第37話 知識の違いと探求心
第06節 ブレスレット〔5/6〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
「それで、其方らはこれからどうするつもりだ?」
モビレア公が、晩餐の席で。
ここでの晩餐に招待されるのはいつものことですので、既に緊張はありません。
服を着替えて(今度は平成日本の平服を紹介しました)、座に坐り。
飯塚のご義両親も、柏木のご両親も、入間双葉さんも、西洋風のテーブルマナーは常識として嗜んでいらっしゃるので、この世界・この時代との差異を少々指摘するだけで、〝モビレア風〟のテーブルマナーを完璧に披露することが出来たんだよ。ただ、臭いの強い肉や苦味の多い野菜を、味の濃いソースで誤魔化すような料理には、ちょっと尻込みしているみたいだけど。
美奈たちは。西大陸で最初に口にしたのは、家畜の餌のような麦粥。それから冒険者としての訓練を始めた頃に、肉の欠片が入るようになったの。だから、生きる為には鼻を摘まんででも流し込む必要があった。
その後『倉庫』を使えるようになり、また狩りで食材を入手出来るようになったから、美奈たちの味覚でも「美味しい」とまではいかなくても「不味くない」モノを作ろうと試行錯誤したの。その後従軍し。軍隊の最下級兵に支給される兵糧は、――西大陸で最初に口にしたのが家畜の餌なら――鳥の餌を水で練って固めたようなものでしかなかったから。実は、大変失礼ながら食べたフリして『倉庫』のトイレに流していました。
モビレア城の晩餐に初めて招待されたのは、そんな頃でした。だから、お城の料理人の〝工夫〟が凄く勉強になった。こういう風に下処理すればこの堅い肉がここまで柔らかくなるのか、とか、こうすればこのエグみが取れるのか、とか。直接厨房に突撃して、教えてもらったものもあったけど。
でも、それでも。平成日本の美食を知る人たちにとっては、まだまだ及第点には達していなかったみたい。
それはともかく、モビレア公は、美奈たちのこれからの予定を聞いてきました。
今回の〔転移〕は、あくまで観光優先、だということを話していますから、単純に興味本位の質問ということでしょう。
「一応考えていますのは、明日にはネオハティスのアドリーヌ公女の許に〔転移〕し、出来ればドレイクのサリア妃殿下に面会を申し込みたいと思います」
「ほう、サリア妃に。妃殿下に、何か用があるのか?」
「美奈は、今は特に。そのうち学びたいことはありますけど、今回の訪問でそれをする必要はありません。
こちらの、琴絵お義母さんが、サリア妃に用があるのです」
これは、モビレア公も想像していなかったみたい。琴絵お義母さんに向きなおって、直接言葉を掛けます。
「コトエ殿、が? 失礼ながら、如何なる用か、伺っても?」
「是。あの莫迦娘を、一回ひっぱたいてやりたくって」
「ゑ?」
「あ、えっと、琴絵お義母さんは、サリア妃殿下の、前世の、姉に当たる方なのです」
「そ、そうなのですか」
「是。あの娘の、前世一生分の愚痴を言って聞かせないと、気が済みませんから。こんな機会普通あり得ませんが、美奈ちゃんたちが作ってくれたせっかくの機会です。心行くまで張り倒したいと思いますわ」
あ、モビレア公、ドン引きしています。というか、飯塚のお義父さんも、柏木の小父さんも。そしてショウくんたちも。男性一同、琴絵お義母さんの言葉に戦慄しています。
「わかります。私も、〝シロー・ウィルマー〟って呼ばれている史郎が目の前に現れたら、顔の形が変わるまでぶん殴ってやりたいですから」
一方の双葉さんは、琴絵お義母さんのお気持ちに共感されている模様。でも逆に。「ぶん殴れる」琴絵お義母さんのことを、「ぶん殴れない」双葉さんは羨ましくも思っているのでしょう。それこそ、「生まれ転わりがあるというのなら、生まれ転わってでも私の前に帰ってきなさい!」と。
◇◆◇ ◆◇◆
その夜は、モビレア城でお世話になって。
次の朝。聖都落城から5日目。旧暦726年夏の一の月の臥待。新暦22年5月20日。
朝食を戴いたのち、『倉庫』を経由してネオハティスに〔転移〕しました。
ドリーには、今回は「お客さんを連れて行くから、広い場所で待っていて」って伝えてある。そのおかげで、ちゃんと応接間に出ることが出来たんだよ。
そしてドリーの寮に着いた途端。仔魔豹たちが飛び出し、ドリーと共にいた仔魔豹ギンに飛びつきます。絡まった糸のようにごろごろ転がり、すぐにこの応接間を所狭しと追っかけっこ。さすがは、やんちゃ盛りです。
ドリーとギンにとっては、あれから三ヶ月。美奈たちはそれに三ヶ月弱上乗せしていますけど、一方でトモエたちは、あまり『倉庫』の外に出してあげることは出来ませんでした。美奈たちが『倉庫』にいる時間(の内、トモエたちのいる空間にいる時間)だけが、トモエたちにとっての経過時間なんです。だから大体、二ヶ月分?
そして、ドリーの(将来の)ボディーガードとなるべく頑張っているギンと、『倉庫』の中で怠惰と飽食の限りを尽くしているトモエたち。うん、ギンの方が少々小柄なのに、筋肉の付き方はギンの方がしっかりしているんだよ? トモエたち、甘やかし過ぎたのかな?
仔魔豹たちが走り回っている間、今のエリスのことと美奈たちの両親のことを紹介し、また異世界地球のことを色々話したの。ドリーは、ドレイク王国での勉強を楽しんでいるものの。色々気になることがあるんだって。
「以前の、宿題の件を憶えていらっしゃいますか?」
「魔法で出来て、科学で出来ないこと、だっけ?」
「はい、あの宿題以来、色々と腑に落ちないことがあるんです。なんというか、この国の教育内容は、その内容が間違いだということを知っていながら、それを隠して教え、それを生徒が自分で気付くのを待っている、みたいな。
それがこの国のやり方なら、それに従うのがこの国に留学してきた私のすべきことなのでしょうけれど、『間違っている』と気付いていながら、けれど〝何が〟間違っているのかがわからない。だから、落ち着かないし、意識が向かない。どうしても、目の前の課題に集中出来ないんです」
……この問題は。美奈たちには答え難い悩みです。
美奈たちは、その答えを知っています。そしてアドルフ王の教育方針も、今ではある程度(正しいと確信出来る程度)理解しています。
だからこそ、「余計なことを考えずに勉強しなさい!」とは、ちょっと言えないんです。
と。
「アドリーヌ姫。その疑問は、もう少々保留しておいてもらえないでしょうか。
具体的には、今週一杯。
私は、以前ネオハティスにいた頃は。そう言った疑問を持ってはいませんでした。そこに、アドルフ陛下への妄信があったことは否定出来ませんが。
けれど今。異世界を知ったことで、今の姫様のお言葉の意味が、誰よりもよくわかると思うのです。その一方で、それに対して手を打つにも、私たちの力では足りません。どう考えても、複数の大人たちに、許可と協力を求める必要があります。ですから。
……もうしばらく、お待ちください」
ソニアの、実体験から来る、真摯な言葉。
それが何を意味しているのかはわかるけど、やって良い事なのか。その事の確認からしなきゃいけないから。ちょっと面倒ではあるんだよね。
だから、一旦保留。
いつの間にか仔魔豹たちは運動会を終え、ラグの上で思い思いに寝ころんでいます。
と。
カンッカンッ。
ドアノッカーが響いた。……ドリーの、お客様?
(2,977文字:2019/09/10初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/18 03:00掲載 2020/09/15誤記修正)
・ 『転生者は魔法学者!?』(n7789da)第七章第02話(第277部分)の設定に基づくと、ハティス暦22年は「西暦1897年」(明治30年)のものと同じになります。だから5月20日は木曜日。ネオハティスでは、土曜日は半休、日曜日は全休です。
・ ソニアは、地球科学史に於ける「燃素論」についても学んでいます。地球科学史上の位置付けと、それに対する後世の学者らの評価。それを敢えてドレイク王国の教育に取り込む意味を、ソニアなりに分析しています。
・ 仔魔豹たちが使っているラグ。銘『ママのぬくもり』。仔魔豹たちの母魔豹のお腹の毛皮で作ったものです。




