第16話 生徒会長の呼び出し
第03節 ステップアップ〔2/5〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
「武田雄二くん、というのは、誰かしら?」
ボクが〝釣り〟を嗜んだ翌日、5月25日金曜日の放課後。今日はちょっと皆で飯塚家に集まって、色々話し合おう、と思っていた時に。
三年の女生徒が、教室を覗きに来ました。
「誰?」
「三年の、篠崎先輩。生徒会長よ」
首を傾げたら、雫が。
うん、今になって思います。昔から、ボクは雫以外の女性が眼中になかったんだなって。
「ボクが、武田雄二です。何の御用でしょうか?」
「話があるの。昨夕のこと、と言えばわかるわよね? 生徒会室まで来なさい」
そういう事なら、お邪魔しましょう。けれど、棚橋先輩は呼び出されているんでしょうか?
「雄二……」
「大丈夫ですよ。何かあったら連絡します。先に飯塚家に向かっていてください」
◇◆◇ ◆◇◆
そして、生徒会室に足を踏み入れると。
フム、裁判所の被告席に立たされた気分です。否、軍事査問会議で査問を受ける不良軍人、でしょうか。ちなみに、棚橋先輩の姿はありません。
「武田雄二です。それで、改めまして、呼び出された理由をお聞かせ願います」
「わかっているのでしょう? キミに、暴行傷害の嫌疑がかかっているわ」
「どなたからの告発ですか? 被害者は誰? どういう状況でそれが行われたというのですか?」
「どういう状況で? それを聞かせてもらいたい、と言っているのよ」
「それ以前に、どなたからの訴えなのか、聞かせてください」
「言う必要はないわ」
「では、ボクも何も言えません」
「それは、否定しない、という事?」
「否。生活指導の先生や、警察による聴収であれば、余すことなく語ります。が、生徒会には調査権も尋問権もありません。
『生徒会活動を円滑に運営する為』、必要なことであれば、本校の生徒として協力を惜しみませんが、これは事実上の〝喧嘩の仲裁〟、でしょう? なら、相手がいるはずです。
相手がいない、名前を出せない。では一体、何を仲裁するというのですか?
それとも、生徒会長。貴女は検事を兼ねた裁判官を自任して、噂を根拠にボクを断罪する為に呼んだのですか?」
まぁ、それが答えでしょうけれど。
生徒会長、篠崎先輩。名前も顔も記憶していませんでしたけど、掲示物やら全校集会やらで語られる内容から、その人柄が読み取れます。
規律の権化。腐ったリンゴを認めない。出る杭は打ちまくる。
そんな、人物と思われます。
「なら、こちらから告げましょう。自分から語ってくれるのであれば、あまりひどい処分をしないようにと先生に口添えすることも考えていましたけれど、ね。
容疑は、暴行傷害並びに器物損壊。
複数の男子生徒に、電気火傷の傷跡がありました。また、ある生徒の足に打撲痕。
そして女生徒のスマートホンが、壊れていました。ショップに持ち込んだところ、電子部品が全滅しており、データのサルベージはおろか機能の復旧も見込めない、とのことです。
彼らは皆、誰にやられたかを言いませんでした。怯えているのか、脅されているのか。
けれど、現場に武田くん、キミがいたという事を証言してくれた目撃者もいます。
言い逃れは、出来ないと思いなさい」
成程。その線ですか。
それを言われたら、実は「その通り」なんですよね。だけど。
「ひとつ。複数人に、電気火傷を負わせることが出来るであろう道具を、ボクは持っていません。スマホの故障も、――それが外的理由であれば、ですが――同じようにスタンガンの類を受け止めた、という可能性も出てくるでしょうけれど、それでもやっぱりそんなものは持っていません。
ひとつ。そもそもボクと、その〝複数の男子生徒並びに女生徒〟は、何故その場にいたのですか? ボクが加害者だというのなら、その動機は?」
「ふふっ、語るに落ちたわね。私は『電気火傷』とは言ったけど、スタンガンとは言っていないわ。何故スタンガンによる電気火傷だと断言出来たの? そう言えるのは、実行者だけじゃない?」
「……会長、貴女は探偵役には向きませんね。
ひとつ。電気製品の無い場所で電気火傷を負う。通常ではあり得ません。なら、高電圧を放つ道具が、その場にあったと推察出来ます。例えば、スタンガンのような。
スタンガンには、幾つもの種類があります。一般にイメージするスタンガンは、筆箱のような形をして、先端に電極があるモノ、でしょう。それ以外にも、スタンバトン――棍棒の先端に電極があるモノ――、テイザーガン――電極付きワイヤーを射出して、数メートル離れた位置から電気ショックを与えるモノ――など。
ただ、スタンガンは。襲撃には向かない武器なんです。相手に近付かなければならないことから、複数人を相手取るときには、自分の身が危険に曝されます。テイザーガンはこの限りではありませんが、これは連射出来ませんから、やはり複数人を相手にする武器ではありません。
そして何よりスタンガンは、護身具として売られています。この武器が最も効果を発揮するタイミングは、身を守るときです。例えば、組み伏せられた時。
今回、電気火傷を負ったという生徒たち。その相手が襲撃するのに使ったのがスタンガンだったとするのなら、何故彼はスタンガンを使ったのだと思います?」
「……」
「答えられませんか。では、もうひとつ。スタンガンは、少なくとも正規ルートでは、未成年は購入出来ません。これは法律で規制されているからではなく、民間団体の自主規制ですから、真っ当でない販売店やネット経由でなら取得出来るのでしょうけれどね。そして、テイザーガンは日本では販売も所持も違法です。
なら、その〝下手人〟は、どうやってそれらを入手したというのですか? 少なくともボクは、テイザーガンは勿論その他のスタンガンも持っていません。寮のボクの部屋を捜索してくださっても構いませんよ」
「……」
「更に、ひとつ。その〝電気火傷〟が、スタンガンに拠るモノだ、と医者が断定したんですか?」
「そ、そんなのわかる訳が――」
「たった今言いました。スタンガンには、『電極がある』って。つまり、電極痕がふたつ、傷跡にあるはずなんです。それは、ありましたか?」
「……確認してないわ」
「成程、確認もせず、素人判断でスタンガンによるものと決めつけ、証拠もなく、ボクがやったと決めつけたんですね。大した裁判官だ」
「でも! 目撃者がいるのよ」
「もう一度言います。それがスタンガンによるものだったとしても、それは身を守る為に使ったと考えるのが自然です。そして、被害者が複数人、で、容疑者がボク一人、ですか。状況的には、正当防衛が成り立つと思います。けれどその目撃者が、ボクが襲撃したと証言するのであれば。その目撃者の中立性は、確認されましたか?」
「……」
「もうそろそろ、良いでしょう? 会長が知っていることくらいなら、先生方も御存じのはずです。にもかかわらず、ボクを呼び出したのは会長であって先生じゃない。会長は、その意味をもう一度考えてみてください。
そして、被害者の一人にサッカー部の棚橋先輩が含まれている、その意味を、ね」
会長は、そのことを知っているはず。にもかかわらず、棚橋先輩の名を出さずにボクだけに詰問する。棚橋先輩は学校の顔となっているサッカー部のエース、ボクはクラスメイトからも存在を忘れられかけていた陰キャのアニオタ。なら、全てボクの所為にすれば、全て丸く収まる、とでも思ったんでしょうか。
残念、でした。
(2,983文字:2019/08/28初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/06 03:00掲載予定)
【注:護身具を未成年に販売しないというのは、日本護身用品協会のガイドラインに拠ります。
「テイザーガン」は、米テイザー社(現アクソン社)の製品が有名な為、そう通称されています(正しくは「射出ワイヤー型スタンガン」)。そしてテイザーガンは、銃刀法で規制対象となっているエアガンに該当します】
・ 「今になって思います。昔から、ボクは雫以外の女性が眼中になかったんだな」。これ、女性を神聖視し過ぎて、通常ならそのまま生涯童貞コース(笑)。
・ 電気火傷。「電撃傷」とも謂われる外傷の一種で、主に「感電」と「熱傷」の症状があります。重篤な場合はその副次的な症状として、神経障害(その派生症状として麻痺、痺れ、記憶障害、睡眠障害)や筋傷害(その派生症状として脱臼、骨折、内臓障害、心肺停止)、血流障害(その派生症状として内出血や脳内出血、四肢の壊死、白内障など)等に至る場合もあります。
・ 「スタンガンは持っていない」とは言っても、「それでもボクはやっていない」とは言わない、雄二くんでした。
・ 篠崎会長は、もしかしたら棚橋くんのファン、だったのかもしれませんね。
・ 武田雄二「Call of KAICHO(会長の呼び声)」
髙月美奈「エリスの天敵?」
飯塚翔「いや、それどころか武田の敵にも力不足。どうやら会長の天敵が武田だったようだ」




