第20話 おカネを稼ごう!
第04節 アルバイト〔1/5〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
美奈が髙月の家を出て、建前上飯塚家の居候に、実質的には生活の拠点を『倉庫』内に、と移したと知ったときは、やっぱり驚いた。けど、同時に。
美奈の家庭があまり上手くいっていないことも聞いていたので、これでよかったのかも、とも思った。
また、雄二も。寮の私物のほとんどを『倉庫』に移した。こちらは、買い過ぎて収納限界を超えてしまった書籍類(ラノベ・マンガ等を含む)の管理の目的もあるようだ。寮の部屋は、もう対外的(対学校向け)の、書類上の所在地でしかないようだ。
ちなみに、これにはもう一つ別の理由もあった。雄二の周りに、監視するような人影を頻繁に見かけるようになったからだ。当然、国家諜報機関の人材とは比較にならないほど稚拙な尾行。良く言って、探偵ごっこしている学生レベル。
多分、篠崎会長の手の者。恥を掻かされたから、意趣返しのネタを探している、というところか。うっとおしいからその目から逃れたい、というのも雄二の本音のようだ。
ちなみに、うちの学校はバイトを禁止していない。一応「坊ちゃん嬢ちゃん学校」に分類されているけれど、だからこそ社会勉強の為にもバイトは推奨される。とはいっても、一年生は禁止。二年生でも、直近のテストで赤点だと禁止令が出る。三年は上位100位内でなければ認められない。だからバイトの許可を担任と、学年主任に申請し認められるレベルの成績を保持していることを確認しなければいけない(どこでバイトするとかはこの場合必要ない)。
美奈と柏木の中間試験の成績は、『倉庫』での缶詰合宿で結構上昇した。ただ、期末試験の結果次第では改めて禁止されることになるかもしれないけれど。
免許取得の許可も取った。こちらは、やっぱり一定以上の成績を維持することと、偶数月に学校で行う(県警本部交通部の白バイ隊員の指導に拠る)運転技能講習会に出席することが義務付けられている。これにサボった時、或いは交通違反で減点を食らった時、そしてその他の理由で所轄の警察に補導された時、最短三ヶ月から最悪卒業時まで、生活指導に免許を没収されることになる。なお、飯塚は中型の、美奈と柏木は原付の免許を、それぞれ既に取得していた(原付免許は講習会には半年に一度の出席で構わない)。
◇◆◇ ◆◇◆
そうして始める、アルバイト。
だけど、選ぶバイトには、幾つかの条件を付けた。
ひとつ、事実上シフト不定期になる、コンビニやファストフードのバイトはNG。これは、夏休みに入ってからは「一日16時間、月30日」働くという前提でのスケジューリングになる為、かなり綿密に予定を組む必要がある。残業(延長)も代役も、飲み会などのレクリエーションも、あたしたちは参加する余裕はない。
ひとつ、移動時間が少ない勤務先であること。帰路は『倉庫』を介した転移で、飯塚家の庭に戻る(許可を得た)。そうすれば、無駄な時間を減らせる分、効率的に働ける。
ひとつ、なるべく効率のいい仕事を選ぶ。3K仕事はそれだけ時給も高い。けど、水商売系はいくら時給が良くってもNG。これは次の条件とも重なるけれど。
ひとつ、非合法な仕事は選ばない。冗談抜きで、犯罪行為を選択すれば、それこそバイト自体をする必要がなくなる。欲しいモノだって、盗めばいい。だけど、そんなことをするくらいなら、欲しいモノを諦めよう。或いは、商品のグレードを落とそう。あたしたちは、そこまで自分の魂を腐らせたくないから。
そしてひとつ、なるべく多様な仕事を選ぶ。前に述べた「効率的」と多少矛盾しても、「とにかく色々やる」。
そうやって条件を付けてみると、選べるバイトは意外に少なかった。
まず、「短期・高額のバイト」は、逆に効率が悪かった。バイトの申し込みをして、面接を受けて、それでかなりの時間を費やすことになるのに、それがたった2-3日で終わったら。多少時給が安くても、長期継続出来るバイトの方が、割に合う。その一方で時給の安さを勤務時間の長さで補うタイプのバイトは、当然あたしらの目的から考えて却下。
また、自分の得意分野とは関係なく色々な仕事を、と考えても。
実は、バイト先は高校生バイト如きの知識だの能力だのには、はじめから期待していなかった。必要なのは、基本的に体力と根気だけ。知識や技術を求められる仕事は、その業務内容を分解し、知識や技術を必要としない部分だけがバイトに任せられる。だから結局、高額報酬を望めるバイトは、倉庫の荷の積み込みや建設現場の肉体労働等になってしまうという事だ。
逆にその技能を認められ、それを活かせれば。
そのパターンが、雄二のデータ入力の外注と美奈の織物関係の仕事という事だ。
雄二のデータ入力は、(『倉庫』を使うことによる)他人に真似の出来ない入力速度、という技能が認められ、飯塚の父親の会社に限定してとはいえ受注する業務も一件当たりの報酬額も、どんどん増えていった。
美奈の方は。「水無月呉服店の技術の継承者」という肩書は、その業界では大きな意味があるようで、あっという間にその製品は百万円の単位で取引されるようになっている。
実は、京都呉服商組合の現組合長は、飯塚のお母さんである琴絵氏の父親が社長をしていた時代の専務で、株式会社水無月呉服店の最後の社長、らしい。この人物が、「水無月ミナ」という名を無視出来るはずが無く、それでいながら京都呉服商組合とは無関係に、ネットと(琴絵氏の)個人のコネクションで販路を広げていくことに、臍を噛む気持ちでいるのだとか。
そんな、この世界で魔法を行使出来る環境まで提供されて仕事をしている男子高校生だとか、業界の雄に個人で喧嘩を売れる技能と立場を身に着けた女子高生、なんていうのはさすがに論外としても、結局この二人の稼ぎ高が群を抜き、追って柏木と飯塚の肉体労働組が続く。
あたしは、結局ファミレスのバイトとラベル貼りの内職くらいしか出来ることはなく、目標金額の達成には、あまり貢献出来ていなかった。
◆◇◆ ◇◆◇
その男女カップルは。生徒会役員だった。
生徒会長の命令を受け、重要参考人・武田雄二を監視する任を請け負った。
武田は、早朝4時前に、寮を出た。どこに行くのかと思ったら、近くの物流会社の倉庫へ。二人は当然IDを持っていないから、その会社の敷地には入れず、外から監視を続けた。
8時前。武田が出てきた。そのまま真っ直ぐ学校へ。授業中は、居眠り等をすることもなく、普通の高校生として過ごしている、と会長が担任を通じて確認している。
午後4時。授業を終え、掃除当番等を終わらせた後、オフィス街の某ビルに。こちらもIDを持っていない二人は入れない。けどオフィス街だから、その辺に屯していたらすぐに不審者として通報される。だから近くの喫茶店に入り、珈琲を飲みながら時間を潰した。
午後5時。武田が出てきた。そしてそのまま別のビル(警備会社のビルだと後で知った)に。二人は喫茶店を出るときに一旦清算したけど、同じ喫茶店から監視出来る場所なので、再び。今度は軽食を注文した。
午後8時。武田が出てきた。そして、しばらく歩いてある民家へ(ここは武田雄二の友人、飯塚翔の家だと後で知った)。
午前1時。武田が出てきた。そのまま寮へ。これで、武田雄二の一日が終わったらしい。
監視していた二人は、睡眠時間を減らし、勉強時間を減らし、大幅に成績を落とすことになる。
(2,997文字:2019/08/29初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/14 03:00掲載予定)
・ この時期、美奈さんの戸籍名は既に「水無月美奈」になっています。が、友人たちに「髙月(さん)」と呼ばれるのは嫌いじゃない為、事実上のあだ名として、その呼び名が残っています。なお学籍上の名前は、卒業まで「髙月美奈」。そしてビジネスネームは「水無月ミナ」です。
・ 雄二くんは、寮の自室で電子機器(ノートPCやスマホ等)の充電も行っています。また、ネットブラウジングも。さすがに『倉庫』内では、LANケーブルはなくWi-Fiも受信出来ないので。彼は寮に戻ると、マルチチューナーで録画したニュース・ワイドショー・ドラマ・アニメ等をフォルダ分けしてHDDに保存して、そのHDDを『倉庫』に持ち込み、ゆっくり視聴しています。ただネット掲示板等への書き込みは寮の自室からでないと出来ないのですが。
・ 両世界の諜報技術の差について。向こうの世界は科学のレベルはこちらの世界より劣っていましたけれど、人的資源までそれに比例して劣っているとは限りません。というか魔法による索敵も、魔法による隠形も、ともにあったのですから、科学技術で能力を増強するこちらの世界の諜報部員とどちらが秀でているのか。興味深い命題です。その結論がどうであれ、学生の「スパイごっこ」の出る幕じゃないですが。
・ 彼らの学校の運転技能講習会。免許を持っていない、免許を取得したいと思っている生徒たちも、参加出来ます。正しい交通ルールの知識、正しい運転技能を身に着ければ、改造車に乗る危険、交通ルールを無視した結果の事故の悲惨さ、そして所謂暴走行為の愚かしさを普通に知ることになるでしょう。なお、プロのモトクロスレーサーを呼び、オフロードコースやロードのサーキットを走る実習も行われます。こちらはさすがに有料ですが。
・ 「短期・高額のバイト」は、所謂オープニングスタッフ等。「時給の安さを労働時間の長さで補うタイプ」のバイトは、配送トラックの助手や「交通費支給」・「集合場所から会社の車で一時間移動」その他待機時間の長いバイトなどです。論外なのは「寮費支給」のバイト。
・ 小遣い稼ぎのアイディアに、「『倉庫』製の理論真球をベアリング会社に卸そう!」というのがありましたが、色々な意味で洒落にならないという理由で却下されました。
・ 松村雫さんは、当然酒造場のバイトにも申し込みました。そもそも女子のバイトを受け付けてくれるところ自体が少なかったのですが、受け付けてくれた先も、面接で「松村酒造の娘」だとわかると、御祈りモードになりました。「うちの技術や酵母を盗みに来たのか!」と面と向かって言ったところもあったとか。
その雫さんのバイト先は、結果5軒のファミレスをはしごする形に。
ちなみに雫さんのバイトの中で、最も時間効率のいいバイトは。以下次号。
・ 武田雄二くんの尾行をしていた二人。作中描写以前にも、「寮の外から監視をしよう!」と朝から張り込んだものの、始業時間になっても彼の姿を捉えられず、確認してみたら既に寮の部屋は空室だったと知り、無駄に遅刻をして先生に怒られるなどしました。作中の、尾行に成功した日は、そんな失敗を何度か繰り返した後の話です。
一方尾行を知り、敢えて〔転移〕を使わない、意地悪な雄二くん。彼は当然、合間合間に『倉庫』で充分な休憩と食事を採っています。そして尾行組は、不足した睡眠時間を授業中に賄う事で先生に怒られ、監視する為に喫茶店で使った飲食代が生徒会費からは出ず自腹を切らされ、成果もないまま期末テストに臨むことになったのでした。




