくれました。
「それは、わかりません。雄二には、雄二自身の道があります。
その道が、生涯あたしの歩みたいと思う道と寄り添っている、とは限らないのですから」
(2,667文字:2019/09/10初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/22 03:00掲載予定)
・ 飯塚翔くんは、時速300kmでサーキットのヘアピンカーブを抜けられます。




