第17話 魔法の不正使用は禁止です
第03節 ステップアップ〔3/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
くだらないことで時間を取られてしまいました。
結局ボクは「証拠不十分」で釈放、という扱いのようです。けど、一応「次にこのようなことがあったら、遠慮なく名誉棄損で訴えます。その際には、昨夕の事件についても改めて捜査していただくよう、警察にお願いすることになると思います」と告げました。
えぇ、ボクのスマホには、あの一件が録画されているんですから。
ボクがスタンガンを以て迎撃した、と警察が判断したとしても、正当防衛が充分に成立したでしょう。また現実問題として、スタンガンを発見することは出来ないのですから。
すると、過剰防衛や傷害、という問題は、それこそ「証拠不十分」になります。一方で、彼らによる襲撃は、しっかり事実として確認出来るんです。なら。
サッカー部のエースの不祥事。それが表沙汰になるきっかけを作ったのは、生徒会長。会長の思惑とは真逆の結果になるという事です。だからボクは、「何も起こっていない」という事にしたんですから。
さて、先行する皆のところに追いつきましょう。ついでだから、試したいこともありますし。
そう言う訳で、〔転移〕。
飯塚くんの魔力波動は、もう記憶しています。だから、まず『倉庫』に入り、即飯塚くんの魔力波動を目標にして、外界へ。
「うわぁ!」
〔転移〕、無事終了。
「……雄二! はじめてお邪魔するお宅に、〔転移〕で押しかける奴があるか!
ましてや土足でなんて。失礼にもほどがあるぞ」
――あ。
そう、ここは飯塚家のリビング。ソニアとエリス、そして飯塚くんの御両親も、そこにいました。
「す、すみません、不調法で。すぐに靴は片付けます。後でカーペットの掃除もさせてください」
雫に叱られて、確かにボクの不手際ですから、すぐに靴を脱ぎ、ご両親に謝罪しました。そして靴を玄関に持って行って、戻って来ると、雫がボクの代わりにハンディクリーナーでカーペットを掃除していてくれました。
「雫、有り難う」
「次からは気を付けろ」
そして、改めてご両親に向き直り。
「今更ですが、はじめまして。武田雄二です。先程は大変失礼致しました」
「……はじめまして。さっきのは、〔転移〕魔法? 翔や、皆が出来るの?」
「否、皆は、事前に用意した『マーカー』への転移が出来ます。
ボクは、皆の持つ固有の魔力波動を記憶して、そこを『マーカー』にすることが出来ますので、飯塚家は初めてお邪魔しますが、飯塚くんがいる場所だから簡単に転移出来ました。
実は、異世界でも一度、似たような失敗をしてしまい、以降〔転移〕をする際は、事前に転移先に連絡して許可を得てからにする、という自主規制を定めたんですが。
こっちの世界で、しかも『はじめての場所』への〔転移〕の実験をしてみたくて、そういった最低限のルールが抜け落ちてしまいました。申し訳ありませんでした」
と、飯塚くんのお父さんが。
「まぁ、いいだろう。
けど、その魔法は、結構便利に使えるんじゃないか?」
「残念ながら、人前で使う訳にはいきませんから。
使い勝手、というのなら、『亜空間倉庫』の方がはるかに使えます。
だから、こっちもボクらは幾つかの自主規制を定めています」
「具体的には?」
「ひとつ。外界で制限時間があるモノの、その制限時間の延長を目的としての〝開扉〟はしない。例えば、45分の試験時間内に『倉庫』を開扉すれば、事実上無限の時間があります。また『倉庫』内に参考資料などを事前に持ち込んでいれば、カンニングし放題です。だから、これは禁止です。その一方で、夏休みの宿題が8月31日まで手付かずだった、という時に、8月31日21時に『倉庫』を開扉して、完成するまで外界に出ない。これは、『倉庫』の使用ルールに抵触しない、としています」
「時間制限がなくなる、という意味では違いはないけど、その『制限時間』がルールに組み込まれている場合は、それを守る、という事か」
「はい。同様に、睡眠時間や休憩時間、その他の時間を『倉庫』で過ごすことが出来れば、外界の時間を有効に活用出来ますから。
ふたつ目。犯罪目的での〝開扉〟はしない。例えば、店で商品を手に取り、監視カメラから身体で商品を隠しながら開扉し、商品を『倉庫』に仕舞って外界に戻れば。それだけで万引きが成功します。その瞬間を目撃されていたとしても、商品がそこにはないんですから。同じような犯罪行為は、いくらでも思い付きます。そして『発覚しない限り犯罪ではない』なんて言う人もいますけど、ボクら自身の良識に誓って、そんなことはしないというルールにしています」
「成程。キミたちは、自分で自分をちゃんと律している。そう、信じている訳だね?」
「実は、自信がありません。さっきのようにうっかりミスもあるでしょうし、欲求に逆らえなくなる可能性もあります。だけどこれは、『頑張ります』とか『信じてください』という話ではなく、『出来なかったら遠からず自分の身を滅ぼす』ことだと思います。
冗談ごとではなく、ボクも、飯塚くんも。そして他の皆も。魔法で、人を殺せます。
向こうの世界で、ボクは確認出来ているだけで六千人ほどの人を、魔法で殺しました。
同じ力を使えば。証拠もなく、いくらでも人を殺せるんです。そして〔転移〕を使えば、アリバイの確保も出来るでしょう。
昔のマンガじゃないですが、そんな立場に立てば、自分が神様か何かになったかと、勘違いしてしまいます。だから。
ボクらは、自分が人間である為に。自分の行動を、律しなければいけないんです」
出来るか出来ないか、ではありません。出来ないのなら、いずれこの世界では生きていけなくなる。それだけのことなんです。
まだ、ボクらはどちらの世界で生きるか。それを定めていません。けど、「逃げ道」に使う事だけは、しちゃいけないことですから。
◇◆◇ ◆◇◆
その後、ボクらは飯塚くんの御両親を連れて、『倉庫』に入りました。
と、間髪を容れずに駈け寄って来た仔魔豹達は。
主人であるボクを無視して、飯塚くんのお母さんの下へ。いつの間にか、懐いています。
「さっきの話じゃないですけど、外の時間を有効に活用する為に、『倉庫』の環境を、もう少し整備しておこうと考えています」
「時間を有効に、か。どんなことを考えている?」
「いろいろです。けど、その為には、はっきり言って、お金が必要です。
だから、これから、皆でアルバイトをしようと思っています。
それも、フルタイムの掛け持ちで。確か、現在の労働基準法で、高校生は22時から翌朝5時までの労働が禁じられているはずです。けど、残り17時間。移動時間を1時間空けて、8時間フルタイムのバイト先を二つ。
普通なら、体力が持ちません。が、ボクらは『倉庫』で休めます。なら、こういう労働条件でも出来るでしょう。
後は、在宅の仕事。所謂内職を『倉庫』でやれば、納期遅れもなくなります」
高校生のバイトで、8時間フルタイム。その条件で雇ってくれるところを見つけるのも、一苦労です。場合によっては10件くらいのバイト先をはしごすることになるかもしれません。けれど、このやり方ならひと月50万円近く稼ぐことが出来るんです。
「そんなに稼いで、何を買いたいんだい?」
「ほしいモノは、たくさんあります。でも、長く使うことを考えたら、業務用で探すべきとなり、値段も結構します。
そして何より。ボクら全員、オートバイの免許を取るべきだと思っています」
(3,000文字:2019/08/28初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/08 03:00掲載予定)
【注:高校生(未成年)の深夜労働を禁止しているのは、労働基準法第六十一条です】
・ 「昔のマンガじゃないですが」。「新世界の神となる!」っていう、アレです。




