第23話 邪神の気配と期末試験
第04節 アルバイト〔4/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
「ちょ、父さん。国籍取得が終わっているって……三ヶ月でも異常に早くて不可能だろうと思っていたのに、それを更に二ヶ月前倒しで、一ヶ月で完了?」
いや、あり得ないだろう?
そもそも、数年前に死亡した女性が、八年前に産んで、但し出生届を出していなかった子の嫡出認定。
そして、外国人の、帰化と養子縁組。
実はあれから、ちょっと調べてみた。日本人の子として外国で生まれ、外国で育った子の日本国籍取得は、申請すればいい。但し、「故人の子」としての認知に非常に面倒な手続きとそれ以上に時間がかかる。
対して、外国人未成年者の帰化は、事実上不可能。成人年齢まで待つ必要がある。或いは、日本人家庭の養子となり、更に一年が経過するのを待つ、か。つまりソニアの場合は、まず養子縁組してから帰化する方が簡単(それでも一年かかる)という事なのだが、養子縁組時に、そこに国際犯罪に関係しないか、或いは帰化申請時に、不法滞在ではないか、ということの証明をしなければならず、どちらもハードルが高い。
のに、二人とも、海外に戸籍も国籍もなく、パスポートも持たず入管記録もない、という状況で、たった一ヶ月で手続きが終わる。そんなこと、あり得るのか?
「うちの秘書は、有能なんだ」
「いや、それって有能ってレベルじゃないと思うけど」
うん、魔法の介在を疑うべき。或いは、どこぞの邪女神の介入を、か。
「そういえば、ボクの仕事の契約書も、あり得ないタイミングで作成されていました。けど盲判を押そうとした時に限って、奇妙な条項が追加されていましたから、契約書を隅からスミまで読まされました」
「奇妙な条項、って?」
「期限内に完成しなかったらフランス外人部隊に売り飛ばす、とか、一定以上の数のミスがあったら魂を頂戴する、とか、争訟になる時には邪神の祭壇に生贄を捧げなければ受け付けない、とか」
「……冗談、なんだろうけれど。って言うか、契約書をちゃんと読んでいることの確認なんだろうけれど。使われる単語から、連想されるものがあるな」
とは言っても。それが気の所為でもそうでなくても、合法的に二人の国籍が認められたんだから、善いということにしよう。それが「子煩悩な女神様」のしでかしたことだというのなら、ただ単純に感謝すれば良いだけのことだし。
「それから、ソニアくんは――何故か知らないけれど――向こうの国の免許証を持っていたようだから、免許証は書き換えるだけで日本の運転免許になるぞ」
あ、ちょっとうらやましい。けどそれなら、ついでに国際免許を持っていれば、車の運転も出来るのか?
それはともかく、ならソニアのバイクも用意しないと。
「いえ、私は資金調達に何ら寄与していませんから――」
「それは言っちゃ駄目な言葉だよ? それを言い出したら、美奈が一番稼いでいるんだから、美奈が一番我が儘言って良いってことになっちゃうから」
それは、最初に決めたこと。実際、武田のデータ入力の外注だって、根気が続いてミスが無ければ、武田以外の誰だって出来るんだから。その一方で、美奈や松村さんは俺や柏木が出来たような、工事現場での力仕事ははじめから受け付けてもらえない。なら、そんな些末事に意味はない。
「でも、高速道路でバイクの二人乗りは出来ないからなぁ」
と思ったら。
「実は、久しぶりの家族旅行で『銀渓苑』に行こうと思っているの。
翔たちの働きぶりも見てみたいし。
なら、エリスちゃんは私たちと一緒に、三人で現地に向かう、って言うのは、どうかしら」
と、母さん。
保護者の参観で仕事する。ちょっと情けないな。
「何を言うか。親戚の家で友人と一緒にバイトするオレの身にもなってみろ」
愚痴ったら、柏木が。……確かに。
まぁ何にしても、今後のことを考えると、親同士が面通しするのは、悪いことじゃないだろう。
そんなこんなで予定を立てて。だけど。
「だが、キミたち。
向こうの世界ではどうだったかは知らないけれど、こっちの世界ではまだ高校生だ。
そして、高校生の本分は、学業にある。
期末テスト、準備は出来ているのかい?」
と、父さんが。それに対して武田が。
「問題ありません。ボクらはあの三年間があるから、一年の時に学んだことなんかは結構忘れてしまっていました。けれど、中間テストに先立ってもう一度一年の分から勉強し直しましたから。
そして、今度の期末に際しては。
取り敢えず、三年までの全分野を一通り学習しておくつもりです。
その上で、復習を兼ねてもう一度一年の分から二年の一学期分を勉強する。こうすることで、知識の定着化を図ります。
夏に、ボクらはまた向こうの世界に行きます。そこでどれだけの時間を過ごすことになるか、まだわかりません。場合によっては年単位になるかもしれません。
その結果、学んだことを忘れてしまったら意味がありませんから。
『倉庫』の特性を使って、繰り返し繰り返し、勉強するつもりです」
◇◆◇ ◆◇◆
この、繰り返し学習。一周目は苦行に過ぎないけど、二周目に入るとその意味が分かる。「忘れていた」という事実を思い出し、或いは「覚えている」と思ったことの齟齬に気付き。それを繰り返すうちに、学習内容が「知っていて当然」のことだけになっていく。そうなると、あとは記憶の確認作業になり、むしろ退屈な作業になるという訳だ。
実は、松村さんの礼法指導がこの方法を採っていた。で、地獄を見た。
武田主宰の勉強会は、けれど。向こうの世界でのアドリーヌ姫に対する授業でコツを掴んだ所為か、結構効率のいいものになっていた。
そして迎えた期末試験。
武田は全科目満点、松村さんはそれに続き。学年第6位に俺の名前があり。
美奈と柏木も、学年30位内にランキングされていた。
特に美奈と武田は、学校(生徒会)から注目されていたから、この結果は面目が立つものだったと思われる。
◇◆◇ ◆◇◆
試験が終わったから、大手を振って免許取得に励める。
中型自動二輪免許は、教習所で技能検定を受けてから試験場で学科を受けるという形と、試験場で技能検定も行う「一発免許」と謂われるやり方がある。
ただ、「一発免許」は合格基準が厳しいと専らの噂。なら多少費用が掛かっても、教習所の方が良い。
教習所では、学科教習と技能教習があるが、技能教習は一日に受講出来るコマ数が限られており、日数がかかる。
また、「合宿免許」と「通学免許」という二つの形があり、「合宿免許」は教習所内の寮、または提携している宿泊施設で泊まりながら教習を受ける、「通学免許」は文字通り自宅から通いながら教習を受ける、という違いがある。
一般に合宿免許の方が短期間で卒業出来ると謂われ、また講習の予約は合宿生を優先するのが通例だけど、試験休み期間のように、一日全部を自由に使えるのなら、実は所要日数に大差ないというのが実情。だから全員、「通学免許」を選択した。
その結果、試験休み期間から少々足を出し、夏休みに入ったけれど。全員無事、中型自動二輪免許の取得に成功したのであった。
(2,835文字:2019/08/30初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/20 03:00掲載予定)
・ エリスの国籍取得は国籍法(昭和二十五年法律第百四十七号)第三条(認知による国籍取得)に拠りました。そしてソニアの国籍取得は第八条第一項第4号(国内出生で且つ出生時から三年以上継続して国内居住)の要件を援用しました。つまり、書類がないことをいいことに、「日本で生まれたんだけど今まで戸籍が無かった」ということにして国籍申請をしたんです。もっとも、この条項を援用して異世界人に日本の国籍を与える、という展開は他のなろう小説でも見たことがありますけれど、現実にそれを(魔法の介在抜きで)行使するのは、ほぼ不可能。濫用出来るのなら、いくらでも不法入国・不法滞在者が日本国籍を取得出来るということになりますから。なお「海外の免許を所持している」という事実は、この条項の適用条件と矛盾します。
ちなみに日本に於ける国際養子縁組は、擬装帰化準備を阻止する為、或いは「養子縁組」という名の人身売買(または当該国の法律で「誘拐」と判断される状況)を阻止する為、認可のハードルが高くなっており、未成年の国際養子縁組は事実上不可能に近いそうです。
・ 武田雄二くんは、飯塚父の秘書・波佐間りりすさんと直接会っています。が、その風貌に見覚えはなく、下の名前までは聞いておらず、そして契約書の内容の違和感とその秘書さんを関連付けることが出来ませんでした。認識阻害が掛けられていたのか、それともその姿も声も違うのか。
・ 飯塚父は、波佐間りりすさんの正体を、朧気ながら察知しています。そもそも髙月美奈さんを水無月家の養女とする、というアイディアでさえ水無月麻美さんの御両親の事故死により不可能となったはずなのです。にもかかわらず、エリスの水無月麻美さんの子としての嫡出認定もあっさり済んだ。何故? と。そして実は、ソニアの問題に関しては、飯塚父は昵懇の政治家を動かして、政治力でごり押しすることを考えていました。が、正攻法でクリア出来た。その時点で、正常ではありませんから。
・ 海外で取得した免許証を日本の免許証に書き換える為には、基本的には技能試験・知識確認試験が求められます。が、一部地域(先進諸国)の免許の場合、それらの試験が免除され、そのまま日本の免許に書き換えられます。但し、当該国の法律で18歳未満での普通自動車免許の取得、或いは16歳未満での二輪免許の取得が認められている場合、当該国の免許証の有効期間内にこれら日本の免許の制限年齢に達しなければ書き換えは出来ません。例えばその国の二輪免許には大型・中型の別はないから、国際免許ならリッターマシンに乗れるのに、日本の免許に書き換える時は18歳――大型自動二輪免許の取得可能年齢――未満であれば、中型自動二輪免許に書き換えられます。
・ 海外で取得した国際免許証は、そのまま日本で通用します(つまり18歳未満でもその国の法律が許すのであれば、日本国内で自動車を運転出来るということに)。但し、国際免許証の有効期限は一年間です。
・ 高速道路でのバイクの二人乗り。現在は可能(規制区間有り)ですが、20歳未満の未成年と免許取得後3年未満の人は、禁止されています。一般道でも、免許取得後1年未満は同じく禁止です。
・ 「私は資金調達に何ら寄与していませんから」というソニアさんの言葉に、ずぅ……ん、と落ち込む松村雫さん。けど、女子高生が平日朝夕と週末のバイト一ヶ月半で50万円稼げたら、普通に違法風俗疑うレベルです(笑)。
富裕層相手の高額商材を扱う職人や魔法使い、賠償金詐欺は全て論外ですから、肉体労働で65万稼いだ柏木宏くんとファミレスのバイトで35万稼いだ松村雫さんは素直に凄いと称讃に値する活躍です。なお両名とも、「みなミナ工房」からモデル代15万円受け取っています(その労働時間は外界で一瞬でした)。
・ 彼らの学校は、試験休み期間中の部活動は中止ですが、アルバイト禁止というルールはありません。そこは自己責任(成績が落ちたらバイト禁止)として。




