第24話 旅立ちの準備
第04節 アルバイト〔5/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
免許の取得が出来てから。それと並行して、お買い物も始めました。
バイクは、結局400ccのオフローダーを選びました。車検があるのが面倒、とよく言われますが、パワーとガソリンタンクの容量が、向こうの世界に持ち込んだ時に大きな意味を持ちます。
そしてガソリンの携行缶。このバイクのタンク容量は17Lです。だから20Lの携行缶ひとつで、満タン分備蓄出来るということになります。
その一方で、通常合計40L以上のガソリンを備蓄する場合には、消防法で定められた保管場所としての機能を有する設備が求められます。けどボクらの場合。『倉庫』内の「時間凍結備蓄庫」に保管しておけば、気化蒸発の不安もありませんから、20Lの携行缶を20個用意し、順次保管していきました。ちなみに同じガソリンスタンドで頻繁に携行缶に給油を依頼すると怪しまれます(それこそ放火を目論んでいるんじゃないか、と。バイク乗りの場合は輸送が危険過ぎるから)。だから飯塚くんのご両親にお願いして、複数のガソリンスタンドを活用して給油してもらいました。これら携行缶は、全て向こうの世界に持ち込んで使うものですから、日本ではあくまで備蓄が目的になります。
なおバイクにはETCと無線機を搭載。バイク用カーナビはいらない、ということになりました。地図があれば充分だし、そもそも向こうの世界ではカーナビは役に立たないし、ということで。
飯塚くんがアマチュア無線の免許を取ったから、無線機を、という予定でしたが。こちらは機種の選定が間に合わず。取り敢えず現在は見送ることに。高出力化の違法改造の為の知識も蓄積しなければなりませんし。
同じく今回見送ったのは、軍用測距鏡。ゴルフ用の測距鏡(1,000m)は購入しましたが、三百万円の軍用測距鏡はどう考えても時期尚早、ということで。
同様に、高倍率望遠レンズを一眼デジカメに付けて、そのデータを無線でタブレットに飛ばして望遠鏡代わりに使用する、というアイディアは、却下されました。『レオパルド・ヒル』からの遠方監視に使えると思ったのですが、地上観測用望遠鏡にカメラアタッチメントを装着すれば良い、ということで。
あと、飯塚くんこだわりのライオットシールド。『レニガード』は最後まで役に立ってくれましたから、その上位互換を考えます。
けれど既製品を買うよりも、と考え、ホームセンターでポリカーボネイトのボードを入手・加工し、その表面に所謂「防犯フィルム」を貼付して、全員分、それぞれの使い勝手に合わせた楯を自作しました。ポリカーボネイトは『レニガード』にも使われていた強化プラスチック(または強化ガラス)の一種で、信頼に足る強度と透明度、絶縁性、などがあり、その上軽いというメリットがあります。一方薬品に弱くまた熱にも弱いので、その辺りは考慮する必要がありますが。けれど「自家製ライオットシールド」のメリットは、原材料のポリカ板がある限り、遠慮なく使い捨てが出来るという点です。『レニガード』の時のように、破損を気にする必要がないのですから。
結局楯としては。柏木くんと飯塚くん、そして雫のは両手を使うので、ソニアの肩楯のように。ソニアも自分の肩楯をポリカ製に交換しました。髙月さんとボクのは全身がすっぽり入る大楯に。それから『機動要塞』の補強用にもポリカ板と断熱偏光シートをたくさん購入しました。
武器としては、海外に行って実弾銃を入手したい、という希望もあります。さすがにこれは、飯塚くんのご両親の前では言えませんけれど。
ところで、購入したバイクで行く最初のツーリングの目的地は、銀渓苑。但しその前に、京都に寄りますが。
行程を考えると、一日で京都まで行くことは無理な距離ではありません。けど、免許取り立てでいきなり五百キロは、ちょっと長い? と考え、途中で一泊することに。但し、宿は取りません。
ということで、キャンプ用品もひと揃え。もっとも、食事も入浴も着替えも、基本『倉庫』内で済ます予定ですが。
その『倉庫』内も、向こうの世界には無かった金具等を購入出来たことで、随分環境が改善しています。以前と違って今は「運命共同体」を常に意識し続けなければならない、という状況ではないのですから、『倉庫』内に鍵が掛かり防音を確保出来る私室があってもいいじゃないですか。
そして食料等。いつの間にか、味噌と醤油が樽の単位で備蓄されていました。話を聞くと、髙月さんが修業中に気分転換に作ったのだそうです。麹の培養も始めているとか。……魔素に曝された麹が、どんな変化を起こすか。知りませんからね。
小麦粉と大豆と玉蜀黍と米と馬鈴薯それに鶏卵。資金に余裕があるからと、トンの単位で仕入れました。穀物類は、さすがに品種改良が行き届いた日本の方が確実に味は上です。ちなみに塩は、向こうの世界で入手出来るものと品質に違いはありません。というか、塩の精製は「雑味がある方が美味しい」のです。「純粋塩化ナトリウム」は、あまり美味しくありませんから。
服類も。特に、イライザ女王との約束を果たす為の女性用の下着や洋服も、既に何着か購入済みなのだとか。また、ライダースーツ・ブーツ・グローブもひと揃え。何気に革ツナギは軽革鎧より信頼性があります。またブーツ・グローブも戦闘用防具として充分に機能する強度があります。
実際、転んだ時に怪我しないようにスーツを着込むか、転ばないように動き易い服にするか、という選択は、ライダーの永遠の課題なのだそうですが、ボクらのような初心者マークは、護身第一ということで。なおヘルメットは、フルフェイスではなくジェットタイプ。こちらの方が、視界を大きく確保出来ますから。
他にも、発電機等を購入予定ですけれど、当面はガソリン式の可搬型発電機で。騒々しいのが玉に瑕ですが。
◇◆◇ ◆◇◆
ソニアは、どこから湧いて出たのか免許証を持っていました。だからそれを日本の免許に書き換えて。
多分ソニアは「騎士」だから、という理由でどこかの誰かが用意してくださったのでしょうけれど、現実問題ソニアはバイクに乗ったことがありません。
だから、購入したバイクを『倉庫』に持ち込み、〝森〟で操作訓練をしました。当然ながらすぐにコツを掴み、自在に乗り回せるように。
一角獣たちも、最初はバイクのエンジン音に驚いていましたが、そのうち一緒に走り出し。普通に走るユニコーンより速いバイクのスピードに、また驚いていました。なお上空では、有翼獅子のボレアスくんも飛翔して。〝森〟はオフロードだからそんなにスピードは出せないけれど、舗装路ならボレアスくんといい勝負が出来るんですよね。
ボクらも、オフロードの経験はないので、〝森〟でロードとは違う走り方のコツを学びました。そしてエリスを飯塚くんの後部座席に乗せて、〝森〟の中をライディング。上空にボレアスくん、周囲にユニコーンたちが並走する、なかなか贅沢な練習走行になりました。
そうして準備が整い、出発です。
(2,843文字:2019/08/31初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/22 03:00掲載 2020/06/22誤字修正 2022/07/02脱字修正)
・ 彼らが購入したバイクのメーカー名や車種名は、(参考にしたものはありますが)明示しません。出してしまうと、各メーカーの信者間による宗教戦争が勃発しそうですので。「オフロード走破能力を持つ400ccのロードバイク」、ということで、ひとつ。国産では該当車種は一車種しかないようですが。
・ バイクの納車に要する期間が短すぎると思われるかもしれませんが、其処はご都合主義ということで。
・ 「消防法で定められた、ガソリンの保管場所」。部屋ごと時間を凍結し、且つ空間ごと独立させていれば、防災防火という意味では消防庁も文句を言えないと思います。『倉庫』内では、隣の部屋で水爆が臨界爆発しても、熱も音も衝撃波も放射線も届きませんから。だからガソリン携行缶は、その後60個まで増やしました。ひとり10個(200L)の考えで。
・ 『倉庫』内の生活空間には、タイルカーペットが敷き詰められ、団欒の為の空間には、熊皮を敷き、LED電池照明をつけました。ちなみに椅子と机じゃなく、座布団(クッション)と座卓。それぞれの自室があるにもかかわらず、やっぱり皆がいる空間が一番落ち着けるようで。個室の方も、全員ベッドを持ち込み、趣向を凝らした自室をコーディネイトしています。キングサイズの天蓋付ベッドを持ち込んだのは美奈さんだけですが。
・ ソニアの鎧の肩楯は、二層式。小型の外楯と、大型の内楯。そのうち、内楯をポリカーボネイト製に換装しました。外楯の方は、タングステン・カーバイド製で作れないかと、現在業者に打診中。
・ 防犯フィルムは、打撃に強い一方で斬断には弱いです。が、仮令日本刀と雖も楯の表面では「打撃武器」としての機能しかないので、フィルムの効果は充分期待出来ます。というか、交戦中、楯の表面のフィルムを切る為に刃を這わせる、という状況になるのは、「偶然刃が楯の表面で滑った」という時を除いてあり得ないでしょう。
・ 断熱偏光シート。赤外線遮断性能を持ち、マジックミラー効果も期待出来るシート。『機動要塞』の下部防衛用です。
・ 〝森〟の中に、舗装されたサーキットコースと、長距離走行用の舗装路を作ろう、というアイディアも出ました。「〝森〟をどこまでも走っていったら、どこに辿り着くのか?」というのは当初からの疑問でしたし。
・ 「塩は、雑味がある方が美味しい」。不味くするのも、雑味なんですけどね。
・ 武田雄二「魔素に曝された麹が、どんな変化を起こすか。知りませんからね」
水無月美奈「知らないの? 野菜とかを育てる時に、『美味しくなぁれ、美味しくなぁれ』って愛情を込めると、本当に美味しい野菜が出来るんだよ? 魔素はそれを助けてくれるんだから、変なことになる訳ないじゃない」
飯塚翔「その結果、ご主人様の期待に応えなきゃ! ってご都合主義の権化と化した酵母が某なろう小説に登場していてだな。その酵母は、フグ毒さえ無毒化して見せたぞ?」




