第33話 異世界再び
第06節 ブレスレット〔1/6〕
◇◆◇ ソニア ◆◇◆
宏さんは。双葉さまに、多くのことを話しました。写真を見せ、シローさまの手記を見せ。
けれど。ある意味当然のことながら、双葉さまは信じてくださいません。
「で、貴女たちは、この与太話を真実だ、と強弁するつもりなの?」
「はい、そうです」
そして双葉さまは飯塚のご両親に向かって。
「飯塚さん。貴女がたは、立派な大人なのに。子供たちのこんな訳のわからない話を、真剣に受け止めているというのですか?」
「私たちにとっては、信じるに値する事実を示してくれていますから。
私の妹も、入間さんの弟さんのように、向こうの世界に行ったのだそうです。弟さんとは違い、死後の転生、だそうですけど。
でも、だからこそ。妹と全く風貌の異なる貴族の女性が、妹しか知り得ない想い、事実をこの子たちに託したというだけで、それを信じられる根拠になったのです。
けど、入間さんのお気持ちもわかります。この子たちが見せた物だけで、それを信じることは、さすがに難しいでしょうから。
……翔。何か、もう少し信じるに足るものは、ないの?」
琴絵お母さまが、双葉さまに答えながら、翔さんに。それに対し、
「実は、ある。何よりも確実なものが」
「それは?」
「簡単だ。皆を連れて、向こうの世界に行ってみればいい。
時間は、世界の内側を流れる。この世界に流れる時間と、向こうの世界で流れる時間に、因果関係はない。向こうでどれだけの時間を過ごしても、こっちでは一瞬なんだからな」
それは、はじめから予定していたことです。ご両親を連れて、世界を渡り観光する、と。
その方向で意見がまとまり、まずは『倉庫』に転移します。
「え? ここは?」
『倉庫』初体験の、双葉さまは驚いていらっしゃるようです。柏木のご両親も。空間もそうですし、魔豹や有翼獅子のような魔獣もいるのですから。
「ちょっと待ってくれ。異世界に渡る前に、しなきゃいけないことがあるから」
しなければいけないこと。それは、各〔ポストボックス〕に入れた、「郵便サービスが無期限停止する」というメッセージの撤回。そして、ウィルマーギルドへの、転移予告。
それを済ましてから、改めて異世界に通じる扉を開扉します。
◇◆◇ ◆◇◆
出現した場所は、『レオパルド・ヒル』。
時間は、皆様が初めてこの世界に来てから、1,098日目。というか、聖都落城から3日目、と言うべきでしょう。旧暦726年夏の一の月の立待。新暦22年5月18日。それが、今の暦です。
「ここ、は?」
「いきなり〔転移〕すると先方の迷惑になるから。
ここは、ある山間の渓谷の更に上にある、俺たちの拠点『レオパルド・ヒル』。標高は1,000mを超えているし、ここの暦は5月だけど、まだ寒い。
風邪をひかないように、コートを纏ってください。火も焚きますね?」
と、翔さんが熊の毛皮のコートを人数分用意して、皆さんに着せました。そして、魔豹たちの生まれた洞窟に入り、火を焚きます。魔豹たちは、久しぶりの故郷だということがわかるのか、はしゃいで飛び出しました。ボレアスが保護者代わりに付き添っています。
さて。今日は、聖都で『魔王戦争』の戦争裁判が開かれている日です。
私たちにとってはもう三ヶ月近く前のことですが、〝昨日〟、〝前〟教皇ジョージ四世が、翔さんの手で斬首に処され、戦争が終わりました。その情報は、けれどまだ各町には、伝わっていません。
そして、〔ポストボックス〕を開くタイミングは。それぞれ違います。
ウィルマーでは、大体一日に三回、開かれているようです。上手くいけば、お昼の〝ボックスチェック〟で確認してもらえますから、あと三時間ほど此処で時間を調整すれば、転移可能です。
が、お昼の〝ボックスチェック〟に間に合わなかったら。明日の朝まで、待たなければなりません。
でも、まぁ。此処で物見櫓を『倉庫』から取り出して、三脚に三軸雲台を着けて更にその上に地上観測用望遠鏡を載せて、大人たちに覗かせれば。結構時間が稼げるのです。
ここ、『レオパルド・ヒル』のある場所は。ゲマインテイル渓谷の、最も標高の高い場所の、直上にあります。そして、この峠は。雄二さんの手で雪と岩石で封鎖しています。まだ雪は融けておらず、だから岩を排除するにも苦労します。それを、南北からローズヴェルト王国とリングダッド王国がそれぞれ、道を開通させる為に人手を費やしているのです。
渓谷の北部、ローズヴェルト側には、援軍となる軍隊が。対してリングダッド側になる南部には、リングダッド軍と、捕虜たちを代表して伝令となるローズヴェルト軍人が、いるのです。
私たちにとっては、そしてリングダッドにとっては終わった戦争ですが、ローズヴェルトにとってはそれを知りません。だから、緊張が、そこにあります。
それを監視することが出来る立場にある、私たち。それをフィールドスコープで覗き見ている、大人たちは。どんな感想を持つのでしょうか?
望遠鏡を覗き見れば、そこには中世の軍隊が、臨戦態勢で待機している。
それを見た皆様のお気持ちを、野次馬根性ながら伺いたい。
そう思いながらも自重して。その傍らで、美奈さんはなんと、甘酒を作っていました。
「だからどうした?」と思われるかもしれません。けれど、稲が発見されたばかり、麹の存在はまだ誰も知らないこの世界で、普通に甘酒を作るというのは歴とした異世界チート。
もっとも、それに気付かない大人たちは、寒い渓谷で身体を温める飲み物として、有り難く受け取っている模様です。
フィールドスコープで見える範囲を眺め、少なくとも時代背景的に決して地球の現代ではありえないことが理解出来、また見えている物が虚構ではないことを理解出来た頃。
私たちは独自に『倉庫』を確認し、〔ポストボックス〕に入れたウィルマーギルドのメッセージがボックスからなくなっていることを確認しました。なら、あと2時間弱。
それまで軽食を、と美奈さんはモツ煮を作って全員に供しています。味の浸み込んだ一品。この一瞬に、美奈さんはどれだけの時間を使ったのでしょうか?(時間加速庫を使ったのかもしれませんが)
そして、これだけの時間をのんびり過ごせば。魔豹たちやボレアスとて、大人の皆さんに懐きます。双葉さまは、意外に大きな獣に興味があったようで、けれど大型獣と触れ合える機会などはなかったから諦めていたのだそうです。
だから、地球世界の大型獣ではありませんが、有翼獅子であるボレアスと触れ合えるのは、結構嬉しいことのようです。柏木のご両親と、飯塚のご両親は。三匹の仔魔豹たちを奪い合う形で愛でています。三匹とも、何だかんだ言って人間に可愛がられることが嫌じゃないようで、抵抗すること無く為すがままに。
そうやって遊んでいると、〔転移〕の予告時間がやってきたのです。
(2,752文字:2019/09/05初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/10 03:00掲載予定)
・ 「聖都落城から3日目」。聖都落城その日は、彼らがこの世界に来てから三年と1日。だからここでリセットします。この日を一日目とカウントすれば、彼らがこの世界と関わるようになってからの日数は、それに3年加算すればいいんですから。




