第26話 職務質問
第05節 そして、また旅に〔2/8〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
オレたちがツーリングについての心得などをバイクショップの店員さんに聞いた時、店員さんは「同じバイクで同じルートを走っても、ライダーによって燃料消費量は大きく違ってくる」って言っていた。実際、全員の走りを(ミラー越しに)見てみると。
武田は、見本のような経済走行。エコドライブ、と言えば聞こえはいいけど、ケチ臭い。あいつは速度計やエンジンの回転計よりも、燃費計を見ながら走っているんじゃないだろうか?
ソニアは、人馬一体ならぬ人機一体。まるでバイクに意思があるかの如く、そしてその意思とソニアの意思がぴったり一致しているかの如く、右に左にとバイクを操作している。
髙月は、おとなしい。急発進急加速、急減速急停止は滅多にしない。結果、武田と同じエコドライブになるけれど、制限速度は守るし、カーブ手前ではかなり余裕を持ったブレーキング。事故るくらいなら、到着予定時間に遅れた方がはるかにマシ。そういうライディングだった。
飯塚は、……あれ、ロードじゃなくオフロードの走り、だろう。燃費とかスピードとかじゃなく、車体バランス優先。髙月とはまた違った意味での「事故らない走り方」。スピードを出し過ぎないのは当然として、逆に低速でもエンジン回転数を落とさず、必要に応じて急加速出来る姿勢とトルクを維持している。
松村は、どちらかというと限界を攻めるタイプ。〝森〟で練習している時、何度も限界を超えて転倒していた。練習で限界を超えれば、実践では限界ギリギリを維持出来る。そういう主義らしい。ちなみに、松村のバイクが現時点で一番キズが多い。
そして、スリルを求める走り方をしてしまうのが、オレ。だって楽しいじゃん。
結果、一番燃費が良い走りをしているのが武田で、次いで髙月。以下ソニア、飯塚、松村と続き、一番燃費が悪かったのは、オレだった。
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「リーダーより全員。
2km先のコンビニで小休止。返せ」
「武田、2km先で小休止。了解」
「ソニア、2km先了解」
「髙月、2K了解」
「飯塚、2了解」
「松村、2了解」
無線は、一対一の通話が出来ず、同じチャンネルの仲間全員が受信する。だから通信相手を表明した上で、連絡内容には「返せ」と告げることで内容が確実に伝わっていることを確認する。順番は、基本的に隊列の二番から隊列の順。これは何処まで電波が届いているかの確認でもあるからだ。ちなみに、各人の名前は、名前の省略。飯塚だけ「ア=エト」の省略になるのはもはや宿命。ちなみにオレの名前は当然、「ヒーロ」だ。
そして、コンビニの駐車場に入る。郊外のコンビニは駐車場が広いから、バイクを止める時も余裕がある。
「ふぅ。」
と、髙月がエンジンを止め、メットを脱ぎ、そして。
「おい莫迦止めろ!」
革ツナギのフロントファスナーを下ろしかけたところで、飯塚が制止した。
だけど、気持ちはわかる。蒸してるし。そして飯塚は、しっかり腰の位置までファスナーを下ろしている。
「ショウくん、男の子だけずるいよ」
「頼むから、周りの目線を気にしてくれ」
確かに、6台全て同一車種(しかもこの車種のカラーバリエーションは黒と赤の二種類しかなかったので、難しく考えず男女で色分けした)、見るからに新車で、そしてお揃いのツナギとメット。しかもそのツナギには、お揃いの紋章。
こうなると、「暴走族チーム」という以前に「メーカーのデモンストレーション」に見えるレベルという。しかも、参加しているメンバーの半分は女子で、その風貌もレベルが高いとなれば、どうしても注目を集める。
注目を集めた挙句、その女子の一人がストリップを始めたら。
……考えたくもない。
まぁでも髙月の気持ちもわかるから、オレもフロントファスナーに伸ばしていた手を戻し、飯塚もファスナーを上げた。
そしてトイレと水分補給。飯塚家で作ってくれたお弁当に手を出すには、まだ時間が早い。
なお、トイレも水分補給も、そして休憩それ自体も。全て『倉庫』で賄える。けど今回のツーリングに於いては、基本『倉庫』を補給基地としては使用しない、と決めていた。普通の高校生のツーリングを楽しもう、と。もっとも、それにこだわりキャンプ場のテントの中で、碌に体力を回復出来ない環境で睡眠するのは莫迦らしいから、今夜は『倉庫』で寝ることにしているけど。そして明晩は、高級ホテルを予約してある。こちらはオレたち(というより髙月)が京都に寄る理由そのもの。野宿や安宿だと、髙月が向き合う相手に舐められるから。
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そのコンビニで休憩を済ませ、また走る。
そして、そろそろお弁当を食べることを考えよう、と思った時。
「松村よりリーダー、後方より白バイ2台接近中。留意宜しく」
「リーダー、了解」
多分、関係ないとは思うけど。ただ、バイクが連るんで走ると官憲に警戒される、とはバイクショップの店員さんも言っていた。
「武田より全員、制限速度維持確認。
通行区分帯確認。整備不良無し。ソニアと飯塚が武装していなければ問題なし。以上」
「ソニアより全員、武装は暗器も含めて全て『倉庫』内です。以上」
「飯塚より全員、以下同文。以上」
「髙月より全員、信号無視等は無し。というかそれ以前にここしばらく交差点無し。だから一時停止違反も無し。以上」
「松村よりリーダー、追従している白バイが回転灯を点灯。対象はやはりうちらのようだ。号令を」
「リーダーより全員。左方向指示灯点灯。手信号を以て追従する白バイに路肩停車を表明。以上」
と、全員同時にウィンカーとハンドサイン。組体操かマスゲームかってくらい、息の合った動作になった。
「飯塚より全員、停車後速やかにエンジン停止。
全員降車後、センタースタンドを立て、メットを取れ。あとのことは白バイ隊員に従う。以上」
エンジンを止めて、センタースタンドを立てるのは、逃げる意思がないという表明。
メットを脱ぐのは、戦闘する意思がないという表明。
何故止められたのかはわからないけれど、何ら問題ないのなら、素直に職務質問を受けた方が、後が楽だ。
それこそ訓練された軍隊のように(訓練した側だけど)、一列に並んで白バイ隊員を待った。
「キミが、このチームのリーダー、かね?」
「持ち回りでツーリング・リーダーを選出しています。今日のリーダーは、オレです」
「そうか。このツーリングの目的地は?」
「今日は長野県某村でキャンプします。明日は京都のホテルで宿泊予定です。
京都に行くのは、うちのメンバーの商用、業務出張です」
「業務出張?」
すると髙月が前に出て。
「はい。み……私が『みなミナ工房』という個人営業の商店を営んでおり、その業界関係者に呼ばれて赴くところです」
「『みなミナ工房』。聞き覚えがあるな。女子高生職人が主宰する、着物屋さん、だったかな?」
「おっしゃる通りです。それで、美奈たちは何故お巡りさんに止められたのでしょうか?」
「通報があってね。今日ここで、暴走族が走る、と。
済まないけれど、キミたち全員の、免許証。それに、キミたちは高校生だよね? なら、生徒手帳も見せてくれるかな?」
「はい、構いません」
言われて、隠すことじゃないどころか当然だから、開示して。
すると、白バイ隊員はまず免許証と学生証の名前と写真が一致していることを確認し(ソニアはまだ就学していないので学生証はない。そのことは口頭で説明した)。そして。その免許を、システムで照会した。
(3,000文字:2019/09/01初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/26 03:00掲載予定)
・ ここで使用する無線用語は、彼ら独自のものです。飯塚翔くんはハムの免許を取りましたけど、どうせ内輪でのやり取りなんだからオタク用語の延長で構わないだろう、と。
・ コールサインで伸ばすのは、聞き間違え防止の為です。「ヒー」「ユー」「ソー」「ミー」「エー」「シー」だけでも識別出来ますから。飯塚翔くんのコールサインが「エート」になったのは、「カーケ」だと微妙だし、「ショーウ」だと「シーズ」と誤認するおそれがあるからという真っ当な理由もあります。
・ 「『倉庫』を補給基地としては使用しない、と決めていた」にもかかわらず、荷物は基本、『倉庫』の中で、手ぶらです(笑)。
・ 白バイ隊員の視点:まず、追従。「あれが、通報のあったチームか。お揃いのツナギに、お揃いのエンブレム? 確かに、暴走族のようだな。よし」そして回転灯を点灯。
マイクのスイッチを入れ、拡声器に向けて喋り出そうとする更に前、サイレンを鳴らす直前。全車一斉に左ウィンカーとブレーキランプが点灯し、更にハンドサインで停車する旨の合図を全員が行った。これは明らかに、白バイに向けて。
この時点で、白バイ隊員さんは不審に思いました。あまりにも、通報の内容とかけ離れ過ぎている。このチームが、あまりに統制が取れ過ぎていて、はみ出し者の暴走族のチームとはとても思えない、と。
そして、エンジンを止め、降車し、スタンドを立て、メットを取る。警官として、それらの動作の意味がわかるだけに、この時点で通報は間違いか悪戯か、と判断しています。




