第22話 計画変更
第04節 アルバイト〔3/5〕
◇◆◇ 翔 ◆◇◆
美奈と武田の頑張りで、予定より早く目標金額を達成出来た。
日数で言えば、七月一杯を期限としていたんだけど、それは試験休みと夏休み、一日17時間以上の労働で、というスケジューリングだった。にもかかわらず、期末テスト前、朝夕のアルバイトと二人の内職(?)だけで、その金額を大幅に超えてしまったんだ。
内訳を言えば、
・ 美奈 六百万円
・ 武田 二百万円
・ 俺 二百万円
・ 柏木 八十万円
・ 松村 五十万円
という感じだ。
ただ俺の稼ぎは、ちょっとルール違反をしている。
実は、ある建築現場のバイトで、想定外の嬉しいことがあったんだ。
作業中に、重さ百キロ超の鉄骨が数本、まとめて俺の頭上に落ちてきた。
これは、純然たる事故だ。クレーンの真下にいた訳じゃないし、事前に耳が痛くなるほど聞かされた安全基準も守っていた。
けど、随分と突貫工事だったらしく、作業員が手順を省略した結果、クレーンで十階ほどの高さまで持ち上げた鉄骨が、そのまま下に落ち。
更にその下の階にあった鉄骨に当たり、跳ね。
運悪く、そこを歩いていた俺の頭上に降ってきた、という訳だ。
ところで、俺が向こうの世界で最後に作った魔法、〔慣性制御〕。この魔法は、二段階ある。
第一段階は、防御魔法として。すなわち、俺に向かってくる物体の、その慣性を保存することで、結果その物体の運動エネルギーを0にする。
第二段階は、保存した運動エネルギーを別の物体に付与することで、攻撃魔法として使う。
そして、向こうの世界でガトリングガンに撃ちまくられた、その運動エネルギーは、全て消費し尽くしていた。だから、大質量の持つ運動エネルギーを、どこかで調達したいと思っていたんだ。その為に、わざとトラックに轢かれることも考えていた。
そんな折に、降ってきた鉄骨。一本当たりの重量は、百キロ超。それが(あとで知ったけど)6本。高さは30m以上(途中で跳ねているから、相応に減速されただろうけれど)。
それだけの運動エネルギーを〔慣性制御〕の〔泡〕に、保存することに成功したという事だ。
で、その結果。当然ながら、無傷。とは残念ながらいかなかったものの、軽い打ち身と擦り傷で済んだ。「運良く隙間に収まったおかげだと思います」って誤魔化したけど。
けど、バイト先としては笑い事じゃなく。
その日、俺は真っ直ぐ病院に搬送され、精密検査を受けさせられた。
その上で、その日のバイト料は満額支給。更に(無傷だったにもかかわらず)賠償金も支払われた(病院代は当然建設会社持ち)。ただ、その事故はその後報道された様子もなかったから、もしかしたら無かったことにする為の口止め料も含まれているのかもしれない。まぁ常識で考えたら、運良く無傷だったとしても、恐怖で心的外傷になりかねない事故だっただろうから。
建設会社側の事情がどうあれ、俺としては望んだ以上の運動エネルギーが手に入り、仕事も実質一時間くらいで八時間分(契約は四時間だったけど、病院で検査を受けている時間も労働時間にカウントしてくれた。夕方の事故だったから、深夜加算もしてくれた)のバイト料も貰え、更に上乗せでおカネがもらえたんだ。不満なんか、ある訳ない。
嬉しかったから、その後も同じ建設会社の現場のバイトを申し込んだ。「お前、頭イカレてるだろ?」と言われたけど、「あんな事故があったから、安全確認は前以上に厳密にしてくださると確信しています」と応えたけど。
◇◆◇ ◆◇◆
さて、予定を一ヶ月前倒しで目標金額を達成したから。改めて計画を立て直さなければならない。
という訳で、久しぶりのミーティング。今回は、うちの両親も『倉庫』に同席。
「主に美奈と武田の頑張りで。予定を一ヶ月前倒し出来るようになった。だから、今後の計画も一ヶ月前倒ししたいと思う。
具体的には、当初の計画では、七月末までバイト三昧。八月の上旬に買い物と免許を取る為の教習所通い。中旬から下旬で、旅行と異世界渡航。大雑把だけど、こんな感じだった。
予定通り、期末試験まではバイトする。けど、もう少し余裕を持った時間配分にして、余った時間で買い物の為の資料集めと購入契約。
試験休み期間で、皆は教習所に。俺は、ハムの免許を取ろうと思う」
「アマチュア無線? どうして?」
「まず、俺たちが買う予定のバイクは、ETCと無線を積む。これはこっちの世界でのツーリングの際のコミュニケーションの為でもあるけど、それとは別に、向こうの世界に持ち込む、遠距離通信手段としてでもある」
これは、以前から考えていた。携帯電話が向こうでは使えない以上、無線機を持ち込むのはどうか? と。けど。
「ですが、飯塚くん。アマチュア無線でも、その到達距離は高が知れています。いくつかの好条件が重なれば、かなりの距離到達する、それこそ地球の裏側とも交信出来るって言いますけど――」
「そう、それだ。向こうの世界では、余計な雑電波はない。だから、こっちより到達距離は遠いと思う。その一方で、向こうの世界に充満している魔素が、電波にどんな干渉をするか全くわからない。
それでも、高出力無線機と、高利得アンテナがあれば、かなりの距離の通信が可能になるはずだ」
と、それを聞いた父さんが。
「ハムの免許を取るのは良い事だが。高出力無線機は、違法じゃないか?」
「確かに。だけど、それは『日本国内法』の話だ。外国では、それが法に反するとは限らない。そして、異世界ではそもそもそれを規制する法がない」
だから、無線機を正規に購入する為に免許を取り、それを違法改造した後、異世界で使う、という形になる。
「まぁともかく、当面は免許不要の低出力無線機をバイクに搭載して、ツーリングで利便性を確認しよう」
実は。既にツーリングの予定を立てていた。
柏木の分家である入間家。そこが亭主をしている、高級旅館『銀渓苑』。夏に、其処でバイトをしようと考えている。その際、柏木は入間の女亭主であり入間史郎氏のお姉さんである双葉さんに、異世界のことを話すつもりなのだ。
その流れで、双葉さんを連れてウィルマーの『銀渓苑』に連れて行くことも、考えている。
ちなみに、美奈は『みなミナ工房』の営業を銀渓苑でするつもりのようだけど。
そして、道中京都を経由し、京都呉服商組合の組合長に会いに行くことにしている。
あまり好意的な呼び出しとは思えないけれど、だからこそ臨戦態勢。だからこそ、〔慣性制御〕に蓄積する運動エネルギーをケチる訳にはいかなかったのである。
けど、この計画では、一つ問題がある。
エリスとソニアが、仲間外れになってしまうという事だ。
「あぁ、それは問題ない。二人の日本国籍の取得も終わっている。こちらも、予定より二ヶ月以上前倒しになったな」
と、父さん。って、え?
(2,727文字:2019/08/30初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/18 03:00掲載 2021/02/09誤字修正)
・ 飯塚翔くんが、鉄骨の下敷きになった時。「無傷」で済まなかったのは。
〔慣性制御〕第一段階は、あくまで〔泡〕に接触した物体の慣性を保存します。つまり、その鉄骨に続いて降ってきた次の鉄骨の運動エネルギーは、その瞬間対処出来ません。
最初の鉄骨は〔泡〕に運動エネルギーが奪われた結果、一瞬その場所に静止し、重力と次の鉄骨が降ってきて最初の鉄骨にぶつかった衝撃でまた新たに運動エネルギーが与えられるのです。それを繰り返すことで、僅かなタイムラグが発生し、結果運動エネルギーが残ったままの鉄骨が、翔くんの身体に接触することになりました。その時の速度が仮令1km/hだったとしても、9mmNATO弾が100km/h以上のスピードでぶつかって来た時と同じくらいの運動エネルギーがありますから、怪我をしないということはあり得ません。
・ 翔「下を歩いていたのが、他の人でなくって良かった」
・ なお、運動エネルギーを入手する為に、わざとトラックに轢かれたら。トラック自体の慣性は〔泡〕に全て吸収されるでしょうけれど、トラックのドライバーさんと積み荷の慣性はその対象にならず。結果、積み荷が滅茶苦茶になってトラック会社が多大な賠償責任を負わされ(保険がかかっているでしょうけれど)、挙句ドライバーさんはその衝撃で異世界転生してしまう可能性の方が大きいでしょう。
・ アマチュア無線の「アマチュア」は、「玄人」に対する「素人」ではなく、「営利」に対する「非営利」です。




