第18話 欲しいモノ、見つけたい
第03節 ステップアップ〔4/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
ボクらが今、欲しいモノ。
結構たくさんあります。
例えば、オートバイ。これは、異世界で使う事も考えて、オフロードタイプが良いでしょう。ガソリンの携行缶を『倉庫』に持ち込んでおけば、ガス欠の不安もなくなります。一方で充分なトルクを確保する為にも、中型以上であることが求められます。
そんな大きな買い物でなくとも。これは昨日、皆が買い物に行ったときに思ったそうですが。「メジャー」。100円ショップで売っている、定規。2.5mの、メジャー。
でも例えば雫の弓の練習の為の的場を作るなら、最大90mを計れる必要があります。テープ型手回し式の100mメジャーなら、2,000円程度。ただしこの場合、計測に二人以上の人手がいります。一方で、一人で計測出来るものは、レーザー測距計。数千円クラスで100mを計れるものもあるようですが、ネットの評判はあまり宜しくなく。信頼出来る測距鏡だと、やはり万円の単位になります。
これは、「一定距離を定める」のならテープ型で構いませんが、対して「対象物との距離」を測るならレーザー測距鏡の方が簡便だ、と使い分ける必要が出てくるんです。そして弩砲の使用を考えるなら、対象物が射程内か否かを判定する為にも数百メートル級の測距計が欲しくなります。
ゴルフで使う、単眼鏡機能付きで高低差まで計算に入れることが出来る測距鏡が、最高クラスのモノで五万円弱（直線距離で1,000mまで計測可能）でした。そして現役の軍用の、数十キロを計測出来る物は、数百万円します。
どのレベルまで要求するかで、ケタが三桁から七桁まで変わるんです。
他にも、発電設備。魔石を使えば動力がありますから、エンジン式のである必要はありませんが、最低限の蓄電設備（「最低限」は機能であって容量じゃない）は必要になります。
そうやって考えていくと、欲しいモノをボクらの想定する条件で且つ最上級のモノ（メンテナンス出来る状況ではない場合を想定すると、中古や安物だと〝銭失い〟になる危惧がある）を、と考えると、合計五百万円をあっさり超えてしまうんです。
『倉庫』を使った時間短縮で、ボクらはひと月約50万円稼げる、と先程計算しましたけど、その場合、五人でやっても、目標金額に達するまで、二ヶ月はかかるという事です。
勿論、優先順位を決めて、一つずつ買っていくというのが、賢い購買方法。でも、夏休みは40日しかありませんし、旅行とかにも実は行きたいですし、夏休みには異世界で過ごしたいという気持ちもあります。異世界で活かせるものは、その時までに用意しておきたいんです。
だから、時間が足りません。とは言っても、女子に非倫理的な仕事はさせたくありません。なら、あとはイカサマをしてでも時間を作ることになるんです。
この場合の、「イカサマ」。それは、労働基準法第六十一条を如何に誤魔化すか。
未成年の深夜労働を禁じたこの法律の、抜け道。つまり、「内職」です。
「例えば、造花造りの内職とか、ラベル貼りの内職とか。『倉庫』を使えば、一瞬でノルマ達成出来ますから。とはいえ本当に一瞬で終わらせたら世間体に問題が出るでしょうから、例えば5日ノルマの内職を10件くらい並行して請け負って、4日後に全部納品する、という形で進めることは可能かと思います。
或いは、データ入力の内職。ノートPCを持ち込めば、外界時間一瞬で終わりますから、これも効率の良いバイトになります」
「待ちなさい。データ入力のバイトは基本、データの外部持ち出しは禁止される。また、個人のPCの持ち込みも、だ。そう簡単にはいかないだろう」
「あ、そうですか。それは考えていませんでした。では――」
「うちの会社の、データ入力の仕事を、武田くん、キミに卸そう。仕事場は、私の執務室だ。独立電源のノートPCも、貸与する。
毎日夕方5時に、会社に来てくれ。IDは、この週末中に用意しておこう。大体平均して3日納期だが、『倉庫』を使えば、一瞬、なんだね？」
「は、はい！」
「なら、独立した契約書を、10件くらい用意しておこう。3日納期の仕事を1日で終わらせるくらいなら、スーパーパンチャー呼ばわりされる程度で済むからね」
「有り難うございます」
「ラベル貼りの内職は、製造部門の方で需要がある。そっちのキミ、松村くんって言ったね？ やってみるかい？」
「はい、喜んで。」
「翔。お前はどうする？」
「って言うか、『倉庫』を使うことを前提に考えれば、性に合う・合わないを考える必要もない。昼間のバイトにしても、おんなじだ。むしろ、色々なことをやってみようって思ってる。
俺や武田は、力仕事は苦手だけど、あの三年間のおかげで高校生バイトレベルならどうということはないし、それでも疲れたら『倉庫』で休める。
だから逆に、データ入力やラベル貼りのような、根気がいる仕事でも請けられるよ」
この辺は、完全に初級冒険者活動と同じです。
そして、個人の適性云々という話よりも、今まで自分がイメージしていなかった仕事をやることで、新たな経験が出来るという事の方が、ボクらにとっては得るモノが多いんです。ええ、お金稼ぎが一番の目的ですけど、効率厨になっても面白くありませんから。ボクが肉体労働し、柏木くんが知的労働をする。そういうのだって、充分経験になるんですから。
◇◆◇ ◆◇◆
「でも、それはそれとして。美奈ちゃん。どうせ内職なら、アレ、やらない？」
と、『倉庫』内を見学していた、飯塚くんのお母さんが。
「アレ、ですか？」
「そ、所謂ハンクラ。オールシルクのハンカチとか、スカーフとかなら売れると思うわよ？」
「でも、買い手がいるかどうか」
「ネットオークションなら買い手はいくらでもいるわよ？
或いは、私が業者を紹介しようか？」
「女子高生の手習いで作った物が、プロに売れるかどうか――」
「美奈ちゃん、ビジネスネームで『水無月ミナ』を名乗る気、ある？」
「え？」
「水無月呉服店の、免許皆伝。
その肩書があれば、京都呉服商組合を向こうに回して、一大販路を築けると思うけど？」
「い、良いんですか？」
「今は、まだ不十分。けど、『倉庫』でなら、時間の制限はないんでしょう？
叩き込むわよ。さっきの、武田くんのお話で、『宿題が終わるまで『倉庫』から出ない』っていうのは、ルールに抵触しないって言っていたものね。
なら、美奈ちゃんも、ちゃんと技術を習熟するまでは、外界に出ちゃいけません。って、缶詰するのは、良いってことでしょう？」
「ひ、ひえぇぇぇ～」
なんか、とんでもない人に、『倉庫』の秘密を知られてしまったみたいです。
ともかく、ボクらの想定するタイムリミットは、8月1日。
それまでに、目標金額500万円、出来れば800万円くらいは作りたいです。
そして、免許を取って、買い物をして、旅行をして、そして。
異世界に、遊びに行くんです。
（2,781文字：2019/08/28初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/10 03:00掲載予定）
【注：「京都呉服商組合」は、フィクションです。実在の類似した商業組合とは全く関係がありません。作中では、日本の織物産業の元締めです。水無月家とは縁があるようで】
・ レーザー測距鏡で計測可能距離3.5kmのが、メーカー希望小売価格80万円強。同社製の計測可能距離21kmの製品は、お値段330万円（涙）。向こうの世界で、軍用に使うなら、是非欲しい逸品です（ってか21kmのはロシア軍が現役で使用している、ガチの軍用です）。ちなみに、数メートル単位のモノは、無料のアプリもあります。
・ 労働基準法を誤魔化す「イカサマ」。労働基準法第三十二条第2項には、「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」という規定があります（残業時間等の取り決めは、第三十二条の二以下ですが、年少者に対する8時間を超えた労働は第六十条で禁止されています）。が、この条文の主語は「使用者は」。つまり労働者が、複数の会社に勤めてその合計労働時間が8時間を超えることは、違法ではないのです。その一方で、未成年者の深夜労働を禁じる条文が、第六十一条。これにより、彼らの労働可能限界時間が一日17時間となるのです。
・ 「内職」（会社側から見たら「外注」）は、一般に「バイト」に含まれますが、所得区分では給与所得（バイト）ではなく事業または雑所得ですので、確定申告が必要になります。また髙月美奈（水無月ミナ）さんのお仕事は、カリッカリの事業。製造業（BtoB）になります。そして本来、学校の「アルバイト禁止」の規定は、事業者には適用出来ません。そこまで本格的に「学生の身分で事業」を行う人は多くないでしょうから気付いている人の方が少ないですが。この辺りは次章序盤で取り上げられますが。
・ 「データ入力のバイトは基本、データの外部持ち出しは禁止される」。これは、飯塚父の会社のルールであって、全てのデータ入力の内職に当て嵌まることではありません。
飯塚父の会社の、データ入力外注は、「データの社外持ち出し禁止」「入力端末は会社からの貸与品のみ・会社のネットワークへの接続禁止」「指定された場所以外への持ち出し禁止」でありながら、「外注は20時以降社内設備（作業室含む）の使用禁止」というルールがある為、学生外注にやらせる場合は17時から20時までの三時間で作業をしろ、ということに。ちなみにこの会社では、派遣や外注が社員食堂や休憩室等の会社の福利厚生施設を使用することは禁じられています（別途料金を支払えばひと月単位で使用出来ます。一般社員も実は給料から天引きされています）。また外注の会社の出入りの時間等に関しては、人事部では把握出来ない仕組みになっています（記録されていない訳ではなく、また深夜時間帯の立ち入りは出来ませんが。その記録閲覧権限は、役員以上になります）。だから学生外注が学校をサボって作業したとしても、会社としてはその事実を（建前上）把握出来ません（推奨もしませんが）。
・ 5日納期の仕事でも翌朝には仕上がっている、ということで、その後雄二くんに依頼が殺到します。果ては社員個人の「明日までに終わらないと上司に叱られる」「明後日からの出張で使うプレゼンの資料がまとまらない」などの依頼も舞い込むことに。但し、「アルバイト（給料）」じゃなく「外注（報酬）」の為、一件ごとに契約書を交わさなければならず、その社員が報酬について自腹を切る必要があります。その出費と、成果を出した結果のボーナス増額。どちらがお得か、社員たちは必死に電卓を叩くことに（そんな暇があれば仕事しろ！）。なお、その契約書を作るのは、飯塚父の秘書の波佐間さんのお仕事。不思議なことに、社員が雄二くんに依頼をしたいと思った時には、その内容に限定された契約書が適正な報酬額で作成されています。
