第15話 情と理と
第03節 ステップアップ〔1/5〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
平成30年5月25日金曜日。
昨日に引き続き、校内を一つの噂が駆け巡った。
我が校のスーパーヒロイン、松村雫が選んだ彼氏、武田雄二。
二人の交際をよく思わない連中が、武田雄二を集団で闇討ちし、そして。
返り討ちにされた、と。
武田雄二に掠り傷一つ付けることなく、一瞬で、全員が昏倒した、と。
何をされたかわからないけど、触れた一瞬、触れられた一瞬で、スイッチが切れるように意識がブラックアウトした、と。
全て、噂。襲撃の加害者も、被害者(とされる武田)も、学校にも警察にも訴えなかった為、真偽は不明。けれど、襲撃者が10人以上いたことは確かで、その襲撃計画を知っている人が他にもいるということは、この噂があまりにも早く流布した事実からも明らかだろう。そして襲撃の主犯が、サッカー部のエースである、棚橋先輩であることに間違いないというのも、この話が「噂」で止まっている理由かもしれない。
この噂で、棚橋先輩の評判が暴落し、また先生たちや生徒会から問題視されていた不良たちの脅威度認識が地に落ちたことは、間違いない。一方で武田に対する評価は。
これまでの、陰キャなアニオタ、という評価は、そうそう簡単には覆らないだろう。その一方で、10人以上の襲撃を無傷で返り討ちにしたという噂が事実なのだとしたら。
周りからは、一層「不気味」と思われるようになった、と言うべきだ。スタンガンのような護身具を持っていた、というのが通説だが、スタンガンなど未成年が簡単に入手出来るものではない。松村との交際、というあたりで、実は武術の手解きを受けていた、という説もあるけど、噂にある襲撃の状況をどう分析しても、格闘系の技で勝った、とは思えない。では?
訳が分からない。だけど、どうやってかは知らないけれど、不良たち10人以上を、無傷で撃退する「手段」がある。
それを理解した、一般生徒が。迂闊に手を出していい相手、か?
武田は、たった一日で。
事前に宣言したとおり、羽音の煩い〝蟲〟たちを、あっさり始末することに成功したという訳だ。
◇◆◇ ◆◇◆
オレたちの中で、武田は最強。
今のオレにとって、既にその評価は覆せない。
総合力では、飯塚が一番だ。但しこれは、他者の力を借りることさえ考慮している。
索敵能力、諜報能力では、髙月。髙月が本気を出せば、多くの場合、そもそも戦闘に至らない。
相手を見据えての一対一、他者の助力も奇襲もなく、始めの合図を待って且つ魔法の使用も禁止。そういう条件であれば、松村が最強と言える。
けれど、何でもありなら、手札を一番多く持っているのは、明らかに武田だ。殺しがアリなら、戦略級魔法で一軍を消滅させられるし、索敵用の〔泡〕の中に、昨夜襲撃された時に使ったという〔球雷〕を混ぜておけば、不意を打とうと近付いた相手は無作為に感電死することになるだろう。遠距離攻撃の手札が少ないのが欠点といえば欠点だが(それを言ったら遠距離攻撃手段は松村の弓と飯塚の〔慣性制御〕しかない)、それを含めて武田ならいくらでも対策を考えられる。それこそ、核爆発でさえ魔法で再現出来るだろうから。その上で、非殺傷レベルまで手加減が出来、且つこの科学世界でその使用を偽装出来る魔法を完成させたのだから、恐ろしいとしか言いようがない。
そして、逆に。
あの一日で。最も成長が無かったのが、松村とオレだ。
松村は、一昨日の時点で、完成していた。だから成長がないのも仕方が無いといえる。一方、オレは。一昨日の時点では、鈍器しか使えなかったのが、刃物を使えるようになった。これは成長といえるかもしれないが、それだけだ。
だけど、さすがにこれは、ちょっと情けなさ過ぎる。
◇◆◇ ◆◇◆
「私は、それで好いと思います」
昼休み。オレはソニアのスマホに電話を掛けて、相談に乗ってもらった。
ソニアとエリスも、今はスマホを持っている。といっても、ソニアは飯塚父の、エリスは飯塚母のサブ機として所有者設定されているモノだけど。
「好い、って、どういうことだ?」
「それは、翔さま、ではなく、翔さんと、ユウさんは、〝情〟と〝理〟ならば〝理〟に偏っています。あのお二人は、必要と断じたら十万人でも百万人でも、殺戮することを躊躇しないでしょう。
そして、ミナさんと私は、〝兵〟です」
ソニアは、皆のことを「様」付けで呼んでいた。けれど、こっちの世界でその呼び方は不自然だ、と飯塚母に矯正されたらしい。
それはともかく、あいつらが〝情〟より〝理〟を優先するのは、よくわかる。属性「将」と属性「軍師」だからな。そして、ソニアが〝兵〟っていうのは、そのままだろう。けど、髙月が〝兵〟って、どういうことだ? というか、〝情〟か〝理〟か、という選択で、何故〝兵〟という答えが出てくるんだ?
そこを聞いてみると。
「ミナさんと私は、『判断』をしません。命じられるままに、それが善でも悪でも構わずに、自分にとってそれが嬉しい事でも忌まわしい事でも、それを行います。命じてくれる方の、その命令に従うことが歓びだからです。
そして、ヒロさま。貴方の場合は、間違いなく〝情〟を選ぶ方です。ですから、貴方がいなければ、彼らはそれこそ、『自分たちの同胞を守る為、敢えて虐殺者の汚名を着る』ことを選んでしまうかもしれないのです」
あり得る。あいつらなら、必要と断じたらそれを選ぶだろう。
だとしたら。向こうの世界で〝平和ボケ〟だと思った、オレの甘さは、あいつらの役に立つ、という事なんだろうか?
「その意味では、シズさんがちょっと不安定です。あの方は〝情〟に拠るべき方ですが、今〝兵〟の側に拠りつつあります。ユウさんに対する盲目的な愛情、と言えば聞こえは良いですが、ユウさんに依存し、自らの考えを放棄為されようとしております。それは、シズさんにとって、そしてユウさんにとって、良い事ではありません」
それは、その通りだな。
「そもそも。今の皆様は、『五人でいなければならない』理由が、既にありません。
なら、お互いの欠点を補い合うことを考えるのではなく、純粋に、自分の欠点を減らす努力、自分の長所を活かす努力をなさるべきではないでしょうか?
その意味で、ヒロさまが向こうの世界で感じたという〝甘さ〟は、こちらの世界では必ずしも悪い事ではないと思います。
組織は、理によって動きます。けれど。
人間は、情によって動きます。なら。
人間の集団である組織を考えた時、どちらがいいのか。
それはそれこそ、ケースバイケース、ではありませんか?」
(2,640文字:2019/08/27初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/04 03:00掲載予定)
・ 柏木宏くんが想定した、「誰が一番強いか」。これはあくまで、身内同士でガチでやり合った場合のシミュレーションです。ちなみに、飯塚翔くんの〔慣性制御〕は、基本防御技。慣性の〝蓄積〟が無ければ、攻撃に転用出来ません。
・ 「あの一日で。最も成長が無かったのが、松村とオレだ」という評価は、宏くんの主観によるものです。松村雫さんは、あの一日を経て、体術的な伎倆の修練(修業)より精神的な内面の修練(修行)へと移行していますから。
・ 成長は、「変化」。だけど、環境が変化しているにもかかわらず、「変化しない」(朱に染まっても赤くならない)のもまた「成長」なんです。




