第38話 姉と妹
第06節 ブレスレット〔6/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
ドリーの侍女さんが玄関に向かい。でもすぐ、動揺した気配が伝わってきたの。
……誰?
ドリーの方を見ると、その顔をぶんぶんと横に。どうやら心当たりがないみたい。
仔魔豹たちは、けれど警戒する様子はない。危険がないのか、野生を失い過ぎて警戒心も無くしちゃったのか。
そして、侍女さんたちに先導され、やって来たのは。
サリア・リンドブルム公爵。ドレイク王国王妃殿下、だった。
どういう理由で供も連れず、一国の王妃殿下が国内とはいえ留学生の学生寮に踏み込んで来たのか。
って、考えるまでもない、か。
改めて、紹介しようと思って後ろを振り向くと。
問答無用で琴絵お義母さんが進み出て、
フルスイングで、サリア妃殿下の頬を平手で撃ち抜いたの。うん、「打ち抜いた」っていうよりも、「撃ち抜いた」って勢いだった。そのまま妃殿下が吹っ飛ばされてもおかしくないほどの。だけど、妃殿下は踏み止まった。その一撃、その痛みのみならず、平手に込められた気持ちさえ、余すところなく受け止めるというように。
事情を知らないドリーと侍女さんたちは、顔を真っ青にしているけれど。けど事情を知る美奈たちは、予想通りの光景を、黙って見守るの。
そして、琴絵お義母さんはもう一度振りかぶり、
けれどそのまま妃殿下に抱き着いた。
この姉妹には、もう言葉なんかいらないから。どんな言葉も、もう余計だから。
◇◆◇ ◆◇◆
でも、〝余計〟と知るからこそ。サリア妃殿下は、口を開かれた。
「琴絵さん。私は麻美じゃありません。麻美はもう、死にました」
「うん、わかってる。麻美の遺体を荼毘に付して、そのお骨を拾った時よりも、今貴女を抱きしめて、その事を思い知った。……麻美は、貴女ほど胸が大きくなかったし」
「ちょっと、姉さん!」
あ。一瞬で妃殿下の表情が変わった。そう言えば、妃殿下は麻美小母さんよりおっきい。
「あれ? 麻美は死んだんじゃなかったっけ? なら私は、貴女の〝姉さん〟じゃないわよね?」
「うがぁ!」
「貴女が私の妹でも、翔の叔母でも。
私の新しい親友でも、翔のもう一人の実母でも。
貴女は貴女だし、私は私。
ついでに麻美は美奈ちゃんの義理の姉で、えりすちゃんの実の母親。
サリアさんは美奈ちゃんの将来の姑で、エリスちゃんのもう一人のお母さん。
そして私は美奈ちゃんの将来の義理の母親で、えりすちゃんの保護者。
なら、翔と美奈ちゃんとえりすちゃんの立場から見たら、私とサリアさんは姉妹みたいなもんじゃない。
義理とか仮とか、血縁上とか戸籍上とか書類上とか建前上とか。細かい違いはあるけれど、私たちは二人とも、この子たちの母親なんだから。
貴女が麻美かサリアさんか、なんか、もうどうだっていいわ。
貴女は貴女、私は私。それで良いでしょう?」
「……〝サリア〟。呼び捨てにして、姉さん」
「私も〝琴絵〟って、呼び捨てにしてもいいのよ? サリア」
「それは勘弁。」
お二人が、笑い合っています。
「もう、せっかく感動のボイスメッセージを送ったのに、台無しじゃない!」
「その後のビデオメッセージの所為で、ボイスメッセージ聞いて流した涙を返せ! ってツッコミたくなったわよ。『サリアで~す』じゃないでしょう?」
「あ、あれは……。
それよりも、あたしが美奈ちゃんの義理の姉って、どういう事?」
「言葉通り。美奈ちゃんは、正式に髙月の家を出たの。
まず、サリアの目論見通り、エリスちゃんが『水無月えりす』を名乗るにあたって、麻美が生きていた頃に隠れて産んだ子供、として認知と戸籍登録をしてね」
と、八歳の姿になったエリスを、妃殿下にお披露目。妃殿下は、さすがに何があっても驚かない、という諦観を込めた表情をしています。
「で、そのついでに既に死んでいる水無月の両親を引っ張り出してきて、美奈ちゃんを両親の養女として戸籍を移したのよ」
「死者の養女、って、出来るの?」
「よくわからないけれど、翔たちが言うには『エリスちゃんのお母さんが暗躍しているんじゃないか』って」
「よくわかった。それ以上は必要ない。
……でも、結局昔の夢の通りに進んでいるんだね」
「そうね。もう一歩前に出ているかもよ? 美奈ちゃんは、『みなミナ工房』って名前で織物屋を始めてね。結構評判もいいのよ?」
「美奈ちゃんが? でも、まだちょっと、時期尚早のような気が――」
「崑崙御所での謁見の時の話は、聞いているし、その時の着物も見せてもらったわ。だから、ちょっとシゴいたの。
美奈ちゃん、新しい着物を――、って、早!」
うん、話がそっちに向かっていったのに気づいたから、ひとりで『倉庫』を開いて着替えてきたんだよ?
「へぇ、それが最新作。結構いい出来じゃない」
あは。お褒めの言葉を貰いました。先日の謁見の時みたいな、「大変よく出来ました」的な褒め言葉じゃなく。
「美奈ちゃんは、どっちかっていうと蚕の繭から糸を繰り出すところから始めるのが、向いているみたい。糸一本の性質を、頭じゃなくて指先で理解して、知識じゃなくて感性で織っていくタイプみたいだから」
「それって、本能で織っている、って言っているようなもんだよ?」
知識でも、技術でもなく、勘と本能で反物を織る。って、どこの原始人ですか! 知性と経験は何処に行ったの? 美奈には科学的思考は向いていないっていうの?
「美奈ちゃんは、美奈ちゃんなりに技術の伝承に前向きだから。それを成し得る程度には、技術と知識を仕込むつもりだけど。芸術家としての美奈ちゃんは、あとはもう数を熟せば遠からず、人間国宝級の作品を作れるようになるでしょうね」
「それはそれは――」
さすがに、それは大げさだと思うけど。
「まぁ、その前に、サリアの持っている木細工の技術とセンス。機会を見つけて教えてあげてね。
この子たちの場合、これから二つの世界を行き来するそうだから。
この子たちにとっての半年後は、サリアにとっては明日かもしれないんだからね?」
◇◆◇ ◆◇◆
ちなみに、サリア妃殿下は。お土産も持ってきてくれていた。
アドルフ陛下が使用していた、シロー・ウィルマー閣下のスマホとノートPC。
魔法の〔状態保存〕を掛けていたから、随分劣化を抑えられているけれど、それでもここ二十年間使用されていたことから、劣化それ自体を止めることは出来なくて。
でも、まるで双葉さんの手に収まるまではと頑張っていたかの如く。まだ、それは機能していたんだよ。
そしてそこには、シローさんの肉声も多く記録されていたの。だから、戻ったら。
そのメモリが揮発する前に、ちゃんと保存しよう、って双葉さんは言っていたの。
◇◆◇ ◆◇◆
この世界に来て、二泊三日。それは地球に戻ったら、無かった時間になるの。
だけどその意味は、大人たちにとってももう消えることがないんだよ。
柏木家のご両親は、事実上の傍観者として過ごしていたけど、それでも入間の親戚として、そして『銀渓苑』の創始者の一族として。この世界で見聞きしたことは、決して軽視出来ないでしょうし。
だから元の、地球の日本の銀渓苑の、双葉さんの執務室に戻ってからも。
大人たちは皆、しばらく魂が抜けたような表情を、していたんだよ。
あの日の。夕暮れの教室に立っていた、美奈たちのように。
(2,906文字:2019/09/10初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/20 03:00掲載予定)
・新暦22年5月19日夜、崑崙御所。
リリス「明朝。ネオハティスに面白い客が来るようじゃ」
サリア「誰?」
リリス「誰じゃと思う? ヒントは、異世界に戻った子供たちが、連れてきたんじゃな」
サリア「それってまさか――」
リリス「正式に、サリアに面会を求めるそうじゃ。で、一発ぶん殴りたいと言うておるが、謀叛予備罪で拘束しようかの?」
サリア「冗談じゃない。ネオハティスに、ってことは、アドリーヌ公女の寮、ね?」
リリス「そのようじゃな」
サリア「なら、こっちから足を運ぶわよ。あの女たちを前にして、ふんぞり返っていることなんか、出来ないもの」
・ 水無月美奈「うわぁ。あれ、腰が入っているよ」
松村雫「それどころか踏み込んで、震脚を利かせた一撃。そして小手先じゃなく肩から打ち抜いているから、あれは平手というよりも、真横から撃ち込んだ掌勁、というべきだな」
柏木宏「そこまで行くと、もう中国拳法の奥義レベルじゃね?」
サリア「撃たれた頬より首が痛い(涙)」
・ 水無月麻美さんの死亡時。胸のサイズはギリギリBに達した程度でした。対してサリア妃殿下はD。魔王陛下と初めて会った頃はCでしたから、陛下がせっせと育てたのか自然に育ったのか、或いは麻美さんも彼氏を作って育ててもらえればもう少し成長したのかは、永遠の謎。というよりも、「生まれ変わりでもしなければ大きくなることはあり得ない」と、実の姉に絶望されていた事実がwww
・ 〔状態保存〕の魔法は、動作しない部分の時間を止める効果があります。「動かない」部分の経年劣化を抑えられれば、耐用年数が数年の機械製品を(使用しながら)数十年(未使用状態なら数百年)に延長することが出来るでしょう。




