第31話 ハイウェイ・ライディング
第05節 そして、また旅に〔7/8〕
◇◆◇ 美奈 ◆◇◆
沢渡組合長は、結局鉄火場に立つ胆力は無かったの。
高が女子高生ひとり。〝本物〟を見せればビビるだろう、って。
だけど美奈にとっては、〝本物の料理〟は感動したけど臆する必要なんかどこにもなく、むしろこの道にはまだ先があったと嬉しく思った程度。
そして〝本物の暴力〟は。確かに、拳銃と向き合うのは今回が初めて(襖越しだったけど)。だけど、その人たちでさえ実戦経験者は3人、戦場経験者は1人しかいなかった。
戦場を経験した、傭兵上がりらしいSPさんは、退出する美奈たちの前に一旦立ちはだかったけど。間近に見ても、脅威を感じなかった。ショウくんが、隣で〔慣性制御〕の発動準備に入っていることがわかった所為もあるけれど。一瞬、ショウくんと睨み合い、結果彼の方が引いてくれた。うん、戦闘になったら次の瞬間、自分の頭が爆ぜることに気付いたんだね。優秀。是非縁を結びたいけれど、……まぁ縁は、今後ないでしょう。
そして先方に京都の街中で銃撃戦を、というだけの覚悟がない以上、これ以上は何も起こらず、美奈たちは無事にホテルに帰ることが出来たの。
戻って来て、他の皆はホテルの豪華ディナーに舌鼓を打っていた模様。どうかすると、そっちの方がよかったってことになったのかもしれないけれど。あの料亭の板長さんの料理は、洒落じゃ済まなかった。今度改めて、『みなミナ工房』の名前で予約をして、あの料理を堪能したい。それこそ余計なことを考えず、それだけを目的に。
◇◆◇ ◆◇◆
ホテルの夜も。さすがに最高級の部屋を予約しただけあって、贅沢な気分で就寝出来たんだよ? どうかすると、豪華すぎて眠れない、ってことがあるくらいの。美奈たちは、向こうの世界でお城に賓客として宿泊したりしたことがあるから、設備としては向こうの方が劣っているけどもてなしの気配りはやっぱり向こうの方が上だったから、ただ豪華なだけのホテルの客室は気後れする理由にはならなかった。
そして、朝になって。
モーニングバイキングで、玉子料理を堪能して。向こうの世界では卵を生食するのは命懸け、だから、どうしても玉子料理となると躊躇いが出ちゃっていた。けどこっちではそんなことを気にする必要もなく。そしてこのホテルでは、料理長の趣向を凝らした玉子料理をバイキングで堪能出来るから、色々選んだの。
モーニングバイキングは、あれもこれもと手を出すと、食べきれない。だから、はじめからテーマを決めてメニューを選ぶと良いの。例えば和食膳、例えば洋食セット。例えば肉メイン、例えば魚メイン。
美奈の場合は、和食膳で取り揃えようかと思ったけど、昨日の会食膳の感動が残っているし、玉子料理を活かしたかったから、洋食セットで玉子メイン、というチョイスにしたんだよ。
そして、身支度(ほとんどの荷物は『倉庫』内だから、手荷物はほとんど無い。むしろ革ツナギに着替えるのが、それだと言える)を済ませて、お会計。興味本位で明細を確認したけど、皆ディナーでお酒や甘味などの贅沢を、していなかった。しても良かったのに。むしろ甘味は積極的に口にして、その感想を言ってくれれば、美奈の研究の助けになったのに。
◇◆◇ ◆◇◆
平成30年8月9日木曜日。
今日のツーリング・リーダーは、ソニア。最後尾は、武田くんだよ。
そして今日の行程は、高速道路を使って銀渓苑のある町まで。
高速はETCを使ったんだけど、その所為で「有料道路」っていうシステムをソニアが理解出来たのかどうか、ちょっと不安。だけど高速で巡航するスピードは、おそらく有翼獅子の飛翔時の最高速度を上回る。それさえ制限されたスピードだっていうんだから、ソニアには初体験でしょう。
そして、〝高速道路〟。文字通り、高速度で走ることを前提に、整備された道路。この概念さえ、知らない人にとっては驚きだと思うの。普通の道なら、脇道から車が顔を出すかもしれない。子供が飛び出すかもしれない。だから「かもしれない」運転で、いつでもブレーキを踏めるスピードで走ることが求められる。けど、高速では、それがないから。必要なのは、目の前で緊急事態が生じた時に備えたハンドル操作とブレーキ操作。
美奈の〔泡〕だって、この速度域になると、到達距離が追い付かない。前方の〔泡〕が弾けてからその場に美奈たちが到達するまで、一秒の間もないから。
美奈たち全員、こっちの世界に戻って来てから、それぞれ新しい魔法を研究している。
美奈は、やっぱり探知・通信系の魔法をメインに。魔力波動を探知する、武田くんの〔泡〕の概念を流用して、電波を送受信出来る〔泡〕を作れないかな? って思って。
けれど何にしても、「1kmを45秒」というこの世界の速度概念を前提に考えると、その範囲は広大で、それをフォローする〔泡〕をイメージするのは大変。
でも、焦っても仕方のないことだから。ゆっくり考えていきたいと思う。
◇◆◇ ◆◇◆
高速では、50kmごとにSAがあるの。そして今日の日程は時間に余裕があるから、基本SAごとに休憩を取るつもりで予定を組んでいるんだよ。
そして、二つ目のSA休憩の時。SAに入る直前に高速交通警察隊に追従され、エリアに入ってすぐに職務質問された。前回と同じパターンだ、って思いながら、無難に終わらせたけど。そして職質の回数が増えれば増えるほど、生徒会長が追い詰められていくと思うとそれさえ楽しくって。
ところで、SAには「スナックコーナー」と「レストラン」があるの。レストランは、はっきり言って割高。何でこんなのを? って本気で思っちゃうくらい。
「SAのレストランは、休憩場所って意味があるんだ。スナックの、堅い椅子じゃ特に長距離ドライバーは休めないだろう? だからレストランの料金って言うのは、料理の代金っていうよりも、場所代って意味合いが強いんだ」
と、ショウくん。そう考えると、長距離トラックのドライバーさんたちの席を奪うほど美奈たちは疲れていないから。スナックでお蕎麦を啜ることにしたんだよ?
◇◆◇ ◆◇◆
「キミたち、ちょっと良いかな?」
と、後ろから声をかけてくる人が。さすがに混雑しているSAのスナックコーナーだと、人の流れを認識出来ても美奈たちに用事があるってことまではわからず、声をかけられるまで構えられなかったよ。この人が暗殺者さんだったりしたらと思うと、ちょっと気を抜きすぎたかな?
「何でしょうか?」
「表に停めてあるバイク、あれはキミたちのかい? お揃いのバイク、お揃いのスーツ、ってちょっと目立つから。良かったら取材させてくれないかな?
あぁ、名乗り遅れたね。私は『月刊MC』って雑誌の記者なんだ」
と、名刺を差し出しながら。『月刊MC』は、そういえば美奈たちがバイクを買ったバイク屋さんにも置いてあった。バイクメーカーのグループ会社が運営している雑誌社らしいの。
そう考えると、一応新型(平成29年末にモデルチェンジした)が6台並んで停まっていたら、ちょっと広告効果もあるよね?
一応、「ヤバい事には使わないでくださいね?」って念を押してから、取材を受けることにしたの。こういうのも、楽しいひと時だから。
(2,899文字:2019/09/04初稿 2020/05/31投稿予約 2020/07/06 03:00掲載 2021/02/09誤字修正)
・ 「実戦経験者は3人、戦場経験者は1人しかいなかった」。つまり、「一人死んだら事件になる」〝出入り〟の経験者は3人、「一人生還出来たら讃えられる」〝戦争〟の経験者は1人、という事です。
・ 武田雄二くん流にこのSPさんたちの脅威度判定をすると、傭兵上がりのリーダーが〝銀〟、実戦経験者が〝銅〟、その他が〝鉄〟、といったところでしょうか。
・ 「……まぁ縁は、今後ないでしょう」(ふらぐ。)
・ 一流ホテルでは、未成年のお客様にお酒を提供することは出来ません。
・ 全車にETCを搭載していますが、通常未成年者(18歳未満又は高校生以下)は、ETCカードを所有出来ません。ETCカードはクレジットカードの付帯サービスに位置しますので。けれど、高速道路6社で発行する「ETCパーソナルカード」は利用が可能です。保護者の承認と想定される高速道路料金等を事前に通知し、預託金を払う必要がありますが。彼らは、保護者の承認書と学校に提出したツーリング計画書を添えて申し込みました。
・ 〔泡〕の最大展開速度は、どうやら60~90km/h程度だったようです。それ以下のスピードで走行すれば前方に展開することは出来ますが、20秒かけてようやく100m前方に到達する、というレベル。〔泡〕の到達限界より視程の方が遠いという逆転現象が起こり、且つ前方過密・後方過疎過ぎて、〔泡〕の意味がなくなります。
・ バイクの車種の話。400ccの〝アドベンチャー・ツアラー〟を検索したら、一車種しか出てこなかった(某ブログでは、その車種を指して「国産唯一」と謳っていた)件について。うん、そのバイクがモデルです。ちなみに、その車種のモデルチェンジは平成31年春ですが、作中のバイクのモデルチェンジは都合により平成29年末となっています。




