第27話 悪意と、その対処
第05節 そして、また旅に〔3/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
「しかし、全車新車か、凄いね」
「一学期に、必死でバイトしました」
「学校は、何も言わなかったかい?」
「うちの学校は、規制するより正しい運転技術、正しい交通ルールの指導を徹底することで、逆説的に暴走行為の愚かしさ、交通違反の結果の悲惨さを教えていました。
二ヶ月に一度ですけど、白バイ隊から技能講習を受けることも義務付けられています」
「へぇ、それも凄いな」
白バイ隊員のひとりが、オレたちの身元照会をしている間。暇つぶしを兼ねて、もう一人の白バイ隊員さんがオレたちと雑談を。勿論、オレたちだってわかっている。これは雑談の形での事情聴取。オレたちの為人の確認と、オレたちの言葉に違和感がないかの確認。だけど。
オレたちの学校は、「バイク乗り」=「不良」、と短絡するような時代遅れの学校じゃない。その一方で、技能講習を義務付けることで、「暴走行為」=「格好悪い」と教育している部分がある。
そして、「バイクに乗るから不良になる」のではなく、「承認欲求を満たされないから不良になる」と考え、交通安全運動に関して表彰する、実際にサーキットを走らせるなどで「暴走行為より目立つ」「峠を攻めるよりスリリングな」ことを、正しい指導の中で実際に挑戦させ、逆説的に不良化を〝無意味化〟する。
事実、免許取得が許されるギリギリの成績の、もう少しで落ちこぼれと呼ばれることになるはずだった生徒が、免許を取得し、バイクに乗ったら。毎週の朝礼で頻繁に表彰されるようになった。学内表彰だけではなく、県警署長からの公式な感謝状さえもらっている。ちなみに生徒会長は、町内ボランティアで市長名義の感謝状を貰っている程度、と考えると、少なくとも彼にとっては今更暴走行為をする意欲はないだろう。ちなみにその生徒は、その後成績も上昇したという。
やがて、身元照会をしていた隊員さんがオレたちのところに来て。
「確認が終わった。問題なしだ。念の為学校とキミたち全員の保護者さんにも連絡を取って話を聞いたら、ツーリングの話は聞いているし問題はないと言われた。
……時間を取らせて悪かったね」
「否、問題ありません」
そして、俺たちは白バイ隊員さんたちの前からスタートする。
チーム6人編成、というのは意外に隊列も長くなる。車長を2m、車間距離を30mとすると、隊列は162mにもなる訳だから。その為、まず路上に出るのは最後尾。それから先頭から順に路上に出る。最後尾が先に路上に出ることで、後続車に減速を促すという意味があるからだ。
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「だけど、一体誰が通報したんでしょうね?」
と、武田が。すると。
「それ以前に、どうやって俺たちが今ここにいることを、その通報者が知っていたのかが問題だな」
と、飯塚が。そう言えば、確かに。
「あたしらのツーリングのスケジュールを知っているのは、親たちと、バイクショップの店員、そして、学校、だな」
松村の言葉。親たちは当然として、バイクショップの店員さんは相談に乗ってもらった関係上当然知っている。そして学校は。
事故等に備えて、こういう旅行の際はルートとスケジュールを学校に事前提出することになっている。提出しなくても罰則はないし、提出したその内容によっては却下される、なんていうこともないけれど、登山届と同じで例えばこの山中で身元不明の焼死体が発見された、なんていう場合にも即座に行動が出来るように、という理由で提出が義務付けられている。
「親たちが、オレたちを通報する理由はない。通報するんならはじめから許可しなきゃいいだけだし。
店員さんが、オレたちを通報する理由もない。動機も無ければメリットもないしな。
同じく学校が、オレたちを通報する理由もない。意味がない。
だけど、だとすると。誰がオレたちのことを通報した?」
そもそも、今回の通報。そこに悪意があることは、疑いの余地もないけれど、情報が正確過ぎる。誰が、一体何の為に?
「あたしらのツーリングスケジュールを知る、第一当事者はそうかもしれない。けれど、彼らが持つ情報を得られる立場にいる第三者、であったら?」
例えば、親たちが誰かに話した。その誰かが通報した。その可能性は、ない訳じゃないけれど、やっぱりメリットがない。
店員さんが、同僚の店員や店長に告げ、それを聞いた人が通報した。こっちも、メリットの面であり得ない。
学校関係者が、誰かに告げ、それを聞いた人が通報した。けど学校には、生徒の情報について守秘義務がある。
「生徒が提出したツーリングスケジュールに関し、閲覧権限がある組織がある。生徒会が、生徒自治を理由にすれば、閲覧が出来る」
! 生徒会か。あり得る。
連中は、松村絡みの事件で、武田に対して逆恨みしている部分がある。武田の所為で、うちのサッカー部のエースが怪我をした、というのだから(ちなみにサッカー部は地区予選で敗退したそうだ)。武田を一日中、(下手糞な)尾行をしてネタ探しをしていた、という話もある。
だけど、これはちょっと目に余る。何か手を打つ必要があるか?
「でも、それが理由なら。逆に放置で良いでしょう」
と、武田が。何故?
「何度でも、職務質問すればいいんです。ボクらは何ら違法なこと、後ろ暗いことをしている訳ではないんですから。職質する回数が増えれば増えるほど、それを警察が担保してくれることになります。
生徒会は、学校から信用されています。けれど、その〝信用〟はあくまで学内に留まります。
ではもし、生徒会長の主張する内容と、生徒会長の通報に基づき出動した白バイ隊員の報告書の内容が、矛盾していたら?
先生方は、生徒会長の訴えと警察の報告、どっちを信じますか?
そしてそれが度重なったら。生徒会自体に対する信用は、どうなっていくのでしょうね?」
あぁ、そうか。こんなことが重なれば。生徒会長の通報は、警察(しかも県警所轄を跨いでいる)から見ればただの迷惑行為、悪戯電話の類と判断されることになる。場合によっては、警察から学校に苦情の電話が行くだろう。しかも、オレたちの学校では白バイ隊による運転教習もある以上、そっちのネットワークで伝わるかもしれない。
何もしないことが最善で、何もしないだけで生徒会長は追い詰められる。
なら、放置だ。
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そして、今夜の投宿予定のキャンプ場に着き。
皆で嬉々としてBBQの準備を始めると。
髙月は、分厚いステーキ肉を取り出した。脂の多いサーロイン。日本では、A4は堅くA5も狙えそうな品質の、肉だ。異世界産の肉は質としては日本の食肉に劣るけど、魔物肉の場合その限りではない。とすると、これは牛鬼肉?
厚さ12mmの特注鉄板を薪の炎で熱し、脂を溶かして広げて野菜と共にその肉を並べ。
「さぁ皆さん、召し上がれ?」
と、髙月は、高らかに宴の開始を宣言した。
(2,757文字:2019/09/02初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/28 03:00掲載予定)
・ 悪戯電話や警察に対する虚偽通報は、偽計業務妨害と認定される可能性があります。
・ 厳密に、日本食肉格付協会の基準に沿ってランクを定めると、牛鬼肉はB4或いはC4、です。アルファベット部分はその牛の可食部の歩留まりですので、ミノタウロスの場合それほど多くはありません。また筋肉質ですので脂肪が少なく5等級は望めないでしょう。




